1.好きな香水:柑橘系 ⑤

 きりはらが未成年ではなくて、俺の生徒でもなければ、何も問題はなかったんだけどな。

 たぶん理想の相手だ。

 世の中は、ままならない。


「っとと」


 考えていたら、しるなべきこぼれてしまった。

 火を止めてコンロをそうする。俺のモノではないから、よごしたままにするわけにはいかない。

 にいるきりはらを意識から追い出すために、しばらく料理に集中する。

 お皿に盛りつけて準備が整ったころ、チャイムが鳴った。

 ……今までになかったシチュエーションだ。

 出ていいのか?

 でも、もしもきりはらの友達や親だったらどうする?

 さっ、と血の気が引いていくのがわかった。


「あ、ごめーん。たぶん荷物だと思うー。先生、出てくれる?」


 から声が聞こえて、かなしばりが解けた。

 おそるおそるインターホンの受話器をあげると「宅配便でーす」と名乗られた。長い長い、あんの息がれた。

 ばこの上に置いてあった「きりはら」のハンコを押して、荷物を受け取る。

 やけに軽い。差出人は店の名前っぽかった。つうはんか?


「ありがと。その辺に置いといて」

「あぁ……って、おい!」


 かえると、きりはらは服を着ていなかった。下はさっきといろちがいの短パンを穿いているけど、上は何も着ていない。首に巻いてぶら下げたバスタオルがかろうじて胸をかくしているが、ふくらみのりんかくは見えてしまっていた。


「何?」

たのむから、服をちゃんと着てくれ」

「えーいいじゃん。家なんだし。もう何回も見てるでしょ?」

「そういう問題じゃない。れいぼうもついてるし、引くぞ」

「先生は真面目だなぁ……そこがわいいんだけどね」


 きりはらは胸をかくしていたバスタオルを持ち上げて、れているかみき始める。

 とっさに目をらしたから、ギリギリ見なかった、と思う。

 きりはらはそんな俺の努力にまったく見向きもせず、ダイニングの方へ歩いていく。


「わーっ、ご飯ができてる! おいしそう!」


 きりはらはんを見るのは、初めてではない。

 でも、いつしよで、やっぱり落ち着かないものは落ち着かない。慣れてしまうのもけたい。そこまでいってしまったら、本当にせなくなりそうでこわかった。

 ……たぶん、この気持ちを失ったら、転がり落ちるように、真っ逆さまだと思う。

 水をはじく、若さにあふれたみずみずしさを持つはだには、それくらいのかいりよくが十分ある。


「先生、食べようよー。おなか空いちゃった」

「服、着たか?」

「着た着た。キャミだけど」

かみかわかさなくていいのか?」

「食べたら、すぐやるよ。おいしいご飯が冷めるのやだ」


 つうにしている分には、やんちゃな妹と接しているようなものなんだけどな。

 いつしよに「いただきます」をしながら、そんな感想をいだいていた。



 食事が終わったあとは、お待ちかねのゲームタイムだ。

 三時間ほど遊んだところで、きりはらが座ったまま、んん~っ、と大きくびをした。


「遊んだー。ちょっときゆうけいしよ」


 げんかんの方へ向かったきりはらは、さっき俺が受け取った荷物を持ってすぐに帰ってくる。


「服でも買ったのか?」

「うん。私も、先生を見習おうと思ってさ」


 言われて、首をかしげる。

 最近、新しい服を買ったおくはないし、オシャレをしてきりはらと会った覚えもない。


「じゃーん! 見て、これ」


 箱をかいふうしたきりはらは、うれしそうに戦利品を見せびらかしてきた。

 確かに服だけど、なんというか、パンクなジャンルだった。

 きりはらの私服は部屋着だけしか見たことがないから、すごく意外だった。


だんはそういう服を着るんだな」

「いや、着ないよ? もっと大人しいのを着てる」


 そこまで言われて、ようやく気が付いた。


「言ったでしょ。先生を見習おうと思った、って」

「変装用?」


 うなずいたきりはらは、箱からさらにきんぱつウィッグを取り出す。茶色もあった。

 金色の方をかぶって、「どんな感じ?」といてきた。


「……別人」

「どれどれ」


 てくてく、と部屋のすみに置いてあるスタンド型の姿見へ歩いていく。


「うわっ、マジだ! おもしろっ!」


 きんぱつちやぱつこうに着けて、キャーキャーやり始める。こういうところは子供っぽい。


「先生のを初めて見たときも、別人だと思ったもんね。これならいつしよにおけしてもだいじようじゃない?」


 秘密を共有するようになってから一ヶ月半近くになるけど、俺はまだきりはらいつしよに外へけたことがない。

 変装をしていても、やはりバレるのはこわかった。

 近くのスーパーへいつしよに行くのでさえ、俺が断っていたくらいだ。


「ねぇ、デート行こうよ」

「考えておく」

「やだ。明日がいい。明日」


 明日は土曜日で、天気もいいらしい。さっき、せんたく物を外に干す前に調べた。


「近場じゃなくて、ちょっと遠いところでショッピングなんてどう? ショッピングモール、二人でぶらぶらしてみたい」

「それ、学校のやつらが休日に行くところじゃないのか?」

「そうかもだけど、変装すればだいじようだよ。私たちを知っているひとほど気が付かないんじゃない?」


 自分も変装をしているとき、同じ思考に至っていたので反論が難しい。

 でも、できれば断りたい。うまい言い訳はないものか。


「ねぇー、行こうよー」

「うーん」


 きりはらねばってくる。俺も、言い訳探しをねばる。


「デートしてくれないなら、今晩、おそっちゃうぞ」


 とんでもないことを言われたけど、反応しないせんたくをしてみた。


「本気だよ?」

「それはそれとして、紅茶れるか? あったかいやつ」

れるー」


 きりはらは紅茶が好きだ。ティーバッグの安いヤツでも、れると喜ぶ。

 お湯をかしている間に、デートの件は流れてうやむやになった。きりはらもパンクな服とウィッグをダンボール箱に片付けたし、うまくやり過ごせたはず……。

 自分をめたい気持ちでいっぱいだ。前世はしよかつこうめいクラスの策士だったんじゃないか?


「お茶もれてもらっちゃったし、もうちょっと遊びたいな?」

「いいよ」


 一時間ほど、日付が変わるまで遊び続けた。

 すると、どちらからともなく、あくびがれ始める。いくらきりはらが若くても、ほぼぶっ通しで五時間近く遊んでいると、さすがにつかれてくるらしい。


るか?」

「うん」


 たくを済ませて、きりはらしんしつへ向かう。

 きりはらはベッドに、俺は持ってきたぶくろゆかく。


「先生、こっち来てよ」


 とん代わりに使っている大きいタオルケットのすみをめくって、きりはらが呼んでくる。


「いや、俺はこっちで」

「甘えたい気分なの。甘えさせてくれないの?」


 少しとげのある口調だった。言外に、わした約束の話をしているのだと主張している。

 ──甘えたいときに、なるべく甘えさせてほしい。


「……変なことしないなら」

「ん」


 一応、しん条約を結んでベッドにおじやする。

 きりはらに背を向けてころがる。まくらからきりはらの香りがした。

 電気が消えて、背中にきりはらが密着してくる。うでも前にびてきて、まくら状態だ。


「ね、さっきのデートの話だけど」


 きりはらの指先が、俺のくちびるれる。


「私、本気だから」


 口の中に二本、指をっ込まれる。歯の間を割って、舌を指で上下にはさまれた。


「ちょ……」

まないでね」


 わせない口調だった。逆の手で、俺の首筋やこつをくすぐってくる。笑わせる手つきじゃなくて、そういう気分にさせるさわり方だ。

 しかも、俺をがさないように、こし付近に片足が巻き付いている。うなじや首筋に舌がうと、うひゃっ、とけな声が自然にれてしまう。


「こんなのでも反応しちゃうんだ? でも、まだまだだよ?」


 熱っぽいいきと共に耳元でささやかれる間、舌ははさんでいる指でぐにぐにされている。

 空いている手で色々な場所の反応を確かめられながら、かたや首を甘くまれた。できれば、反応したくない。安いプライドなのはわかっているけど、俺にも男の意地がある。


「いいよ。がんばってみて」


 こつのくぼみをでていた指が胸の方へすべっていく。ちゆう、つま先ではだをくすぐられて、また声が出そうになった。なんとかえていたら、かたにがぶりと歯を立てられる。これには、さすがに反応してしまった。


「ふふっ。おもしろ」


 がじがじ、と歯を立ててくるが、痛みを感じるほどではない。強くしてきたあとは、必ず舌やくちびるやさしくげきされる。不覚にもあんしていると、今度は吸い付いて別のかんしよくをぶち込んでくる。ぞくりとした感覚にぶるいした。そして、めたり、んだりをしつこくかえしてくる。あめむちだ。何度かされるうちに、痛いのも気持ちよくなってしまう。身体からだあせばんでいるのが、自分でもわかった。あせりやきんちようではなくて、快楽のせいだ。人間、甘さが約束されているのがわかると、まれたときも期待するようになるらしい。少し、こわい。


「ここもさわってあげるね。されたことあるかな?」


 たまらなくなって息をあらくしていると、きりはらは耳をめてきた。条件反射でげようとすると、こしに回っている足の力が強くなる。

 穴の中に、舌先をっ込んで、耳を口にふくみ、思い切り吸い上げてくる。