鞘から抜き放ち、細い針のような刀剣が姿を現していた。
王道楽土はこれまで、幾度となく若き新星ラディアータに立ちはだかってきた。
だが、この仕込み刀を見たのは初めてのことだった。
その仕込み刀を振り上げたと同時。
王道楽土の胸にある赤い結晶が砕けた。
ドームの大型ディスプレイに、ラディアータのアイコンが表示される。
一瞬の静寂の後──。
ファンの歓声で、隕石でも落ちたかのようにドームが揺れた。
テレビ中継のアナウンサーが「ラディアータ・ウィッシュが最終点を獲得。試合時間、1時間28分30秒。自身の持つ最速記録を更新し──」と言ったところで、ドームに試合終了のブザーが鳴り響いた。
ラディアータ・ウィッシュ。
聖剣演武、世界グランプリのデビューから2大会連続──いや、この瞬間を以て3大会連続で優勝を獲得し、『大宝剣』の守護者とまで言わしめる美貌の天才。
この平穏時代、間違いなく最強の聖剣士。
これからも彼女の伝説は続くものと、誰もが思っていた。
……この世界グランプリの一週間後。
不慮の事故により、ラディアータの引退が発表されるまでは──。
別府駅で降り、観光案内板を見上げていた。
「おおっ……」
町の地図に、所せましと並ぶ温泉マークの数々。
識は目を輝かせていた。
この男、大の温泉好きである。
せっかく温泉街にきたのだし、少しくらい遊んで帰りたかった。
(入学試験が終わって、時間あるかな……)
日帰りではあるが、ちょっと事情があって門限を考えなくていい。
最悪、終電に乗れればオーケーだ。
そう思いながら、入学試験の予定表を開いた。
(入試会場は、バスで30分か……イケそうだな……)
予定表を閉じると、バス停へと向かった。
指定された直通バスは、ぎゅうぎゅう詰めで息苦しい。
これに乗る学生たちの制服はバラバラだった。
自分と同じ目的なのだろう。
識は窓際で苦しい思いをしながら、外の景色を眺めた。
町中から、温泉の白い湯気が上がっている。
かすかに開いた窓から、硫黄の香りがしていた。
大分県・別府。
温泉の町として長い歴史を持つ。
しかし今は、もう一つ町興しに貢献するものがあった。
「あっ」
受験生の一人が声を上げた。
それを合図に、受験生たちは一斉に同じ方向を見る。
別府の山々を切り開いて建設された、巨大な建築物が見下ろしていた。
『聖剣学園第三高等学校』
縮めて聖三。入試倍率107倍。
そりゃ凄惨なところだねーというお寒いジョークも何でもこいの、要は聖剣士を育成する高等学校である。
その学園前の停留所でバスが停まった。
ぞろぞろと受験生が降りていく。
目の前で見上げると、いよいよ学園というよりは要塞であった。
(……よし。行こう)
識は少し気負いながら、周りを歩く受験生たちと同じように校舎へと足を踏み入れた。
現代の日本国には、この手の教育機関が三つある。
北海道と、長野。
そして、この大分・別府。
基本的に同じ国営だが、それぞれが独自の教育方針を取っているために校風はかなり違いがあるらしい。
その聖三への入学試験は、極めてシンプルなものだった。
『聖剣演武で己の実力を示せ』
聖剣演武を学ぶ学園という割に、最初から強いものだけを募集する即戦力至上主義なのか。
いやいや学力試験だってありますよ、品性みたいなのも面接で重視しますよ、みたいな言い訳をされても、それらは結局のところ飾りであるというのがもっぱらの噂である。
偏っているのはしょうがない。
何せこの学園の存在意義はソレなのだから。
まず教室ごとに説明を受けて、敷地内にあるいくつもの競技用施設で試験を行う。
体育館……というよりは、スポーツ用のドームに近い。
観客席があるので、何かしらイベントなどでも使用されるのだろう。
正方形のステージの上で、聖剣の能力を競うのが実技試験になる。
形式は、1対1の一本勝負。
負けたから失格ということはなく、自身の『聖剣』の力を審査員の教師陣にアピールできれば合格もある。
識は着替えを終えた。
聖剣演武のために開発されたトレーニングスーツ。
特殊な構造で聖剣の力を無効化するものだ。
現代では、これのおかげで聖剣演武が興行スポーツとして成立している。
識も実際に着るのは初めてのことだ。
他の受験生に交ざって、待機の列に並ぶ。
試験が始まるのを待ちつつ、肩の竹刀袋から木刀を取り出した。
(……俺にとって、最初で最後の聖剣演武だ。絶対に勝つ)
やがて識の順番になった。
「受験番号036。出なさい」
番号を呼ばれ、ステージに上がる。
そして相手は──。
「受験番号147。出なさい」
ゆっくりとステージに上がったのは、赤髪の少年であった。
目つきが鋭く、粗暴な顔つきである。
やや小柄……識より一回りは小さく感じた。
その対戦相手を指してヒソヒソ話すものがいる。
「おい……」
「あいつ……」
もしかして有名人なのだろうか。
識は警戒を強めながら、木刀を構えた。
……と、その赤髪の少年が話しかけてきた。
「よう。やる気満々じゃん」
「…………」
識は眉を顰めながらも、無言で構えを続けた。
赤髪の少年は「あーあー」と鬱陶しそうに耳の穴を搔く。
「おいおい、仲良くしようぜ? もしかしたら同級生になるかもしれねえんだからよ」
「俺はそのつもりはない」
「はあ? てめえ、受かる気ねえのか?」
「…………」
あるいは急に話しかけてきたのは、こちらを油断させるためか?
そう考え、識は緊張感を高める。
赤髪の少年は「まあいいや」と笑った。
そして再び、言葉を投げてくる。
「てめえ、ラディアータのことをどう思う?」
「……どうしてそんなことを聞く?」
識はさらに眉を顰める。
なぜここでラディアータの名前が出るのか、わからなかった。
赤髪の少年……一見、隙だらけである。
彼は大げさに両腕を広げ、軽薄な笑い声をあげた。
「そりゃ、てめえが可哀想だからさ!」
「どういう意味だ?」
「オレ様と当たった以上、負けるのは決まってる。もし同志なら、てめえが審査員の目に留まるように手を抜いてやってもいいんだぜ」
「大層な自信だな……」
その申し出には興味ないが、ラディアータの名前を出されては返事をしないわけにはいかない。
「ラディアータは尊敬してる。俺の目標だった」
「…………」
上機嫌だった赤髪の少年が、忌々しげに舌打ちした。
「どいつもこいつも、ラディ、ラディか。あの目立ちたがり女に騙されやがって……」
「……おまえはラディアータのファンじゃないのか?」
赤髪の少年はニッと笑った。
「バカじゃねえの? 怪我して引退したやつに敬意なんて払えるかよ。ま、現役を続けてたところで、いずれはオレ様に叩き潰されてたろうけどな」
「負ける? ラディアータが?」
赤髪の少年は高笑いを上げた。
腕を真横に伸ばし、まばゆい光と共に聖剣が顕現する。
豪奢な三叉の鉾である。