第二章 佐天涙子のドロドロ血祭りパラダイス☆ ⑦

「あは、てんさん……」


 怖い。

 振り返るのが怖い。

 それでもやっぱりてんるいは情報を集めて満足する都市伝説マニアだった。知らないままよりも自分で確かめてしまう方を選んでしまった。

 音もなく、動いて、確かめる。

 返り血で真っ赤に染まった少女は不自然なほどにっこりと微笑ほほえんでいた。

 めきめきという鈍い音があった。

 笑顔の少女の手の中で、真っ赤に埋まったけいじようが握り潰されていく。『定温保存サーマルハンド』、全然無害じゃないしありふれてもいない低能力レベル1が全力できばく。

 にっこりと来た。


「やっぱり生きていたんじゃないですか。今さら全部手遅れですけど☆」



 ややあって、だ。

 後から遅れてやってきたさかことは、一七七支部の惨状を見て、うんざりした顔になっていた。


「なに? てんさんを部屋から運び出すのに人手が必要だっていう話だったけど……うわあ、かんっぺきにのびてる……」


 辺りは血まみれ。

 そして部屋の中央では、てんるいが仰向けでひくひくけいれんしていた。天罰モードに入ってもいちいちちょっとセクシー系に見えてしまうのがこの子の才能か。多分どこぞのサスペンス劇場なら特に事件解決のヒントもなく旅館のてんにいる枠だ。


「イロイロと悲惨だわ……」

「これ、材料に黒豆サイダーとかいちごおでんとかも入ってるみたいなんですよね。食べ物を粗末にする子は、めっ、です」


 ういはるかざは怒っても普通にわいらしかった。

 ほっぺとか膨らんでるし。

 握力とか一三キロしかない小動物系だし。

 ていうか当たり前だ。地獄のデストロイ風紀委員ジヤツジメントであってたまるか。

 そもそもの話をしよう。


「ちょっと席を離れている間に、てんさんが何かこそこそしているのは全部『見えて』いたんですよね」


 れタオルで顔の返り血を拭いながら、あっけらかんとういはるかざは切り出した。

 そこにあるのはいつも通りの女の子だ。


「……つまり、。今はもう特別なOA機器とかじゃなくて、液晶画面の上に普通にくっついていますからね。正直ありがた迷惑っていうか、情報セキュリティ的にはむしろ邪魔者なんですけど」


 根本的に、各種重要資料であふれた一七七支部をじようもせず空っぽにしておくはずもない。今日は大規模な防犯訓練の資材を外に運び出すためにオートロックは解除していたとはいえ、短時間の離席であってもういはるは常に室内の状況───特に許可なき者の入室の有無───は分かるようにしている。

 しらくろは肩をすくめて、


「で、倒れたてんさんに背中を見せながらWebカメラで観察。その上で、業務用通販サイトにアクセスするふりをしつつ、パソコンからわたくしのモバイルへ連絡を入れた訳ですわね」

「ついでに、しらさんにはVR系の工作動画を参考にして例ののりを作ってもらって」

「ま、それ以外にも特殊メイクを盛りましたけれど」


 元々、アンチスキルとの合同防犯訓練があるのだ。

 それも現場検証想定。

 つまり被害者の死体役になりきるお化粧や小道具には事欠かない。


「そういう訳で、わたくしがたまたまやってきたとよそおって一七七支部へ顔を出して、ういはるの一撃でズドンと沈む、と」


 ツインテールの少女はそこまで言って、そっと息を吐いた。

 それからげんな顔で、


「……ですがういはる、そのけいじようのグリップはどうしたんです? アドリブみたいでしたけれど」

「あはは。私はどこまで行っても低能力レベル1あつかいですよ? 『定温保存サーマルハンド』で筋力リミッター解除なんてできません。ただまあポリヒドロキシ酪酸系合成樹脂、つまり生分解性プラスチックなんて性質は木材と似たようなものですから。適当に湿らせた上で温度を一定に保つと微生物の力で急激に腐らせたり発酵させたり、ってくらいなら何とかできますけど」

「「((……あれ? なんか微妙に怖い成分が残留してる???))」」

「?」


 基本的に良い子な中学一年生は対能力戦の応用法についてまでは思いついていないらしい。

 ……ガスマスクなどで腐敗によるガスへの対処をして一〇時間以上かければ重量一トン以上もある闘牛用の牛一頭を丸ごと肥やしに変えて地上から抹消できる、なんて話じゃなければ良いのだが。『定温保存サーマルハンド』、前から思っていたが応用の幅が微妙に広すぎやしないか……?

 うーん、とことうめいた。

 しろいて仰向けでけいれん。何だか思春期女子としての尊厳を全部奪われたような有り様になっているてんを見下ろしながら、


「イタズラにイタズラを返すのは分かるけど……やっぱり、やりすぎなんじゃあ?」

「それはてんさんに言ってくださいよ。私は面白半分で『こう』されたくはありませんし」

刊行シリーズ

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