ロード・トゥ・エンデュミオン

第一章 ④

 インデックスの『知識』が刺激されたのはこのフィルターだったのか。あるいはかみじようが漠然と感じ取っている『別の何か』なのか。


(とはいえ、どっちみちこのフィルターが魔術っぽいのは事実だし!)


 かみじようはあくまでも、当面の小さな目標に思考の照準を合わせる。

 その右手を伸ばす。

 幻想殺しイマジンブレイカー

 右手首から先のみに限定されるが、あらゆる魔術や超能力などの『異能の力』を破壊する効果を持つその力を。

 人差し指が、透明な膜に触れた直後だった。

 パン、という軽い音と共に、ビニールのようなフィルターは砕け散って、無数の細かい破片をらす。

 何かが破壊された。

 という事は、やはりあの透明な膜には『魔術』が使われていたようだ。

 かみじようがそう思った直後だった。


 ごう!! と。

 かみじようの周囲で、いきなり複数の火柱が噴き出した。


「……え?」


 疑問の声を発するかみじようだが、状況はいちいち彼の事情をんだりはしない。噴き上がった炎は、彼を取り囲んだまま真上から一気に殺到していく。


(しま……っ、あのフィルターは、スイッチ……っ!?)


 外から眺めれば、巨大な口のように見えたかもしれない。

 その口にしやくされるように、少年の体が炎の中へ消えた。



 ヘリポートなどの規約を無視して、道路上にいきなり一機のヘリコプターが着陸した。パイロット込みで、学園都市から貸与された『最低限の協力』の一つだ。中から出てきた赤い髪の神父は、状況を眺めてため息をつく。

 ステイル=マグヌス。

 イギリスせいきよう第零聖堂区『』から派遣された魔術師である。


「……失敗したか」


 彼がつぶやいた直後だった。

 ゾア!! という大音響と共に、炎の海は一瞬で吹き飛ばされる。中から出てきたかみじようとうには、火傷やけどの一つもない。


「何やってんだテメェ!! 今のもお前がやった事か!?」

「まあそう言われれば否定はしないが、本来の標的ではないね。そしてこちらの方こそ言いたい。何をやっているんだ君は、と」


 ステイルは右手の指で挟んだ煙草タバコを使い、かみじようがたった今触れた風力発電のプロペラを指し示す。


「そこの小細工についてどこまでつかんでいる?」

「お前が仕掛けた透明なフィルターの事か? っていうかさあ……ッ!!」

「それだけじゃない」


 遮るようにステイルは言う。


「僕は、新しくフィルターを利用した陣を重ねて設置したんだ」

「……元々、あった?」

「見えないか?」


 げんな顔をするかみじように、ステイルは適当な調子で続ける。


「まあインクを使って描いている訳じゃないからね。『敵』はおそらく強力な紫外線ライトを使ったんだろう。太陽の光でポスターが変色するのと同じさ。柱の塗料をわずかに脱色させて陣を描いている。当然、魔術と科学の間の『協定』に反した方法だね」


 言われて、改めてかみじようは風力発電のプロペラを観察してみるも、やはりそれらしい異変は見られない。しろうとには分からない程度の変化でも、魔法陣は作れるものなのだろうか。


「そして、だ。何のために僕が透明な素材に特殊なインクを使った魔法陣なんて貼り付けたと思う? 言ってしまえばよこやり、上書きさ。重ねて貼り付ける事で模様を崩す。そして模様が変われば陣の効果も変わる。設置者の想定から外れた効果に変更してしまえば、設置者は必ず僕が貼りつけたフィルターを取り外そうとする。そこに連動したトラップを仕掛けておけば、どこかに隠れている設置者を捕らえる事ができる……はずだったんだけどね」

「ちょっと、待て。じゃあお前以外にも、風力発電のプロペラに手を加えているヤツがいるっていうのか?」

「だったらどうした」

「しかもそいつを捕まえるためのトラップは空回りで発動した……」

「まあ、君の見事な活躍のおかげでね」

「って事は、トラップがある事をどこかにいる魔術師も気づいたんじゃあ……?」

「今さらそこに気づくかね」


 つぶやいて、ステイルは適当に煙草タバコを放り捨てた。

 その軌道に沿って、勢い良く炎の剣が飛び出す。


「……とはいえ、想定していたねんの一つをふつしよくしなかったのはこちらの落ち度だ。無知なしろうとに引っかき回されるリスクはあったはずなのに」

「ステイル……っ!?」

「状況は割と切迫しているって訳だ。しかも君のアクションでランクが一つ上がった」


 あくまでも軽い調子で、赤い髪の神父は言う。

 その手に、確実に人を殺害する武具を手にしながら。


「不確定因子に付き合っている暇も悪趣味もない。とりあえず、だ。……死なない程度に潰れたまえ」



 かみじようとう幻想殺しイマジンブレイカーは、右手の先に限って、あらゆる魔術や超能力を打ち消す効果を持つ。当然ながらそうした『異能の力』を持つ者の天敵として機能する訳だが、戦うのが初めてか、二度目以降かで危険度は大きく変わるだろう。

 平たく言えば、特性さえ理解していれば戦術の組み立てようはある。


「拳の射程圏に入らない事」


 ステイルはえて後ろへ一歩下がり、


「そして少しずつでもいから、確実にダメージを重ねられる攻撃を繰り返す事」


 その炎剣を振るい、爆発させ、衝撃波をらす。

 当然ながら、爆発地点から近ければ近いほどダメージは増す。距離を取った状態で行っても破壊力は減衰され、有効な打撃を与える事は難しくなる。

 しかし、それで構わない。

 積み重ねれば、確実にダウンさせられるのだから。


「ちっ、最初っからプロペラの周りにはルーンのカードも大量に隠していた訳か!」

「そうでなければトラップとして機能しない。第一波で動きを止め、その間に迅速に現場へ到着。動きの鈍った相手にとどめを刺すつもりだったのさ」


 という事は、おそらくルーンの配置方法などにも相当気を配っているはずだ、とかみじようは推測する。ステイルが今立っている場所も、これから移動しようとしているルートも、それぞれに意味がある。

 ただ追いかけて距離を詰めようとしても、バリケードのようなものに足止めされる可能性がある訳だ。


「……あらかじめ整えられた舞台でもがいたって、こっちが不利になるだけか」

「ならどうする?」

「逃げる」


 即答だった。

 くるりときびすかえし、かみじようとうは全力疾走する。

 一見間抜けなようだが、対ステイル戦では悪くない選択だ。そもそも彼の魔術は、『ルーンのカードを大量に設置し、そのフィールドの中で最大の効果を発揮する』訳だから、相手が用意したフィールドの外へ出てしまえば、その時点でステイルは十分な力を発揮できなくなる。致命傷とまではいかないが、攻撃の起点を作るぐらいはできるだろう。

 ただし、


わなを張った僕自身が、それを想定しなかったとでも思うのか?」


 ごう!! という炎が酸素を吸い込む音と共に、かみじようの行く手をはばむように火柱が噴き上がった。慌てて足を止める彼の前で、それは巨大な人の形を作り出す。


魔女狩りの王イノケンテイウス』。

 ステイル=マグヌスの保有する術式の中でも最大級の破壊力を持つものだ。ルーンのカードで指定されたフィールドの中でのみ、何度破壊されても即座に修復して襲いかかる、摂氏三〇〇〇度の炎の塊。

 かみじようとうの右手で破壊する事はできるが、破壊された端から押し返すように修復するほどだ。これで足止めをされれば、後は自由に動くステイルの攻撃を受けるままにされてしまう。

 しかし、


「……この時点で大技を出すのは早すぎたんじゃねえか?」

「?」

「だって」


 かみじようとうはニヤリと笑って、


「こいつを俺とお前の間に置いておかないと、俺はあらゆる魔術をぶち壊して一直線にお前の元まで走れる事になっちまうんだが」


 かみじようが恐れていたのは、ステイルには『常にこの大技を出せる可能性がある』という点だ。

 しかし実際に出てしまえば、対策の取りようはある。

 なら、


「『魔女狩りの王イノケンテイウス』を複数同時に出せるなんて話は聞かない。……まさかと思うが、知らない内に進歩していましたなんて事はないよな?」

「っ!?」

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