「おっと御坂さん、こっちですこっちー」
思わず席から立ってぶんぶんと手を振っているのは制服姿の佐天涙子だ。放課後の繁華街となるとこれくらいやらないと同じエリアにいてもお互いの顔なんか簡単に見失ってしまう。互いにスマホの通話で連絡を取り合っていてもこうなのだ、昔の人はどうやって街中で待ち合わせとかしていたのだろう?
「ひゃー、二三〇万人もいるんじゃ流石に人混みもすごいわよね」
「内一八〇万人はわたくし達と同じ学生ですものね。似たようなトコに集まるんでしょう」
御坂美琴と白井黒子がそんな風に言い合いながら合流してくる。
場所は第七学区どころか、どこにでもあるチェーン系の喫茶店の表にあるスペースだった。
毎度毎度思うのだが、と思いつつ、頭に大量の花飾りをつけた女の子、初春飾利が口を開く。
「名門の常盤台中学でしょう? こんな安い喫茶店なんかに立ち寄って大丈夫なんですか」
「え、何が?」
適当に言いながらフォークの先でベイクドチーズケーキを切り分けている御坂美琴がすでに異なる時空に飛んでいた。紅茶とセットで五八〇円だっていうのに、はるか彼方のベルサイユ宮殿っぽい香りが漂い始めている。
高級な茶葉にお嬢様粒子が封入されているのではない。
お嬢様のお気に入りとして選ばれたドリンクだからこそ光り輝くものなのだ。
「(……流石は名門常盤台中学のエース様、お菓子の袋に低確率でこっそり入ってるハートや星のクッキーよりレアな人だぞ)」
「(はふう、本物のお嬢様……。それも学園都市でも七人しかいない超能力者の第三位ですもんねえ)」
そんな風にこそこそ言い合う一般人二人組には気づかずに、美琴は美琴でトレイの底に敷いてあるぬいぐるみ系が集まるイベントの広告のチラシを愛おしげに畳んで回収していた。どうもカエルのマスコットに心を奪われている真っ最中らしい。
「むー、イベントがあるのは有明の展示場かあ。流石にこっそりは出かけられないわよね」
「……お姉様が言うとウルトラ笑えないのでよしてくださいな」
「あーもー、同じ東京で暮らしているとは思えん環境だ」
ここは東京西部にある学園都市。『外』と比べて二、三〇年ほどテクノロジーが進んだこの街では、超能力開発すら当たり前のものとして授業の中に組み込まれている。そのおかげで、街全体が分厚い壁で覆われているのだが。
「警備員のお世話になるのだけは勘弁してくださいましね」
「ま、確かに捕まるなら先生達の組織より生徒で作る風紀委員の方がまだマシかなあ」
「お姉様」
声のトーンが一段低くなった。
いざとなれば大能力『空間移動』を全力使用してでも取り押さえる、と正義の人の顔に書いてあった。
学園都市はこういうレベルで独自性を保っている。日本国内でありながら警察も自衛隊も存在しない不思議な空間、それがこの街だ。東京の三分の一ほどの面積に文字通り多くの学校を抱える学園都市だが、全ての生徒達は無能力者から超能力者までの六段階で評価される。
発電系最強で、指先で弾いたコインを実に音速の三倍で発射する『超電磁砲』。
精神系最強で、人の心の分野でできない事はないとまで言われる『心理掌握』。
エースにクイーン。
堂々たる一角、御坂美琴。
伝説だけならそこらじゅうに溢れているが、その実態を知っている人は意外と少ない。
「ぬおー、ゲコ太ゲコ太ゲコ太……」
「まったくお姉様ときたら」
「ハッ!? ……そうだ私が外に出て有明まで行けないなら、イベントの方を学園都市の中に呼び込めば良いんじゃない。ネット回線を経由して各種電子書類をちょちょいといじれば。これぞ天啓!!」
「目がマジですわよお姉様!!!!!!」
これは、そんな学園都市の物語。
より正確には、学園都市の日々を全力で生きていく『少女達』の物語だ。