「おい。……テメェら、何だ? 楽しく飲んでる時に騒ぎやがって、ウッゼェな!」
「死にてえのか? ……望みどおりにしてやんよ!」
数名の人獣、酒の匂いを漂わせたチンピラが立ちはだかる。
手にはナイフや割れた瓶。夜明けまでには駅に戻り、魔剤を抜いてヒトに戻って着替えれば、普通の市民面をして生活に戻る。が、今や彼らを縛るルールは存在せず。
文字通りのケダモノ、暴力衝動を我慢する理由など──ない。
「っさいわね、関係ないわ! 人間止めてまで酒飲んで騒ぎたいのか、オッサンども!!」
零士が抱き抱えた腕に震えが伝わる。
過度な攻撃性。──恐怖の裏返し。トラウマの刺激に対する反射的な行動。
そこまでを零士が認識した時、さらなる爆弾が投下された。
「どんだけ人恋しいんだよ、いい年こいて寂しんぼか!? 家帰って家族と飲めや!!」
「あぁ……!?」
「おい……!」
火に油、火薬庫に爆弾。クリティカルな罵倒に、人獣たちが色めきたつ。
「見てたぞ、あのガキ。さっきから車椅子でこのへん歩いてた。そん時はスマホ持ってたぜ」
「今は持ってねえな。なら、監視死んでんのか。じゃ……我慢しなくて、よくね?」
「ああ。ブッ飛ばしても、ブッ殺してもいいさ。クソ邪魔なんだよ、車椅子とかよ!」
酒の勢いもあるのだろう。
動物の姿をしながら、驚くほど醜いヒトらしい表情で、人獣どもが立ちはだかる。
「ハンデあるからって甘えて、楽しやがって……。俺らが死ぬほど苦労して働いてんのによ、足が動かないから年金? とか貰って楽々暮らしてやがるんだろうな!」
「だよなあ。そんなのにわたし、かわいそう~! 助けてくだち~、ってか?」
「何様のつもりだよ、勘違い女が。わからせといたほうがいいよな、欠陥品は死ねってよ!」
凶器を構えた酔漢──もはや暴徒同然の奴らが迫る中。
「助けてくれてありがとう。放していいわよ」
「死ぬぞ」
抱えられたままの命が言い、零士が眉をひそめる。
「アンタまで巻き込むわけにはいかないでしょ。いいわ、上等だわ。何するってのよ、殴る? 蹴る? レイプか、ああん!? 突っ込んでみなさいよ、ヤられる前に食いちぎったるわ!!」
「こ、こいつ……!?」
強烈な口の悪さに、酔っ払いも思わず怯む。気が強いなんてレベルではない。
ある意味スポーツマンとしては稀有の特性。凄まじい負けん気と開き直り、妙な潔さ。
自業自得と言えば自業自得。助ける義理もなければ義務もない、が。
「……口も塞いでおくべきだったか」
命を抱えていない方の手で顔を覆って天を仰ぎ、零士が呟く。
(──だが)
そのままほんの一瞬、自問自答。
(助けてやれって、言うんだろ。一花は)
心の中に一瞬だけ蘇る、失われた家族の面影を想った時。
「くたばりやがれ!!」
襲いくる人獣たち。狂暴極まる暴力を前に、退かない。
「早く、放して!! アンタまで……!」
「黙ってろ、バカ女」
一喝された瞬間、命はぐっと軽い重圧を感じた。
零士は膝を曲げ、軽くジャンプ。
まるで重力を無視したかのような緩いアーチを描き、二人は高く──夜空に、昇る。
「え……!?」
呆気にとられ、ふわりと浮いたふたりを見上げる暴徒たち。
「うっわ……!」
命の感嘆。汚らしく見苦しい、ゴミ溜めのような飲み屋街。
癌細胞のように増殖するバラック。ロクに掃除もされない、詰まった血管のような街路。
だが、地上を離れて見下ろせば──夜空に輝く猥雑な光も、天の川のように美しかった。
バラック屋台の上に着地。さらにふわり、ふわりと次々にジャンプした零士は、築何十年かわからない古びたビルの窓枠や室外機、配線など、ごくわずかな足がかりを頼りに跳び続け。
「あんた、空が飛べるわけ!?」
「飛べない。──軽いだけだ」
わけのわからない返事と共に、ふわりふわりと二人は着地する。
それは先ほどモメた現場から遠く離れたビル、廃墟の屋上。もはや暴徒の手も届かない、雲のような尾を曳いて跳び去る二人を見失い、遠く離れた群衆の中に埋もれてしまう。
「怖がりなくせに、啖呵切るなよ。爆弾みたいなヤツだな」
「こ、怖くねーわ!! 無茶震いよ!!」
「微妙に間違ってるぞ」