第1話 正しい太陽 ⑦

 よしさんはバッグを手に持って、


「いつもキチキチしっかり。だれに見られてもだいじような私でいるけど……今日学校で、こっそり素の自分になったの、ものすごく興奮したの」

「……おう」


 興奮。そんな言葉をよしさんが言ってる時点で興奮してしまう俺はマジで安い。

 よしさんは俺のほうを見た。

 ゴールドのアイシャドーがられているひとみは少しうるんでいて、引き寄せられるように目がはなせない。

 温度を感じて自分の太ももを見ると、そこによしさんの手が置かれていた。

 細くて長い指。

 ……ちょっと、あの。

 身体からだがビクリとしてしまうがなんとかえる。


「本当の私を知ってるつじくんにお願いがあるんだけど」


 よしさんは俺の太ももに置いた手に体重を乗せて、グッ……と近づいてきた。

 つやつやとした口紅がられたくちびるが開く。


「たまにああやって学校で私をけがしてくれないかな」

「……けがす?」

れて、近づいて、私を私にしてほしい。学校は私にとって、絶対に悪いことしちゃダメな所だからこそ、だめなこと、こっそりしたい」


 そう言ってよしさんは俺の太ももの上でツイと指を立てた。

 やばい、これはかなりヤバい。

 俺はつばを飲んだ。

 よしさんは目を細めて視線をらして小さくむくれる。


「ダメって、何もエッチしたいとかじゃないよ」

「お。おう」


 俺はさっきからキョドって「おう」しか言えない。


「学校でこっそりと素の自分になりたい。それってお母さんに勝ったみたい」


 お母さんに勝つ……?

 学校で素になることと、勝利の関係性がよく分からないけどコクンとうなずく。

 よしさんは俺の目をまっすぐに見て続ける。


「私のこと全部知ってる……秘密の親友になってくれないかな?」


 秘密の親友。

 そのひびきがなんだかかんうれしくて、コクコクとうなずいた。


「俺なんかでよければ全然。俺も今日なんかすげードキドキして、うれしかったし」

「良かった──。学校と外でちがいすぎて、ドン引きされてるかと思ってたー、良かったー」


 そう言って「はあ」と力をいてりようかたを下ろしてまゆもフニャリとさせたがおを見せた。

 さっきのようえんな表情とは別人みたいで、ドキドキして息が苦しい。

 よしさんは右手の小指をピンと立てて、


「秘密の親友、指切りげんまん?」


 と小首をかしげた。長いかみがさらりとかたから落ちる。

 俺はくちびるんで手を持ち上げ、小指を立てて、ゆっくりとよしさんの細すぎる小指に近づけた。

 その奥にはうるんだ真っ黒なひとみで見ているよしさんがいる。

 からめるようによしさんの小指に、自分の小指を巻き付けると、キュッとよしさんの小指がきつく俺をき込んだ。


「裏切っちゃダメよ? 約束なんだから」


 そうかたく結んでからパッとはなして、よしさんは立ち上がった。

 俺たちは会計を済ませて店の外に出た。よしさんは「じゃあまた明日学校でー」とカフェに消えていった。

 俺の右手小指は、まだじんじんとしびれていて胸がドキドキと高鳴りすぎて息が苦しい。

 ほぼさけびながらバイト先にもどった。


第3話 少しでも近くに、一緒に


「……ミナミさん、ポテトどうです? これは俺のおごりっス」

「わーい頂きまーす。なになに? 告白? ミナミかれちようラブラブだから困っちゃう~~~」

ちがいます。ちょっと話聞いて欲しくて……」


 さっきから雨が降りはじめて町自体に人が少なく、配達先にミナミさんがいるおっぱいカフェがあったので、注文と一緒に作り置きしてあったポテトも持って来た。

 ミナミさんは二十一歳で、ここら辺で働いてる人の中では最もねんれいが近く、それでいて大人びているので相談しやすい。ミナミさんはかれの起業をおうえんのために働いてるらしいけど、細かく聞いていない。まあばあちゃんが相談に乗ってるからだいじようだろうと思っている。

 俺は雨だれの音がひびく裏口のとびらを背に、ずるずると座り込んだ。


「……ミナミさんは、だれかに『自分をけがしてほしい』って思ったことあります?」


 バイトしながら、ずっとその言葉が気になってた。

 どういうことなんだろう。俺に何を求めてるんだろう。

 ミナミさんは持っていたたばこを取り出して火をつけた。


けがしてほしいってたぶん、死なないように殺してほしいってことだと思うよ」

「……はい?」


 予想外の言葉に俺は首をかしげてミナミさんを見た。

 ミナミさんはしそうにたばこを吸い込んで、けむりした。雨で湿しめった空気がけむりを飲み込んで消えていく。