プロローグ 無能者のモノローグ ①

 天を頂くその才を総じて、人は天才とあがたてまつる。

 一番が天才。

 二番以下は、みなぼんさい

 そして最底辺のこそ、俺の立ち位置だ。


 この地球の六十億のぼんさいたちが、俺と彼女の間にふさがっていた。


 どんなに見上げても。

 どんなに目をらしても。

 どんなに手をばしても。

 絶対に見えないし、届かない存在だった。


 ていせい。……そのはずだった。



せいけんえん



 だれしもせいけんが宿る現代において、最も人々をねつきようさせるせいけんスポーツ競技。


 スポーツマンシップにのつとり。

 たがいを傷つけず。

 きらびやかな異能のけんで観衆をりようする。


 めいを求め。

 富を求め。

 あるいは、ただ強者とのたたかいを求めて。

 せいけんたちは、天を頂く道の果てを目指す。


 しかし道は、6年前に閉ざされた。

 あつとうてきな才能をもつて、その頂きにすることになってから。


 ラディアータ・ウィッシュ。


 へいおん時代の、最強のせいけん


 世界中のおくに残る一番古い彼女の姿は、今と変わらず美しい。

 そして楽しそうだった。


 楽しそうにけんるうのが、変わらぬ彼女のアイコンだった。

 モニターの向こうでゆうに……そして楽しそうに大人たちをたおすのがラディアータだった。


 しかし、俺にとってはちがった。


 ──あれはまだ、俺が小学生のころ


 ──ラディアータは、ハイスクールのころだった。


 その年、日本はいていた。

 せいけんえんにおける、世界最大の国際大会が福岡でかいさいされた。


 世界グランプリ・決勝トーナメント最終戦フアイナル

 名実ともに、世界最強のせいけんを決するための戦い。


 世界グランプリのしや

 けんせい一位〝シリウス〟──おうどうらく


 ジュニアリーグのえいけつ

 けんせい二十一位〝レグルス〟──ラディアータ・ウィッシュ。


 おうどうらくが世界グランプリ二れんけ、若きしゆんえいラディアータをむかつ。

 国内だけでなく、海外からも多数のファンがおとずれる大会だった。


 そこに俺もいた。

 俺の誕生日のために、両親がものぐるいでチケットを取ってくれたのだ。


 福岡に建設された国際スタジアムは、大勢の観客でにぎわっていた。

 大型ディスプレイには、決勝トーナメントのリプレイが次々に流れている。

 ディスプレイを見上げながら、幼い俺は両親に手を引かれて構内に入っていった。


(ここに本物のラディアータがいる……っ)


 その事実に、俺はがっていた。


 その時期、ラディアータは世界の注目の的だった。

 せいけんえんジュニアリーグをせいした若き天才は、シニアデビューを皮切りに次々とタイトルをだつしゆ

 史上最速のスピードで、頂きへの道を切り開こうとしていた。


 この試合に勝てば、名実ともに世界一のせいけんとなる。

 歴史的なしゆんかんを期待するファンたちの興奮で、スタジアムはくらくらするような熱気に包まれていた。


 俺も同じように、試合を前に興奮していた。


 ……そして興奮しすぎて、迷子になった。


 グッズはんばい会にかれて、いつの間にか両親の手をはなしていた。

 俺は人波に流されて知らない場所に放り出されていた。


 完全にパニックになった俺は、両親を探してやみくもに歩き回った。

 広いスタジアムはきよだいめいのようで、どこをどう行けばいいのかわからない。

 流れ流れて、ひとのないところにまよい込んでしまった。


(なんでこんなに静かなんだろう)


 かんせいが遠い。

 すでに試合は始まっていた。

 ああ、なんで。

 せっかくの誕生日なのに。

 せっかくのラディアータが世界一になる試合なのに。

 細い通路を歩きながら、俺はほうに暮れていた。



(ラディアータの試合が見られない……)




(お父さん、どこ行ったの……?)




(ラディアータの試合はどこでやってるんだろう……)




(お母さん、僕を見つけてよ……)




(ラディアータの試合、終わっちゃう……)



 できるだけかんせいが近いほうへ。

 それだけを考えながら、俺は入り組んだ通路を行く。

 やがて通路の先に、まぶしい光が見えた。


(外だ!)


 俺はその通路を行こうとして──はたと立ち止まった。


 本物のラディアータがいたのだ。


 そこは選手たちが入場するためのゲートだった。

 俺は関係者用のエリアにまよい込んでいたらしい。


 とつぜん、本物のラディアータと出会ってしまった。

 そのことに俺はおどろいた……のもつか、すぐに異変に気付く。


 ラディアータがぼろぼろ泣きながら、ゲートを逆走していた。

 いつもいつしよにいるコーチの女性が、止めようとして引きずられている。



『ラディ! 試合中よ! 競技場にもどりなさい!』

いやだ! 私は故郷に帰る! あんなの勝てるわけない! 何が同じけんせいだからだいじようよ、だ! あんなの化け物じゃないか! つうの人間は、で鉄板を曲げたりしないんだよ!』

『キッズみたいなわがままを言ってるんじゃないの! ファンになんて説明するつもりなの!? スポンサーもみんな来てるのよ!?』

『それはあんたの都合だろ!? そもそも、私はこんな場所に来たくなかった! ただ故郷で楽しく競技をやれればよかったんだ!』

『ふざけないでちようだい! あなたがもっとげき的な戦いがしたいと言うから、ここまで連れてきたのよ! 天才だって甘やかしてたら、こんなたんで心が折れちゃうなんて……』

『あんたの理想の天才じゃなくて悪かったな! もうこんなのまっぴらだ! 今日限り、プロなんてめて──』



 激しい言い合いに、俺はぼうぜんくしていた。

 その言葉は、俺の知らない国の言葉だった。

 ただ、何か大変なことがあったのだと幼心に察した。

 まさかおうどうらくにビビって大げんしているとは思うまい。


(このままじゃ、ラディアータが……)


 ラディアータのほおを伝うなみだは、いよいよとめどない。

 そのなみだを止めたいと思ったとき、幼い俺は自然と彼女に歩み寄ろうとしていた。


「ラディアータ……」


 二人が気づいた。

 ものすごくの悪そうな顔をすると、あわててコーチの女性がってくる。

 その人はていねいな日本語で話しかけてくれた。


「こんなところでどうしたの? ご両親は?」

「ねえ、ラディアータはどうしたの?」

「いいえ。きみは知らなくていいわ。それよりご両親のところへ……」


 ラディアータはスターだ。

 こんな場面をファンに見られるわけにはいかないのだろう。

 コーチの女性は俺をはなすべく、通路の奥へと声をかけた。

 スタッフたちがあわてて走ってくる。

 俺をつかまえて引っ張って行こうとした。


(ラディアータ……ラディアータが……っ!)


 なぜラディアータが泣いていたのかなんて、俺にわかるはずもない。

 ただあこがれの人のピンチに、どうにかしたいという気持ちだけがはやっていた。


「ラディアータ!!」


 俺はさけんでいた。

 なんか言わなきゃ、と思った。


「ラディアータは勝てるよ!!」


 どうしてそんなことを言ったのかは覚えていない。

 とにかく思いついた言葉をさけんでいた。