Ⅰ 阿頼耶識 ①

 すずやかな秋の早朝だった。

 まだ空は暗い。

 九州のド田舎いなかに、小さな町道場があった。

 ようやく町が起き始めたころにもかかわらず、パシンパシンと竹刀しないかろやかな音がひびわたっている。

 竹刀しないを打ち合うのは、一組の少年少女。

 男子のほうが、やや優勢。

 しかし力量はきつこうしているようで、一本が決まらずに10分以上もやり合っている。

 長丁場に決着をつけたのは、少年の竹刀しないであった。

 れいな横ぎで打ち込まれた竹刀しないが、少女のどうとらえた。

 たがいに防具をいで、すぐに水のペットボトルを思いっきりかたむける。

 ぷはあっと息をついて、少女──おとがにこっと笑った。


しき兄さん。絶好調だね」

「ああ。動きは悪くない」


 たんたんとした口調で答えるのはしき

 中学三年生。

 今年、受験をひかえたである。


しき兄さん、朝ご飯どうする?」

「駅のコンビニで適当に買う」


 今日はこれから遠出をする。

 朝一の電車に乗って、とある高校の受験に向かうのだ。

 本来なら道場で打ち合っている場合ではないのだが、これは彼なりのルーティンだからスルーするわけにはいかなかった。


「ん?」


 おとが時計を見て首をかしげた。


「あ、やば! すぐ準備して出なきゃ!」

あせかいたから、に入ってくる」

「そんなひまないよしき兄さん! お好きもたいがいにしなきゃ!」


 しっかりもの気質のおさなじみに背中を押されて、しきは急いでたくを整えた。鞄を持って道場を出る。

 おとの両親の車で、駅まで送ってもらう。

 ホームに向かう前に、おとかたたたいてきた。


しき兄さん。がんってね!」


 しかししきの返事はしぶかった。


「俺にとっては記念受験だ。それに……」


 きつを改札に通して、ホームへと歩み出る。


には、もう意味ないし」

「…………」


 しきの背中を、おとは少しさびしそうに見つめていた。





 入試会場まで、特急で2時間ほどだ。

 窓の外では、なだらかな田舎いなかの景色が続いている。

 その間、しきはスマホで動画を見て過ごしていた。

 それは、世界で最も再生された動画だった。


 せいけんえん

 世界グランプリ・決勝トーナメント最終戦フアイナル


 常勝の王者。

 けんせい一位〝シリウス〟──ラディアータ・ウィッシュ。


 ふるえいゆう

 けんせい五位〝ベガ〟──おうどうらく


 立場こそ逆転しているが、しくも6年前と同じマッチアップ。

 世界中のせいけんたちのトップたる『剣星二十一輝オールブライト』。

 彼らが頂きの座をけて火花を散らす、3年に一度の世界大会。

 その最終戦フアイナルの公式配信であった。


 競技ステージが燃えていた。

 いや、ステージという表現がふさわしいのかはわからない。

 その競技ステージには、とある戦場の市街地が再現されていた。

 割れた道路があり、とうかいしたビルがあり、根元からぽっきり折れた街路樹もある。ひしゃげた自動車なんかも転がっている。

 コンクリートのすきやビルの割れた窓から、赤々としたえんのぼっていた。

 そのえんの中を、一人の大男が暴れ回っていた。

 おうどうらく

 2メートル以上のきよに、りゆうりゆうとした筋肉が備わっている。その浅黒いはだには無数のきずあとが刻まれ、特にくちびるからあごにかけての古傷が痛々しかった。

 しかしその歴戦のゆう姿より目立つのは、彼がりよううでく真っ赤なだいけんだった。

 せいけんれつ〟。

 日本で最強の『けんせい』であるおうどうらくほこえんげきだいけん

 ごくごうごとく燃える周囲のえんは、このせいけんによって放たれたものである。

 せまおうどうらくこうげきの度に、ステージに火柱が立つ。

 テレビちゆうけいのアナウンサーが「3大会ぶりの『だいほうけん』のだつかんかっている」と興奮気味に説明している。

 そうけんに国のしんを背負うおうどうらく

 しかしそんな彼の燃えるようなプライドすらも、すずしく存在がいた。


 ラディアータ・ウィッシュ。


 北米出身。よわい21。

 すらりとしたシルエットの立ち姿だ。

 神秘的なほど真っ白いはだあざやかなすい色のひとみあわく色づくくちびる

 耳たぶに、おんを模したイヤリングがあった。

 ラディアータがれきの上をぶたびに、そのイヤリングがれる。


おうどう。そんなちからわざじゃ、私には勝てないよ」


 ラディアータは独り言ちると、右手を高くげた。

 にぎられているのは小ぶりなである。

 同時にラディアータの周囲を、たけほどの八つのだいけんせんかいした。

 それぞれがおんのような形状を模したけん

 ラディアータがるのに合わせて、軍隊のごととうそつでピタリと止まる。


「調律、かんりよう。──おうどう。これが最後だ」


 すい色のひとみに、ギラリとしたかがやきが宿った。

 を真上に構え、一気に正面へとり下ろす。


「共に歌おう。──〝おぼれるせつの愛〟」


 八つのけんう。

 横。ななめ。縦。それぞれが空中で大きくえがきながら、おうどうらくねらいを定める。

 ラディアータ本人も走り出した。

 ビルのざんがいを器用にりながら、しつぷうともいうべき速度でおうどうらくへ迫る。


「チッ……!」


 おうどうらくは舌打ちすると、だいけんを地面にてる。

 周囲に4本のきよだいな火柱が立つ。

 赤色のかべまがすきのないぼうぎよわざ

 ラディアータは近づけまい。

 観客席のサポーターたちが、さらに大きなかんせいを上げる。

 その火柱の中で、おうどうらくが秘技を準備していた。

 ややめに時間がかかるが、放てばいちげき必殺のりよくを持つ。

 だいけんを構え、えんまとわせた。


「〝天才〟よ。これで終わりだ!」


 周囲の熱がぐんぐんと上がっていき、やがてかげろうがその姿をゆがめたとき──。


「──そんなすきだらけのけんじゃあ、私はとろけないよ」


 ふと声がした方向に、おうどうらくは絶句した。

 彼の背後に、いつの間にかラディアータが立っていた。


「な、なぜ。けんはすべてとしたはず……」

「……それもわからない人とは、おどる気にはなれないね」


 ラディアータの持つ黒いが、白銀のかがやきをまとっていた。

 仕込み刀。