第一章 いきなりお家デート ⑤

 だが、先生みたいな美人にも人並みのなやみがある。

 そんな当たり前の事実に気づき、あこがれの存在が少しだけ身近に感じられるようになった。


「せめて食欲くらいは思う存分満たしてください」


 なべからカレールーをよそい、たっぷりとご飯にかける。

 お皿のふちにたれてしまったカレールーをれいな布でり、おぼんに乗せた。


「どうぞ、先生のカレーです。サラダとスープもテーブルに運んでもらえますか?」

「わぉ、しそう。付け合わせまでバッチリだ」


 夕飯一式を乗せたおぼんを任せされて、テンションが上がっていた。

 俺も自分のカレーを盛りつけて、テーブルに持っていく。


「準備ありがとう。にしきくん」


 そう礼を述べる先生はクッションの上に座りこんでいた。


「…………」


 その光景をまじまじとながめてしまう。

 てんじよう先生のような美人が俺の部屋で食事をするなんて、あまりにも非日常的すぎた。


にしきくん、どうしたの? 早く座れば」


 呼びかけられて、俺も座った。


「お待たせしました。どうぞがってください」

「では、いただきます」


 先生は手を合わせてから、ぎようよく料理に手をつける。

 俺は先生の反応が気になって、その様子を思わず見つめてしまう。

 きんちよういつしゆんだ。


「……にしきくん」

「なんでしょう?」

「見すぎ」

「え?」

「あんまり見られると食べづらい」

「す、すみません。自分の料理を家族以外に食べてもらう経験ってあまりないので」

だいじよう。君の料理のうではこのていねいな盛りつけ方を見ればわかるよ」


 たいばんを押すようにニコリとみをかべる。

 そして、先生は最初の一口をほおる。


「────あ」


 小さな声をらし、彼女は目を見開く。

 彼女のくちびるいつしゆん、かすかにへの字にゆがんだ。

 小さくあごを動かしながら、じっくりとたんのうするように味わっていく。

 はじめての食べ物を口にしたあかぼうみたいな反応に似ていた。

 ゆっくりと飲みこむとスプーンを持ったまま動かず、お皿のカレーを見つめたまま固まってしまった。

 なぞきんぱくかんに俺も動けない。

 先生のこの反応は一体なんなんだ?

 かったのか? 食材に火が通ってなかったとか? いや、カレーは何度も作ってきたからちがえるはずもない。あるいははんちゆうからのカレールーが先生にはからすぎたのか。だが麦茶のコップに手をばすようなりもない。


「あの、お口に合わないならしていいですよ。洗面所はあっちです」


 万が一のことがあってもいいように麦茶のコップとティッシュの箱を両方差し出そうとした時、先生がようやく口を開く。


「めっちゃしいよ。にしきくん天才! これならいくらでも食べちゃう!」


 はじけるがおで俺をめたたえるようにかたたたいてきた。


「味わいすぎでしょう」と俺は胸をろす。


「一口目の感動をしっかりたんのうしたかったのよ」


 そのままじようげんでパクパクとカレーをほおる姿は、作った側としてもうれしいものだ。


「口に合ってよかったです」


 気に入ってもらえて、俺もようやく自分のカレーに手をつける。


「毎日食べたい家庭の味すぎる。にしきくんの奥さんになる人は幸せだねぇ」


 テンションの上がっている先生は調子に乗って、そんなことを言う。


「先生なら毎日でも食べられるじゃないですか」

「おいおい、アタシを口説いているつもりかい?」


 大人のお姉さんはからかうように片目をつぶる。


「単にご近所だから食べようと思えばいつでもれるって意味ですよ。てんじよう先生を口説くなんておそおおい」


 俺は誤解されないように補足した。


「アハハ、じようだんだよ。こんな年上、興味もないでしょう」


 ありえないとばかりに笑い飛ばしながら先生はカレーを食べ続ける。


「別にそんなことはないですけど」

「へ?」

てんじよう先生のこと、俺の好みにド真ん中でストライクです。好きですし、付き合えるものなら喜んで付き合いますよ」


 思い切って、つつかくさず打ち明けた。


「な、なにを真顔で口走っているのよ!?」


 先生はおどろきをとおしておののいていた。


「下手に好意をかくそうとしてきよどうしんになるより、最初から意識しているって伝えた方が誤解も少ないでしょう」


 れんあいきができるほどの経験はない。

 こわいけど、せめてかんちがいをされないように正直でいようと決めた。


「ありがとう。アタシも教え子として君のことは好きよ」

「俺たち、どうやらりようおもいみたいですね」

「はいはい」

「別に異性として好きになってもいいですから」

「ありえないってば」

「気持ちが変わる日を待ってます」

「積極的か!?」

うそではないですから」

「……アタシもにしきくんの味つけが好きなのもほんとうだよ。お世辞じゃないから」


 先生のフォローがなんだかおかしかった。


「今はそれで満足しておきます」

「グイグイ来るなぁ」

「俺は忘れ物をわざわざ届けて、食事にさそうような男ですよ。まんまとおうちデートに持ちこまれましたね」

「わぁーそれだけ聞くとすっごく遊び人っぽい」


 俺の開き直りに、先生はツボにハマっていた。


「なので、先生もどうぞえんりよなくカレーをお代わりしてください」

「いいの? じゃあ甘えちゃおう」


 お皿に残っていたカレーをさっと平らげる。


「おかわりの量はどうします?」

「ごはんはふつう盛り、ルーはちょっと多めでお願い」


 今度はなおに希望を伝えてくれた。

 そうやってじやにおねだりする顔もかわいかった。