「あは、佐天さん……」
怖い。
振り返るのが怖い。
それでもやっぱり佐天涙子は情報を集めて満足する都市伝説マニアだった。知らないままよりも自分で確かめてしまう方を選んでしまった。
音もなく、動いて、確かめる。
返り血で真っ赤に染まった少女は不自然なほどにっこりと微笑んでいた。
めきめきという鈍い音があった。
笑顔の少女の手の中で、真っ赤に埋まった警杖が握り潰されていく。『定温保存』、全然無害じゃないしありふれてもいない低能力が全力で牙を剝く。
にっこりと来た。
「やっぱり生きていたんじゃないですか。今さら全部手遅れですけど☆」
4
ややあって、だ。
後から遅れてやってきた御坂美琴は、一七七支部の惨状を見て、うんざりした顔になっていた。
「なに? 佐天さんを部屋から運び出すのに人手が必要だっていう話だったけど……うわあ、かんっぺきにのびてる……」
辺りは血まみれ。
そして部屋の中央では、佐天涙子が仰向けでひくひく痙攣していた。天罰モードに入ってもいちいちちょっとセクシー系に見えてしまうのがこの子の才能か。多分どこぞのサスペンス劇場なら特に事件解決のヒントもなく旅館の露天風呂にいる枠だ。
「イロイロと悲惨だわ……」
「これ、材料に黒豆サイダーとかいちごおでんとかも入ってるみたいなんですよね。食べ物を粗末にする子は、めっ、です」
初春飾利は怒っても普通に可愛らしかった。
ほっぺとか膨らんでるし。
握力とか一三キロしかない小動物系だし。
ていうか当たり前だ。地獄のデストロイ風紀委員であってたまるか。
そもそもの話をしよう。
「ちょっと席を離れている間に、佐天さんが何かこそこそしているのは全部『見えて』いたんですよね」
濡れタオルで顔の返り血を拭いながら、あっけらかんと初春飾利は切り出した。
そこにあるのはいつも通りの女の子だ。
「……つまり、パソコンのWebカメラで。今はもう特別なOA機器とかじゃなくて、液晶画面の上に普通にくっついていますからね。正直ありがた迷惑っていうか、情報セキュリティ的にはむしろ邪魔者なんですけど」
根本的に、各種重要資料で溢れた一七七支部を施錠もせず空っぽにしておくはずもない。今日は大規模な防犯訓練の資材を外に運び出すためにオートロックは解除していたとはいえ、短時間の離席であっても初春は常に室内の状況───特に許可なき者の入室の有無───は分かるようにしている。
白井黒子は肩をすくめて、
「で、倒れた佐天さんに背中を見せながらWebカメラで観察。その上で、業務用通販サイトにアクセスするふりをしつつ、パソコンからわたくしのモバイルへ連絡を入れた訳ですわね」
「ついでに、白井さんにはVR系の工作動画を参考にして例の血糊を作ってもらって」
「ま、それ以外にも特殊メイクを盛りましたけれど」
元々、警備員との合同防犯訓練があるのだ。
それも現場検証想定。
つまり被害者の死体役になりきるお化粧や小道具には事欠かない。
「そういう訳で、わたくしがたまたまやってきたと装って一七七支部へ顔を出して、初春の一撃でズドンと沈む、と」
ツインテールの少女はそこまで言って、そっと息を吐いた。
それから怪訝な顔で、
「……ですが初春、その警杖のグリップはどうしたんです? アドリブみたいでしたけれど」
「あはは。私はどこまで行っても低能力扱いですよ? 『定温保存』で筋力リミッター解除なんてできません。ただまあポリヒドロキシ酪酸系合成樹脂、つまり生分解性プラスチックなんて性質は木材と似たようなものですから。適当に湿らせた上で温度を一定に保つと微生物の力で急激に腐らせたり発酵させたり、ってくらいなら何とかできますけど」
「「((……あれ? なんか微妙に怖い成分が残留してる???))」」
「?」
基本的に良い子な中学一年生は対能力戦の応用法についてまでは思いついていないらしい。
……ガスマスクなどで腐敗によるガスへの対処をして一〇時間以上かければ重量一トン以上もある闘牛用の牛一頭を丸ごと肥やしに変えて地上から抹消できる、なんて話じゃなければ良いのだが。『定温保存』、前から思っていたが応用の幅が微妙に広すぎやしないか……?
うーん、と美琴は呻いた。
白目を剝いて仰向けで痙攣。何だか思春期女子としての尊厳を全部奪われたような有り様になっている佐天を見下ろしながら、
「イタズラにイタズラを返すのは分かるけど……やっぱり、やりすぎなんじゃあ?」
「それは佐天さんに言ってくださいよ。私は面白半分で『こう』されたくはありませんし」