第一章 屋上で鉢合わせる女性には大抵何かある ①
それは馬鹿みたいに暑いとある初夏のこと。
その日の放課後、俺は蒸し暑い教室での長い授業で頭がおかしくなり、なんとなく学校の屋上を訪れていた。
今思えば、少しでも暑さから逃れるべく屋上に吹く爽やかな空気を求めていたのかもしれない。
どう考えても早く帰ってクーラーの効いた部屋で休んだ方がよさそうなものだが────。
ともあれ、その日の俺はあまり賢くない選択肢を選んでしまったわけである。
「────おや?」
ひらけた屋上が与えるそれなりの解放感に浸っていた俺は、一瞬先客がいることに気づけなかった。
少しの間を置いて〝彼女〟と目を合わせた俺は、その姿に息を
わずかに青みがかった美しい黒髪に、彫刻のように整っている
胸の大きさは決して大き過ぎず、かといって小さいわけでもなく。
スカートから伸びる足は余計な肉など一切ついておらず、すらりとしている。
一目で住む世界が違うと確信した。
そんな彼女の名は、〝
この学校の三年生であり、誰からも慕われている生徒会長だ。
生徒である限り、彼女の存在を知らない者はいない。
「君も涼みに来たのか?」
「え?」
突然
まさか先輩の方から声をかけてくるなんて想像もしていなかったのだ。
固まった俺を見て、
ああ、まずい。
せっかく
「は、はい……そんな感じです」
「やはりそうか。しかし残念だったな。ここは思ったよりも涼しい場所じゃない」
「……確かに」
緊張で意識が
しかもここは屋上。
日差しを遮ってくれる物なんて存在しないため、かえって
「
「む、私の名前を知っているのか」
「そりゃ知ってますよ。あなたはこの学校の生徒会長なんですから」
「確かに私はこの学校の生徒会長だが……ふふっ、改めて言われると少し照れてしまうな」
なんだこの
お堅い生徒会長のイメージとの大きなギャップにより、胸が強制的にキュンキュンさせられる。
「ああ、私も涼みに来たのだが、甚だ見当違いだったらしい。この後生徒会の集まりがあるのだが、その前に少しでも汗を乾かしておきたかったんだ」
「そうだったんですね」
「まあ、乾かすどころかむしろ汗ばんでしまう始末だが……ふふふ」
汗ばんでいる
その言葉の羅列が頭に浮かんだ瞬間、俺は横目で彼女の全体像を捉えることに成功した。
時間にしてわずか〇・一秒。
(おっと……いけないいけない)
俺は紳士だ。
仮にここで
ちなみに全然透けてなかったです。残念。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか……」
俺は
残念そうな様子を見せるというのは二流のやること。
一流の紳士である俺は常に平静を保つことが可能なのだ。
「君は……確か二年生の
「え?」
「むっ、すまない、間違えてしまったか」
「い、いえ……合ってるんですけど……別に俺たちなんの接点もないですよね? それなのに名前を覚えてるんですか?」
「ああ。私は仮にも生徒会長だからな。全校生徒の名前くらい覚えているさ」
そんなこと本気で覚えようとする人いるんだ────。
まるで誇った様子もなく淡々と告げてきた先輩は、俺の目にはやっぱり異質に映った。
うちの学校の生徒数は、全体で千人に及ぶ。
それだけの数いる生徒の名前を覚えるなんて、とてつもない労力だ。
生徒会長になるためにはそれくらいできなきゃいけないのだろうか? ……いや、そんなわけがない。
正直に言おう。
俺は今、
そもそも全校生徒の名前を覚えておくなんて芸当、普通の
すさまじいオーラを感じるというか、生きている世界が違うというか。
多少なりともおチャラけたことが恥ずかしくなるような感覚。
そこから来る羞恥心が、俺を苦しめる。
「……っと、そろそろ行かねば」
何かの通知がスマホに届いたことで、
これから生徒会で集まると言っていたし、それの連絡だろう。
「ありがとう、
「お役に立てたのであれば何よりです」
笑みを浮かべてそう返せば、
そして俺の横を通り過ぎた
「
「あ、ありがとうございま────」
俺がお礼を告げようとしたその瞬間。
この屋上に、一陣の爽やかな風が吹き抜けた。
汗で少し湿った体を回復させてくれるような、心地のいい風。
しかしその風は、目を疑うような光景を作り上げた。
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れる。
爽やかな風はイタズラな風へと変わり、なんと
驚異的な引力によって、俺の目は
これに関してはもはや俺の性のようなものだ。本当に許してほしい。
ただ俺は、そこで一生で一度も経験したことがないような
常識的に考えれば、そこに必ず存在するはずの物。
もはやなくてはならないはずの物が、確認できない。
そんな事実を前にした俺をよそに、
一人になった俺は、空を見上げて
私立
生徒数はひと学年で三百人を超え、全体では千人に迫る。
この学校のことを一言で表すのであれば、生粋の〟進学校〟。
難関大学への合格率は都内でもトップクラスであり、その特徴目当てで進学を目的とする多の学生が集っている。
自分で言うのもなんだが、この学校の偏差値は中々のものだ。
俺が合格したというのも、ある意味奇跡に近い。
そんな化物偏差値どもが通う
この学校で生徒会長を任されているというだけで、多くの大学、就職で相当なアドバンテージを得ることができるらしい。
要はそれだけ優秀でなければ、この学校で生徒会長なんて務まらないということ。
決して
故に毎年行われる会長総選挙は、毎度毎度
この学校に入れただけでも万々歳な俺としては、到底縁のない話。
しかしながら、そんな風に自分とは遠い話だからこそ気になってしまう。
そう、あの屋上で見たものが────。
◇◆◇
「
「あんた何言ってんの?」
ゴミを見るようなあまりにも鋭すぎる視線を受け、少なからず俺の心は傷ついた。
とはいえ、俺が悪いことは理解している。
意味分からんこと言っているし。普通にセクハラだし。今のところ周りに人はいないけど、ここ普通の教室だし。
だからと言って、何故
「頼む聞いてくれ、ひより」
「……何よ」
「俺はこの疑問に
「バカタレ」
「うぶっ」