Ⅰ 阿頼耶識 ③

 まるで彼自身の性格を反映したかのようにそんな見た目であった。

 べろんと舌を出して、しきちようはつする。


「実はってのもうそで、オレ様にぶったられるのがこわくてげだしたんじゃねえか?」

「……っ!」


 しきしつそうした。

 いつしゆんきよめる姿は、まさに風のようだ。

 最後に目に映ったのは、ぎょっと目を丸くする赤髪の少年である。


 その腹に、木刀のいちげきたたき込んだ。


 ──シンと試験会場が静まっていた。

 いつしゆんのやり取りに、会場中が言葉を失っている。


「うえ……っ」


 赤髪の少年はうずくまると、ゲホゲホとき込みながらもだえていた。

 やがてよだれを垂らしながら、じゆのようにしきえる。


「くそが、くそが、くそが! どうせオレ様には勝てねえくせに、マジでやってんじゃねえよ! 暑苦しいな!」

「……ていせいしろ」


 しきは再び木刀を構える。


「ああ? 何を?」

「ラディアータは最強のせいけんだ。だれにも負けない」


 赤髪の少年がちようしようかべる。

 そして真っ赤な長い舌を、べぇーっと出した。


「ヤだね」


 しきが再び、そのいちげきうためにとつかんした。

 美しいせきえがく木刀は、そのかたえるはずだった。

 しかしせつ──赤髪の少年がニマァッと笑う。


「──〝ケラウノス・スフィア〟!!」


 ほこの切っ先が、パチッと電気をはじいた。

 そのしゆんかんするどらいげきが天球のように周囲をおおくす。


「……っ!?」


 いかにしきばやいといえど、でんのスピードに対処できるはずもない。

 らいげきあみにかかると、全身を針ですような激痛が走る。

 スーツの左胸にめ込まれた結晶クリスタルくだった。


「~~~~っ!」


 しきは、その場にひざをつく。

 スーツの効力でせいけんでのこうげきは人体に無効化される。とはいえ、それなりに痛かった。頭をかかえてもだえていると、赤髪の少年が見下ろす。

 耳の穴をきながら、へっと鼻で笑った。


「あーあー。ほらな、暑苦しいやつほど、たおされザマはキメェもんだ」

「……ていせいを」


 その言葉に、赤髪の少年がイラッとした様子で、ほこつか先で地面をたたいた。

 再びらいげきが走ると、しき身体からだたたきのめす。


「バカじゃねえの。たとえラディがしてなくとも、この天球にっ込んでおしまいだっての。あんなスピードしかねえやつ、オレ様の敵じゃねえ」


 そう言って、さらにいちげきった。

 それをもろにらい、しきが木刀を取り落とす。


「あいつの幸運は、オレより先に生まれたことだ。ま、オレが引導をわたしてやる前にしてげやがったけどな」

「…………」


 しきは歯を食いしばった。

 ふるえる身体からだして、ゆっくりと起き上がる。


「あのな。暑苦しいのもいい加減にしろよ」


 赤髪の少年は、うんざりしたように言った。


。おまえのその木刀は違うんだろ?」

「…………」


 かたんで見守っていた受験生たちがざわつく。

 せいけんではない?

 これはせいけんしんする実技試験のはずだ。


こんきよはあるぜ。からな」


 赤髪の少年が、自身のスーツの胸部にめ込まれた結晶クリスタルたたく。

 これはとくしゆな鉱物で、せいけんによるこうげきせつしよくするとかいされる仕組みとなっている。

 しきが木刀を打ち込んだはずだが、わずかも欠けていない。

 それがせいけんであれば、どんなさいしようげきでもくだけるにもかかわらず、だ。


「おら、さっさと出せよ。せいけんもなくこっちのこうげきを受けたってことは、なんか意図があんだろ? そのざかしい考えごとぶったってやる」

「…………」


 これ見よがしにみつまたほこらしてちようはつする。

 絶対の自信。

 おのれに宿ったせいけんへのしんらい

 たとえどのようなせいけんが相手になろうとも、負けることはないといううぬれ。

 多少、高飛車なところはあるが、その思考はとうだった。


 赤髪の少年──名をてんがいりん


 このへいおん時代のせいけん使いとしては、かなりめぐまれた資質を持つ。

 みつまたほこを起点に、周囲に天球形のらいげきを放つせいけん〝ケラウノス・スフィア〟。

 こうぼう一体。

 見た目も派手。

 本人の性格ビツグマウスも相まって、せいけんえんとしては非常に人材といえる。

 すでにプロ予備軍として、いく人ものスカウトが目を付けているいつざい

 そんなりんちようはつに対して、しき

 動かなかった。

 いや、動けない。

 らいげきえいきよう……ではない。

 相手を行動不能にするほどの出力は出ていない。

 こうげきを放ったりんがよくわかっている。

 それでも動かないしきの様子に、りんまゆひそめる。


「てめえ、もしかして……」


 そのに行きつくと、ブツブツと独り言を垂れ流していた。


「いや、そんなことが……あり得ねえだろ。オレらが生まれる前の時代ならいざ知らず……だが」


 そしてしきをじろりとにらんだ。


「てめえ、のか?」


 その言葉を聞くと、周囲にざわっとけんそうが広がった。

 しん員の教師ですら、その言葉にがくぜんとしている。

 せいけんの宿らない人間など存在しない。

 ゆえにこの学園の願書にも、『せいけん』などというこうもくは存在しない。

 じゆう社会ならぬされるほどに、この時代はせいけんというものが当たり前だった。

 それでもりんは、自分の推測に確信のようなものをいだいていた。

 たぐいまれな才能を持った人間特有のかん、のようなものである。

 なによりりん、自分の直感をちがえたことなど、学力テスト以外にはないのがまんだった。


「いや、それ以外に理由はねえだろ。ここはだぞ? せいけんを出すつもりのねえやつが受ける場所じゃねえ。んじゃなくて、んだ」

「…………」


 しきは、何も言えない。

 それを否定する材料を持ち合わせていない。

 そのてきは、ぴたりと正しかった。

 先祖返り。

 しきは、まだせいけんがなかった時代の人間の性質を持つ。

 本来は10才までに宿るはずのせいけんが、14才のいまなお宿らない。

 その予兆もない。

 本来、せいけん学園を受験できるような立場にはない。

 合格などもつてのほか

 そもそもせいけんえんひつこうたる『結晶クリスタルくだく』ことができないのだから。


 ゆえに