第一章 白井黒子は躊躇わない ②


 放課後である。

 しらくろは『まなびその』を出ると、徒歩で夕方の街を歩いていた。今日は金曜日で週末が待っているからか、繁華街へ向かう少年や少女達の足取りも軽い。

 しらとしても放課後の人混みに流されてしまいたい。何としても。


(……さ、サボってぶっちぎっても学生寮に連絡が入るだけ。それではせっかくの愛と欲望の密室が台なしになってしまいますの、主にブチ切れた恐怖の寮監サマが強度を無視して外からドアを蹴破る格好で。くっ、ホームを舞台にしたのがあだになりましたわ!!)


 のりからの連絡を阻止する、では結局巨乳メガネと戦う羽目になる。まして巨乳じゃないメガネの寮監を物理的に何とかする、というのは明らかなふくろこうだ。そっちで対策を練ろうとしても永遠に答えは出ない。永遠ですって。日々の学校生活で出てきて良い単語かこれは?

 そうなると今日、金曜日に一発でのりを倒して自由を得るのが理想。無理でも土曜を予備日のクッションとして完全にケリをつける。そうすれば、いとしのお姉様と夢の日曜日愛のデスゲームが待っているッ!!


「はあ」

(……まったく。本来なら、ときだいせいがこんな風にトコトコ街を歩いているのもおかしな話ではあるのですけれど。お姉様とかしよくほうみさとか、あの辺のてっぺんが学生バスの送迎を無視して勝手気ままに動き回るから基準がおかしくなっているような)


 ヤツは同じ第七学区にある風紀委員ジヤツジメントけいの訓練施設で待っているらしい。あのブレザーメガネめ、絶対に道場のど真ん中で腕を組んでの仁王立ちだ。鼻から息を吐いてやる気満々のパターンだ。考えなしに正攻法の格闘技で挑むのは『あの』しらくろであってもちょっと怖い。ならどうする? 到着までまだ時間があるので、しらとしては今の内に作戦を練っておきたい。

 まずは基本的なところから全部洗っていこう。


のり……と、このわたくしに言わせるくらいなのですから、当然、それに相応ふさわしい実力を持っているのが厄介なんですのよね)


 のりは『風紀委員ジヤツジメント』の先輩格に当たる女子高生だ。

 もちろん学校は違うが、同じ第七学区内で活動している事もあって顔を合わせる機会は多い。すらりとしたたいにオトナのあかしみたいなおっぱい、ただ肩の辺りでそろえたつややかな黒髪と理知的なメガネのおかげで見る者の印象は真面目な優等生寄りだ。実際印象通りに清く正しくお勉強もできるので、先生達の印象は悪くないはず。

 ただ、しらくろからすれば一番気になるのはここだ。

 強能力レベル3、『透視能力クレアボヤンス』。

 しらの『空間移動テレポート』の大能力レベル4より値が低いとはいっても、そもそも能力のジャンルが違うとこの手の数字はあまりあてにならない。そしてESPとPKというざっくりした超能力二元論はあまりがくえんでは推奨されないのだが……この超感覚的知覚系ESPというのは挑む側からするととことんやりにくいオモチャでもある。

 物体を透かして見る能力。なるほど分かりやすい。

 だから?

 モノが透けるとは、具体的に『どう』見えるのだ。材質や厚み、液体や固体、一メートル先のコンクリ塀と一〇〇メートル先の紙切れはどっちが透けやすい、などなど得意や不得意は? モノを透かして見ている時は手前にあるものは見えなくなるのか、半透明で把握はしているのか。その時すぐ手前を何かが横切ったら? などなどなどなど……。

 そういう細かい条件になるとサッパリだ。もちろん常日頃からのりと行動を共にし、凶悪犯の逮捕・補導の際は互いの背中を預け合う関係。のりの能力についてもある程度は本人から直接説明を受けている。けど、それは本当に全てなのか? というか感覚的に、何となく分かってしまう人が改めて口から言葉に出して説明した内容にズレやれはないのか?

 これが物理的な超電磁砲レールガンならルールを把握して共有しやすい。一発見せてもらって、精密機器で計測して、スーパースローの映像を分析すればどれくらいの射程や威力でどこに逃げれば安全かはすぐ分かる。でも予知だの読心だの『能力者本人の頭の中でしか展開されない』超感覚系はとにかく外から見てすごさを測りにくいのだ。なのに、それは『確かに』ある。

 チェスで考えてみよう。

 互いに駒を並べてにらめっこ、一〇〇手先まで状況を読んで間違いのない駒を指したいのに、対戦相手の側に見た事もない駒が置いてある。こいつ、この戦隊モノのゴム人形がどう動くか、口で説明されてもいまいち理解できない。……この状況で必勝法なんて作れるか? 万全の布陣を固めたところで、たった一つの駒がいきなりチェス盤の端から逆サイドの端にワープしたら? こいつ一個が予想外の動きをしただけで全部かいしてしまう。


「……ふむ」


 少し考え、しらくろは一人で小さくうなずいた。


風紀委員ジヤツジメント』の訓練施設、市民体育館をちょっと豪華にしたようなハコモノまでやってきた。実際、なぎなたや合気道の競技会場としても利用されていたはず。ゲート警備の大人に肩の腕章を見せてしきないに踏み込み、だいいちかくどうじようは左折五〇メートル先です、という壁の案内板を目で追いかけながら、


(未確定の駒のせいで定跡の構築ができない以上、長引けば長引くだけ誤差は大きく広がっていき、致命的な結果を招きかねませんわね)


 だとすれば。

 しらくろはゆっくりと息を吸って、吐いて、止めて、そして集中。


空間移動テレポート』でもってくうに消える。

 飛距離八一・五メートル、最大重量一三〇・七キログラム。

 


「シャるアアアアア!!!!!!」


 移動先はのりの待ち構えるだいいちかくどうじよう、畳敷きの空間のど真ん中。黒髪メガネはほんとに制服姿で腕を組んで仁王立ちしていやがった。その後頭部を狙う形で、後方上空四メートルの位置からドロップキックをお見舞いするしらくろ

 予測不能な誤差の広がりが怖いのなら、小さな内に仕留めるのが最善。

 つまり最速の速攻に限る。


「わたくしとお姉様の愛の週末デスゲームを邪魔する者は誰であれ許しませんわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


 どぶらぐしゃめちゃどぶがくちゃーっ!!!???


 そしてあまりのごうおんに、屋内型の筋トレをしていた角刈りの八頭身モデルみたいなお姉さんや合気道のはかまこすわせて激しく乱取りしていた大和やまとなでしこたちが思わずいきんでかくどうじようの中央に目をやった。

 肩までかかる黒髪に、理知的なメガネ。

 整ったブレザー制服にしわや汚れの一つも許さず、のりはにっこり笑ってかかとにぐりっと力を込めていた。もちろん、ボッコボコにされたしらくろの後頭部に優しくごほうをくれてやるために。

 笑顔のまま巨乳メガネはかく語りき。


☆」

「あう、あぶ……? そ、そうですの……」


 未確定を確定に変えるべく、一つ分かった事を心にメモする。

 ……どうやらのりの『透視能力クレアボヤンス』は、鉄筋コンクリの壁を貫いて五〇メートル先から無音で自分を狙う刺客を正確に捉える事ができるレベルらしい。

刊行シリーズ

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