ロード・トゥ・エンデュミオン

第一章 ③

 人の話を聞かずに店内を突っ走っていこうとするインデックスを、すんでのところで首根っこつかんで食い止めるかみじよう。この少女をそのまま行かせた場合、『完全な密室の中からあの巨大なマグロはどうやって消えたのか!?』というミステリーに挑戦しなくてはならなくなる可能性すら浮上する。


「インデックス。今求めているのは今夜に食べるご飯だ。今ここで食べるものを探す事じゃない」

「なるほど! つまりマグロよりもしいものを探せって訳だね!?」


 一体何がどうなるほどなのかサッパリ分からなかったので、かみじようはインデックスのあたまでるふりしてアイアンクローを決めた。

 そのまんま引きずる形で、本日のお買い得コーナーへと向かっていく。


「と、とうま、そこはかとなくデンジャラスな香りのする一角へ進んでいるような気がするんだよ!?」

「残念だがそれがお買い得コーナーの背負う業だ。『保証』なんて言葉が欲しい者は有機ナンタラ店へ足を運ぶしかないのさ!!」

「で、でも『宇宙で育てた宇宙ニンジンです! なんと驚きのカロテンが!?』はちょっと不気味に思わないかな!?」

「増えているのか減っているのか、そもそも俺達がイメージしているカロテンと本当に同じ組成なのかも分からないままとにかく驚けと言われるのは確かにデンジャラスだ。しかし見ろこの魅力的なお値段を! 流石さすがに研究費用に補助がついているゲテモノ枠は一味違う!!」

「その『研究』っていう単語がすごく怖いんだよ! あと自分でゲテモノって認めたねとうま!!」

「でも完璧にニンジンの形をしているものを食べて完全にニンジンの味がしたら、それは多分ニンジンと同じ物質なんだという結論が出ると思うぞ。つまり、まあ、あれだ。腹に入れちまえば同じって事で!!」

「ま、待ってとうま! もしもそれでメロンみたいな味がしたら私はどうすれば良いの!?」

「ここに書いてあるじゃないか」

「?」

「なんと驚きのカロテンが」

「驚くだけじゃ済まない気がするんだよ!?」


 でも単純にロケットに乗せて宇宙ステーションで作った野菜っていうだけなら、そんなに危険なものになる要素は少ないような気がする。

 ガタガタ震えたままものかごに目をやるインデックスを放っておいて、かみじようはさらなる食材へ目をやる。

 そこにはこうあった。


「と、とうま。『三〇〇種類の害虫を一切寄せ付けない遺伝子改良式レタス三号。一号と二号の事は気にするな!!』は流石さすがにまずいと思わない!? 私は学園都市の新技術に不安を隠せないんだよ! だって虫も食べないってどういう事? ねえどういう事なの!? 具体的に何で虫が逃げていくかすごく気になるんだよ!! 歴史の闇に消えていった一号と二号の存在が明らかにデンジャラスな結末を予感させるし!!」

「……、」


 しかしやはり研究補助が働いているおかげか、魅力的なお値段ではある。

 安心とお財布をバランス棒の両端にぶら下げ、ぴんと張ったロープの上を綱渡りする事こそ食材探しの旅の真髄。

 それを踏まえた上でさて問題。ここはどう動くべきだ!?



 そしてスーパーの小地獄から解放されたかみじようとインデックス。


「今夜は水炊きだな」

「しょ、食材は全て開示されているのに、闇鍋と同じスリルが背筋をでているんだよ……?」


 ものがらみなのに珍しくゲッソリしている白いシスター。極めてレアな状況だが、実はかみじようの方はあんまり気にしていない。

 と、そこへ、


「あれ? アンタこんなトコで何やってんの?」


 そんな風に声をかけてくる女子中学生がいる。

 朝にも会った少女。

 名門常盤ときわだいちゆうがくの制服を着た、学園都市でも七人しかいない。その第三位。

 さかことである。


「……二人一緒に歩いて、パンパンになったスーパーのレジ袋を両手で提げて……って、ホントにアンタ達こんなトコで何してんのよ!?」

「見て分からんのか間抜け!!」

「見たままに判断して良いんだな! いんだな!? 朝の通学路でも一緒だったっぽいし!!」

「宇宙で育てたニンジンや何があっても害虫が絶対に寄り付かねえレタスが本当に安全なのかどうか議論しているところだ! 邪魔をするでない小娘!!」

「え、あ? 自由研究なの???」


 やや混乱したことは馬鹿正直に自分の意見を発する。


「害虫を寄せ付けないって言ったって、葉っぱから殺虫剤が噴き出ている訳じゃないわよ。虫の食欲を増減させるフェロモンと似た物質を放って誤誘導しているだけ。レタスが元々持っていた防御機能を強化しているだけよ」

「う、うーむ……」


 インデックスは難しそうな顔をしてうなるだけだ。

 ことはさらに続けて、


「そもそも、試験管を使わない食材の遺伝子操作なら、品種改良って形で普通にやっているじゃない。ブランド牛とか米とか。むしろ何にも掛け合わせていない食材の方が珍しいぐらいよ。それを無視して遺伝子を組み替えるのは全て悪って考えるのは、もう科学的根拠の話じゃなくて哲学とか宗教の話になりそうだけどね」

「……た、短髪の方こそ、どこかしら科学っていう名前の思想や教義にまれているような気がしないでもないんだけど……?」


 と、そこでことの携帯電話が鳴った。


「え、くろ? ……は? ばっか、それって洒落しやれになってないじゃない!?」


 すぐに電話を切ると、彼女はかみじようの方を見て、


「アンタ、もうそろそろ完全下校時刻になるんだからさっさと学生寮に帰りなさいよ!!」

「は?」

「いい? ! 分かったわね!?」


 言うだけ言うと、ことはどこかへ走り去っていく。

 何だったんだ? とかみじようくびかしげる。


「まあ、あいつがおかしいのはいつもの事か。おいインデックス、俺達も帰るぞ」

「んー……?」


 インデックスは何かに気づいたように視線をどこかに振った。

 かみじようもつられるようにそちらを見るが、特に気になるようなものは何もない。いつもの学園都市の風景が広がっているだけだ。


「どうしたインデックス」

「あれ……? さっきもあれと同じのを見たような気がするんだよ」

「そりゃ風力発電のプロペラなんて街中どこでも立っているからな」

「そういう訳ではなく、うーむ。あれ? おかしいな。確かに『ぷろぺらー』なんだけど、でも、あれ? 門外漢のはずなのに、なんか私の『知識』に引っかかる……?」

「インデックスの知識に?」


 となると、科学ではなく魔術の方になる訳だが、当然、学園都市の電力を支えるプロペラにそんな知識や技術が使われているとは思えない。


「……さっき見た『ぷろぺらー』の方を調べてみれば何か分かるかな。と、とうま、ちょっと私は行ってくるから先に帰ってて!」

「え? いやちょっと、インデックス!」

「ついでにその怪しすぎるご飯は一人で食べちゃっても、おおらかな私は怒らないんだよ!!」

「あっ、テメェ! まさか途中でハンバーガーでも食べていくつもりか!? お財布もないっていうのに!!」


 両手に数キロもあるレジ袋を提げたまま彼女を追えるとは思えない。かみじようは辺りを見回し、保冷機能のついたコインロッカーに荷物をぶち込む。無駄な出費と社会へのご迷惑を回避するため、改めてインデックスを追いかけようとするが……。


「?」


 きらりと、何かが光った。

 風力発電のプロペラを支える柱の根元だ。


「……これ」


 近づいてみて、ようやくかみじようは気づいた。円柱の表面に、何か透明な薄い膜のようなものが貼り付けてある。雑誌程度のサイズの、四角いフィルターだ。遠目に見ただけでは分からないが、間近で凝視すると、うっすらとした色合いで奇怪な模様が記されている。

 どんな法則性があるかは不明だが、そこにあるのは、図面や設計図など、『かみじようの目から見て分かりやすい』ものとは違う。

 それでいて、詳細は分からないまでも、何かしらの意味があるのだろうと推測させる模様。

 思想、宗教、教義。

 そうした匂いを感じさせる何かだ。


(……ただ)


 かみじようげんな目で風力発電のプロペラを、そこに貼られた透明な膜を観察しながら、


(このフィルターだけじゃないような……? 他にも何かあるような気がするんだけど)

刊行シリーズ

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