1st chapter 轢き逃げ人馬(ケンタウロス) ⑩

「おい。……テメェら、何だ? 楽しく飲んでる時にさわぎやがって、ウッゼェな!」

「死にてえのか? ……望みどおりにしてやんよ!」


 数名の人獣ニンジユウ 、酒のにおいをただよわせたチンピラが立ちはだかる。

 手にはナイフや割れたびん。夜明けまでには駅にもどり、ざいいてヒトにもどってえれば、つうの市民づらをして生活にもどる。が、今や彼らをしばるルールは存在せず。

 文字通りのケダモノ、暴力しようどうまんする理由など──ない。


「っさいわね、関係ないわ! 人間めてまで酒飲んでさわぎたいのか、オッサンども!!」


 レイかかえたうでふるえが伝わる。

 過度なこうげき性。──きようの裏返し。トラウマのげきに対する反射的な行動。

 そこまでをレイにんしきした時、さらなるばくだんが投下された。


「どんだけ人こいしいんだよ、いい年こいてさびしんぼか!? 家帰って家族と飲めや!!」

「あぁ……!?」

「おい……!」


 火に油、火薬庫にばくだん。クリティカルなとうに、人獣ニンジユウ たちが色めきたつ。


「見てたぞ、あのガキ。さっきからくるまでこのへん歩いてた。そん時はスマホ持ってたぜ」

「今は持ってねえな。なら、かん死んでんのか。じゃ……まんしなくて、よくね?」

「ああ。ブッ飛ばしても、ブッ殺してもいいさ。クソじやなんだよ、くるまとかよ!」


 酒の勢いもあるのだろう。

 動物の姿をしながら、おどろくほどみにくいヒトらしい表情で、人獣ニンジユウ どもが立ちはだかる。


「ハンデあるからって甘えて、楽しやがって……。俺らが死ぬほど苦労して働いてんのによ、足が動かないから年金? とかもらって楽々暮らしてやがるんだろうな!」

「だよなあ。そんなのにわたし、かわいそう~! 助けてくだち~、ってか?」

「何様のつもりだよ、かんちがい女が。わからせといたほうがいいよな、けつかんひんは死ねってよ!」


 きようを構えたすいかん──もはや暴徒同然のやつらがせまる中。


「助けてくれてありがとう。放していいわよ」

「死ぬぞ」


 かかえられたままのメイが言い、レイまゆをひそめる。


「アンタまで巻き込むわけにはいかないでしょ。いいわ、上等だわ。何するってのよ、なぐる? る? レイプか、ああん!? っ込んでみなさいよ、ヤられる前に食いちぎったるわ!!」

「こ、こいつ……!?」


 きようれつな口の悪さに、ぱらいも思わずひるむ。気が強いなんてレベルではない。

 ある意味スポーツマンとしてはの特性。すさまじい負けん気と開き直り、みよういさぎよさ。

 ごうとくと言えばごうとく。助ける義理もなければ義務もない、が。


「……口もふさいでおくべきだったか」


 メイかかえていない方の手で顔をおおって天をあおぎ、レイつぶやく。


(──だが)


 そのままほんのいつしゆん、自問自答。


(助けてやれって、言うんだろ。一花おまえは)


 心の中にいつしゆんだけよみがえる、失われた家族のおもかげおもった時。


「くたばりやがれ!!」


 おそいくる人獣ニンジユウ たち。きようぼうきわまる暴力を前に、退かない。


「早く、放して!! アンタまで……!」

だまってろ、バカ女」


 いつかつされたしゆんかんメイはぐっと軽い重圧を感じた。

 レイひざを曲げ、軽くジャンプ。

 まるで重力を無視したかのようなゆるいアーチをえがき、二人は高く──夜空に、のぼる。


「え……!?」


 あつにとられ、ふわりといたふたりを見上げる暴徒たち。


「うっわ……!」


 メイかんたんきたならしく見苦しい、ゴミめのような飲み屋街。

 がんさいぼうのようにぞうしよくするバラック。ロクにそうもされない、まった血管のような街路。

 だが、地上をはなれて見下ろせば──夜空にかがやわいざつな光も、天の川のように美しかった。

 バラック屋台の上に着地。さらにふわり、ふわりと次々にジャンプしたレイは、築何十年かわからない古びたビルのまどわくや室外機、配線など、ごくわずかな足がかりをたよりにび続け。


「あんた、空が飛べるわけ!?」

「飛べない。──だけだ」


 わけのわからない返事と共に、ふわりふわりと二人は着地する。

 それは先ほどモメた現場から遠くはなれたビル、はいきよの屋上。もはや暴徒の手も届かない、雲のようないてび去る二人を見失い、遠くはなれた群衆の中にもれてしまう。


こわがりなくせに、たん切るなよ。ばくだんみたいなヤツだな」

「こ、こわくねーわ!! 無茶ぶるいよ!!」

みようちがってるぞ」