第一話 兄さんが好きなの、と彼女は言った。 ⑥

 彼のどうようで、ちようが飛び立ってしまったことも。

 歯車がちがった方にはまってしまったことも。

 この時は、まだなにも。


   ☆ ☆ ☆


 遙海はるかつないでいる方とは逆の、つまりは空いている手をポケットに入れて、いつも持ち歩いているひこぼしのミサンガを一度だけきゅっと強くにぎってみた。

 本当は、わたしが持っているべきではないものだ。

 あの夜に、兄さんが落としてわたしが拾ったこい欠片かけら

 さてここで、とっても重要な情報を開示しよう。

 うらしまシンドロームには長期間のすいみんや成長の停止の他にも独特のしようじようが見られたりするのだけど、その一つがかくせい後のおくけつじよだ。これにもかくせいまでの期間と同じく個人差があるようで、家族のことまで忘れてしまう人もいる一方、兄さんみたいにものすごく局所的なおくそうしつを経験する人もいるんだとか。

 なにについてのおくを失っているのかを、兄さんはまだ気づいていない。

 姉さんも知らない。

 きようなわたしだけが気づき、知っている。

 兄さんが〝〟を失っていること。

 それこそが、わたしに残されたか細いだった。

 そしてその秘密にちがいがないことが、さっきの兄さんへの告白で確定した。

 もし、兄さんが姉さんと付き合っていることを覚えていたのなら、わたしの告白を断るはずだから。

 そういうゆうづうかなくて、りちで真面目でしんな人なんだ。

 だから、好き。

 そういうところも、好き。


「え、めが長くない? はよ、その勝ちの目とやらを教えてよ」


 しびれを切らした遙海はるかが、となりくちびるとがらせている。


「う~ん、やっぱりないしよ

「なんそれ!?」

「ふふふっ。じゃあ、ヒントだけ。本当の勝負は、次のほしあい祭りかな」


 さすがにほしあい祭りがきてしまったら、二人とも失われているおくに気づくだろうし。


「ヒントて。クイズじゃねーっつの。でも、ほしあい祭りか。もうあと二ヶ月切ってんだよね」


 ろうのそこここに、もよおしものに使用されるのであろう段ボールが積まれていた。

 生徒会が主導して、ほしあい祭りでのイベントをかくしているんだとか。

 あれらが段ボール以外のなにかに形を変えるころ、わたしたちの関係も変わっている、はず。

 変わっていればいいな、と思う。

 てか、変わっていて。

 お願いだから。


「もしさ。もし、ほしあい祭りがきてあんたが望む結末にならなかったらどうする?」

「今度こそ、わたしのこいは完全にじんになっちゃうかもね」


 どゆこと? と、首をかしげる遙海はるかに、「ううん。なんでもない」と首をって答えておく。

 それで気持ちをんでくれたのか、親友は空気を変えるように明るく笑った。


「ま、これ以上のこうかいだけはしないようにがんんな。おうえんくらいはしたげるから」

「え~、おうえんだけなの?」

「なーに不満そうにほおふくらませてるわけ? だったら、今日は帰りにハンバーガーでもおごってあげよう。セットでポテトとジュースもたのんでいいよん。もち、Lサイズ」

「あ、放課後は無理」


 そくとうすると、遙海はるかの形のいいまゆゆがんだ。


「なんでさ?」

「今日は兄さんと帰る約束してるか、らぁ。わぅ、ちょっと」


 言い終わる前に遙海はるかがおしりってきた。ちょっとちょっと。結構痛いんですけど? こしの入っている、中々見事なまわりだったんだよね。


「くっそぉ。心配して損した」

「心配してくれたんだ、あんがと。今度、お礼にハンバーガーでもごそうするよ」

「セットでポテトとジュースをつけるかんね」

「Lサイズでもドンとこいだ」


 春の光であふれるろうを、手をつないだまま遙海はるかと歩いていく。

 心やさしい大好きな親友に感謝しながら、それでもこの手が兄さんだったらよかったのに、なんて不意に思ってしまったわたしはどうしようもなくこいする女の子なんだろう。

 びるかげはもう、子供のものじゃない。

 七年前の姉さんと同じくらい大きくなっていた。