1st chapter 轢き逃げ人馬(ケンタウロス) ⑨

「……ど~~~しようもねえなぁ、おい」

「よくあることだ。行くぞ」


 あきかえってながめながら、ゲツレイはさっさとその場を後にする。

 裏路地をけて、表通りに近い一角へ。

 はいきよスクワツターが住み着いたそこは、裏路地に比べればちつじよが保たれている。

 ボロボロの建物にはいざいを組んだ屋台が看板をかかげ、あちこちで密造酒や得体のしれない肉を焼くけむり、酒と煙草たばこにおいがじゆうまんして、あたかも大昔のやみいちさかそのままだった。


「くさい……」

「交ざりたくない」


 鼻をつまむゲツいやそうなレイ。裏通りの飲み屋街を進んでいく。

 そのちゆう、ゴミゴミした街中を行きかう人獣ニンジユウ たちが、じろじろとレイにらんでいた。


「やっぱ目立つな。ほとんどヒト型だしよ」

「顔はかくれてるからいいだろう。ドレスコードは合ってる」


 しつけな視線はほぼすべて、レイに集中していた。

 みようけむりで顔半分をおおっているとはいえ、毛皮もうろこもないその姿は明らかにヒトだ。

 怪物モンスターサプリをキメるのがドレスコードも同然のようなこの街においてそれは異質で、多くの人獣ニンジユウ さんくさげににらんでくるが、レイはどうでもよさそうに無視している。


「いやそういうんじゃねえから。空気読め、空気」

「それ、この国でゆいいつきらいな価値観」


 ふわりときりのマフラーがらぎ、わざわざいやそうにひん曲げた口元をあらわにして言われ。

 はあ、とゲツめんどうくさそうにもこもことした毛をかせるように息をついた。


「わかるけどよ~……めんどうなやつだな、レイ

「人の事が言えるか」

「まーな。しっかしま、じようだんみてえな話だよ」


 素っ気なく返すレイに、ゲツはフッとみをこぼした。


「空気にんでなんぼのお前が、空気読めねえとか。ギャグじゃね?」

「うるさい。……ん?」


 じようだんめかした言葉がれ、レイは行く先をながめる。

 雑多な人獣ニンジユウ でごった返す飲み屋街。ざつとうの中にざわめきと、どこかで聞いたような声。


「だからじやだっつってんのよオッサン!! 道はみ出してんでしょ、通れないの!」

「ああ? ……って、何だお前!? キメてねえぞ、このガキ……!」

「おまけに、スマホ!? 電源入れっぱで持ち込みやがって、やめろやめろ、んな!!」


 細い道をふさぐように営業していた安酒の屋台。

 得体のしれない内臓肉をくしして焼く大きな鉄板を囲む労務者風の人獣ニンジユウ たち。特区内での建設作業や肉体労働をうことで生計を立てているのだろう。

 あらくれた男たち──ツノを生やしたサイ男、四本きばのイボイノシシ男が中心のグループが、通路をほぼせんきよするような形で車座になって酒を飲んでいた、そのど真ん中に。

 今時めずらしい完全手動、動力アシストなしのくるまが──持ち主と共に。


「マジかよ、ありゃ! 同じクラスの……あの子だろ、なんかややこしい名前の!」

「……拾ってくる。カバーたのむ」

レイ!? ああもう……しゃーねえ!」


 ざわめく人混みに、ふわりと少年はんだ。

 丸、四角、三角、ヒトの丸耳に比べればはるかにバリエーションの富んだ人獣ニンジユウ たちの耳。

 そのせんたんスレスレを流れ、体重の無い綿かけむりのようにかつくうすると、えてくる。


(やっぱり、今朝のあいつか)


 メイといったか。くるまに乗った性格の悪い女が、人獣ニンジユウ からまれている。

 来る前にえたらしく、服装は部活用のジャージだ。アカネ原高陸上部のマーク入りで、この無法地帯に個人情報丸出しで来るな、と言いたくなるが、今そんなひまはない。

 ──対する、ぱらいども。

 しこたま酒を飲んだのだろう。ふらつく足取り、だが丸太のようなうでかかげ、サイ男がせまる。スマホをたたとし、その勢いでくるまから彼女をつかみ上げると。

 べちゃっ!

 ヘドロじみた裏路地の地べたに、足のかない少女を放り出した。

 どろまみれになったメイ、少しはへこむかと思いきや、ギッとすさまじい表情でにらみ返し、何かさけぶ。

 しようさいはわからない。だが相当な悪口だったらしく、言われたサイ男が歯をいて、取り巻きのイボイノシシ男が、転がるスマホをあしひづめつぶす。

 そこまでをにんした、せつのことだ。


「こんなところで何してる?」

「え? ……きゃあっ!?」


 音もなく、ふわりと。

 サイ男とイボイノシシ男、興奮ぎみの人獣ニンジユウ ふたりとメイの間に降りて。

 固い腹筋を感じるこしき、たけのわりに重い彼女を、持ち上げた。


「な、な、な……!? 何すんのよ!?」

だまってろ、舌をむぞ。……定番の台詞せりふだな。ちょっと言えてうれしいかもしれん」

「どっから出てきたのよ!? いやーっ! 何アンタうわ……え!?」


 混乱しきったメイさけびが、おどろきのあまりぽつんと切れた。

 少女ひとり。まったスポーツマン。たいぼうりつきわめて低い。それでも数十キロの質量を軽々と、やさおとこに見える少年がかかえ、危なげなく人混みをけてゆく。


うそ。バランス──すごい!?)


 だれよりも走り続けてきたメイにとって、それは理解しがたい何か。

 重さは筋力でカバーできる。だがバランスは無理だ。人間一人をわきかかえて姿勢をくずさず、それも人波ごった返す飲み屋街をすりぬけるように走る、しなやかさ。

 異様ななめらかさ──みっちりとまった人々の間を、時々あつなくけるかのように、何がどうなっているのか理解できない彼女を連れて、けむりのごとく流れてゆく。


「お、おい、げんな、クソガキぃっ!!」

「は、早ぇ……もう見えなくなっちまった。あ、おい、てめえ! 何してやがる!」

「へへっ、すんませんね。ほんじゃ!」


 あつにとられたサイ男とイボイノシシ男、そして聞き慣れぬだれかの声。


「この街じゃがおは厳禁だ。スマホもな、最悪殺されるところだぞ」

「ナビ使ってただけ! 迷ったのよ、この街ゴチャゴチャしすぎ!!」

「地図アプリのこうしんは特区指定後、年単位で止まってる。そんなものたよる方が悪い」

「常識ってものがないの、このゴミめには!?」


 きようのせいか、ハイになっているらしい少女のさけび。

 すると周囲を行きかう数名の人獣ニンジユウ が。「ああ?」と声の主──ちがいな《ヒト》を見つけて。


「何だ。ヒトがいるぞ。ガキだ、女だ」

「チッ。ま~たくだらねえ動画でもりに来たんだろ。見世物じゃねえぞ、クソが!」


 てんばかりのささやき、けいべつの視線に。


「は? 何よ、こいつら」

「興味本位で人獣ニンジユウ ったり、動画じつきようしたがる馬鹿が多くてな」


 その手の配信者やジャーナリストがディープな部分をのぞくのはよくあることだ。

 たいていその場で荷物を処分され、死体すら発見されることなく消される。


「ここらはまだ表通りに近い。しろうとがよく来る。危ないからさっさと帰れ」

「来たくて来たんじゃないわよ、こんなバカのまり!!」


 レイの言葉に、メイはギリッとおくみしめて、静まるどころか燃え上がる。