プロローグ 無能者のモノローグ ②

「僕も大きくなったら、ラディアータみたいなせいけんになりたい! 世界で一番強くてカッコイイせいけんだ! !」


 ……という、おうえんなのか宣戦布告なのかよくわからないことを連呼していた。


 ラディアータは、ぽかんとした顔で俺を見ていた。


 もちろんスタッフが、それで止まってくれるはずもなく。

 ズルズルと引きずられていき、ラディアータが遠ざかっていく。

 おそらく俺は『ラディアータと出会えた』という人生で一番の幸運を、そんな感じで使い切ってしまった。

 ……そんな風に、笑い話の一つになるはずだったのだ。



『……子どもっていうのはすごいね。本当にこわいもの知らずだ』



 ラディアータがしそうに笑っていた。

 コーチの女性が、不思議そうに声をかける。


『ラディ? どうしたの?』

『ああ、いや。その子を放して』


 ものが落ちたような晴れ晴れとした顔で、なぜか俺のほうへと歩いてくる。

 スタッフたちはおどろいた様子で、俺を解放した。

 ラディアータは俺の前に立つと、あごを指でき上げる。

 そして寒々しいほどの美しい顔で問うた。


『私に勝つの? きみが?』

「…………」


 俺は完全に固まっていた。

 その美しい顔を、直立不動で、じっと見つめる。

 あごにあるラディアータの指のかんしよくだけがリアルだった。


『その小さな手で、私をつかまえられる?』

「……っ!」


 俺は必死に、首をブンブンと縦にる。

 何を言われているのかなんて関係なかった。

 ただ俺に話しかけているという事実だけで十分だった。


『……じゃあ、私はここでめるわけにはいかないね』


 ラディアータが俺の手をにぎった。

 彼女の手は最終戦フアイナルの戦いでよごれ、傷ついている。

 手のひらのきずから、彼女の血がうすく俺の手についていた。

 それはまるで、しようがい消えないけいやくのように──。


『いいよ。今日から私たちは好敵手ライバルだ。きみが大きくなったら、


 ラディアータは、俺の知らない国の言葉で確かにこう言った。



 おんを模したイヤリングを外すと、それを口にくわえて俺を指さす。



『それまで、私はで待ってる。──〝Let'sきみの your輝きの Luxままに〟』



 俺のあこがれたせいけんは、通路の先のまばゆい世界へと歩み出て行った。

 その背中はとてもとしごろの女の子には見えなくて……俺はだいにその言葉の意味に胸を熱くした。


 ラディアータは宣言通り、歴史的な逆転劇により最強の座をうばった。

 そして史上最年少で頂きへとすることになったのだ。


 ──それが6年前のことだ。

 俺は約束通り、強いせいけんになるために訓練に明け暮れた。


 しかし約束が果たされることはなかった。


 俺はついぞ、宿

 そしてラディアータは──今年、のために引退した。


 約束は果たされずとも、まだ物語には続きがある。


 これは世界でただ一人、せいけんが宿らなかった俺の物語。

 そして届かぬはずの彼女とつむぐ物語。