Ⅰ 阿頼耶識 ②

 さやからはなち、細い針のようなとうけんが姿を現していた。

 おうどうらくはこれまで、いくとなく若き新星ラディアータに立ちはだかってきた。

 だが、この仕込み刀を見たのは初めてのことだった。

 その仕込み刀をげたと同時。

 おうどうらくの胸にある赤い結晶クリスタルくだけた。

 ドームの大型ディスプレイに、ラディアータのアイコンが表示される。

 いつしゆんせいじやくの後──。

 ファンのかんせいで、いんせきでも落ちたかのようにドームがれた。

 テレビちゆうけいのアナウンサーが「ラディアータ・ウィッシュが最終点をかくとく。試合時間、1時間28分30秒。自身の持つ最速記録をこうしんし──」と言ったところで、ドームに試合しゆうりようのブザーがひびいた。


 ラディアータ・ウィッシュ。

 せいけんえん、世界グランプリのデビューから2大会連続──いや、このしゆんかんもつて3大会連続で優勝をかくとくし、『だいほうけん』の守護者とまで言わしめるぼうの天才。

 このへいおん時代、ちがいなく最強のせいけん

 これからも彼女の伝説は続くものと、だれもが思っていた。


 ……この世界グランプリの一週間後。

 りよの事故により、ラディアータの引退が発表されるまでは──。





 別府駅で降り、観光案内板を見上げていた。


「おおっ……」


 町の地図に、所せましと並ぶ温泉マークの数々。

 しきは目をかがやかせていた。

 この男、大の温泉好きである。

 せっかく温泉街にきたのだし、少しくらい遊んで帰りたかった。


(入学試験が終わって、時間あるかな……)


 日帰りではあるが、ちょっと事情があって門限を考えなくていい。

 最悪、終電に乗れればオーケーだ。

 そう思いながら、入学試験の予定表を開いた。


(入試会場は、バスで30分か……イケそうだな……)


 予定表を閉じると、バス停へと向かった。

 指定された直通バスは、ぎゅうぎゅうめで息苦しい。

 これに乗る学生たちの制服はバラバラだった。

 自分と同じ目的なのだろう。

 しきまどぎわで苦しい思いをしながら、外の景色をながめた。

 町中から、温泉の白い湯気が上がっている。

 かすかに開いた窓から、おうの香りがしていた。

 大分県・別府。

 温泉の町として長い歴史を持つ。

 しかし今は、もう一つ町おこしにこうけんするものがあった。


「あっ」


 受験生の一人が声を上げた。

 それを合図に、受験生たちは一斉に同じ方向を見る。

 別府の山々を切り開いて建設された、きよだいな建築物が見下ろしていた。



せいけん学園第三高等学校』



 縮めてせいさん。入試倍率107倍。

 そりゃせいさんなところだねーというお寒いジョークも何でもこいの、要はせいけんを育成する高等学校である。

 その学園前の停留所でバスがまった。

 ぞろぞろと受験生が降りていく。

 目の前で見上げると、いよいよ学園というよりはようさいであった。


(……よし。行こう)


 しきは少し気負いながら、周りを歩く受験生たちと同じように校舎へと足をれた。


 現代の日本国には、この手の教育機関が三つある。

 北海道と、長野。

 そして、この大分・別府。

 基本的に同じ国営だが、それぞれが独自の教育方針を取っているために校風はかなりちがいがあるらしい。

 そのせいさんへの入学試験は、きわめてシンプルなものだった。



せいけんえんおのれの実力を示せ』



 せいけんえんを学ぶ学園という割に、最初から強いものだけをしゆうするそく戦力至上主義なのか。

 いやいや学力試験だってありますよ、品性みたいなのも面接で重視しますよ、みたいな言い訳をされても、それらは結局のところであるというのがもっぱらのうわさである。

 かたよっているのはしょうがない。

 何せこの学園の存在意義はソレなのだから。

 まず教室ごとに説明を受けて、しき内にあるいくつもの競技用せつで試験を行う。

 体育館……というよりは、スポーツ用のドームに近い。

 観客席があるので、何かしらイベントなどでも使用されるのだろう。

 正方形のステージの上で、せいけんの能力をきそうのが実技試験になる。

 形式は、1対1の一本勝負。

 負けたから失格ということはなく、自身の『せいけん』の力をしん員の教師じんにアピールできれば合格もある。

 しきえを終えた。

 せいけんえんのために開発されたトレーニングスーツ。

 とくしゆな構造でせいけんの力を無効化するものだ。

 現代では、これのおかげでせいけんえんが興行スポーツとして成立している。

 しきも実際に着るのは初めてのことだ。

 他の受験生に交ざって、待機の列に並ぶ。

 試験が始まるのを待ちつつ、かた竹刀しないぶくろから木刀を取り出した。


(……俺にとって、だ。絶対に勝つ)



 やがてしきの順番になった。


「受験番号036。出なさい」


 番号を呼ばれ、ステージに上がる。

 そして相手は──。


「受験番号147。出なさい」


 ゆっくりとステージに上がったのは、赤髪の少年であった。

 目つきがするどく、ぼうな顔つきである。

 ややがら……しきより一回りは小さく感じた。

 その対戦相手を指してヒソヒソ話すものがいる。


「おい……」

「あいつ……」


 もしかして有名人なのだろうか。

 しきけいかいを強めながら、木刀を構えた。

 ……と、その赤髪の少年が話しかけてきた。


「よう。やる気満々じゃん」

「…………」


 しきまゆひそめながらも、無言で構えを続けた。

 赤髪の少年は「あーあー」とうつとうしそうに耳の穴をく。


「おいおい、仲良くしようぜ? もしかしたら同級生になるかもしれねえんだからよ」

「俺はそのつもりはない」

「はあ? てめえ、受かる気ねえのか?」

「…………」


 あるいは急に話しかけてきたのは、こちらを油断させるためか?

 そう考え、しききんちよう感を高める。

 赤髪の少年は「まあいいや」と笑った。

 そして再び、言葉を投げてくる。


「てめえ、ラディアータのことをどう思う?」

「……どうしてそんなことを聞く?」


 しきはさらにまゆひそめる。

 なぜここでラディアータの名前が出るのか、わからなかった。

 赤髪の少年……一見、すきだらけである。

 彼は大げさにりよううでを広げ、けいはくな笑い声をあげた。


「そりゃ、てめえが可哀かわいそうだからさ!」

「どういう意味だ?」

「オレ様と当たった以上、負けるのは決まってる。、てめえがしん員の目に留まるように手をいてやってもいいんだぜ」

「大層な自信だな……」


 その申し出には興味ないが、ラディアータの名前を出されては返事をしないわけにはいかない。


「ラディアータは尊敬してる。俺の目標

「…………」


 じようげんだった赤髪の少年が、いまいましげに舌打ちした。


「どいつもこいつも、ラディ、ラディか。あの目立ちたがり女にだまされやがって……」

「……おまえはラディアータのファンじゃないのか?」


 赤髪の少年はニッと笑った。


「バカじゃねえの? して引退したやつに敬意なんてはらえるかよ。ま、げんえきを続けてたところで、いずれはオレ様にたたつぶされてたろうけどな」

「負ける? ラディアータが?」


 赤髪の少年は高笑いを上げた。

 うでを真横にばし、まばゆい光と共にせいけんけんげんする。


 ごうしやみつまたほこである。