まるで彼自身の性格を反映したかのように不遜な見た目であった。
べろんと舌を出して、識を挑発する。
「実は怪我ってのも噓で、オレ様にぶった斬られるのが怖くて逃げだしたんじゃねえか?」
「……っ!」
識は疾走した。
一瞬で距離を詰める姿は、まさに風のようだ。
最後に目に映ったのは、ぎょっと目を丸くする赤髪の少年である。
その腹に、木刀の一撃を叩き込んだ。
──シンと試験会場が静まっていた。
一瞬のやり取りに、会場中が言葉を失っている。
「うえ……っ」
赤髪の少年はうずくまると、ゲホゲホと咳き込みながら悶えていた。
やがて涎を垂らしながら、呪詛のように識へ吠える。
「くそが、くそが、くそが! どうせオレ様には勝てねえくせに、マジでやってんじゃねえよ! 暑苦しいな!」
「……訂正しろ」
識は再び木刀を構える。
「ああ? 何を?」
「ラディアータは最強の聖剣士だ。誰にも負けない」
赤髪の少年が嘲笑を浮かべる。
そして真っ赤な長い舌を、べぇーっと出した。
「ヤだね」
識が再び、その一撃を見舞うために突貫した。
美しい軌跡を描く木刀は、その肩を打ち据えるはずだった。
しかし刹那──赤髪の少年がニマァッと笑う。
「──〝ケラウノス・スフィア〟!!」
鉾の切っ先が、パチッと電気を弾いた。
その瞬間、鋭い雷撃が天球のように周囲を覆い尽くす。
「……っ!?」
いかに識が素早いといえど、電気のスピードに対処できるはずもない。
雷撃の網にかかると、全身を針で刺すような激痛が走る。
スーツの左胸に埋め込まれた結晶が砕け散った。
「~~~~っ!」
識は、その場に膝をつく。
スーツの効力で聖剣での攻撃は人体に無効化される。とはいえ、それなりに痛かった。頭を抱えて悶えていると、赤髪の少年が見下ろす。
耳の穴を搔きながら、へっと鼻で笑った。
「あーあー。ほらな、暑苦しいやつほど、倒されザマはキメェもんだ」
「……訂正を」
その言葉に、赤髪の少年がイラッとした様子で、鉾の柄先で地面を叩いた。
再び雷撃が走ると、識の身体を叩きのめす。
「バカじゃねえの。たとえラディが怪我してなくとも、この天球に突っ込んでお終いだっての。あんなスピードしかねえやつ、オレ様の敵じゃねえ」
そう言って、さらに一撃を見舞った。
それをもろに喰らい、識が木刀を取り落とす。
「あいつの幸運は、オレより先に生まれたことだ。ま、オレが引導を渡してやる前に怪我して逃げやがったけどな」
「…………」
識は歯を食いしばった。
震える身体を鼓舞して、ゆっくりと起き上がる。
「あのな。暑苦しいのもいい加減にしろよ」
赤髪の少年は、うんざりしたように言った。
「出せよ、聖剣。おまえのその木刀は違うんだろ?」
「…………」
固唾を吞んで見守っていた受験生たちがざわつく。
聖剣ではない?
これは聖剣を審査する実技試験のはずだ。
「根拠はあるぜ。聖剣の攻撃じゃねえと、結晶は割ることができねえからな」
赤髪の少年が、自身のスーツの胸部に埋め込まれた結晶を叩く。
これは特殊な鉱物で、聖剣による攻撃が接触すると破壊される仕組みとなっている。
識が木刀を打ち込んだはずだが、わずかも欠けていない。
それが聖剣であれば、どんな些細な衝撃でも砕けるにもかかわらず、だ。
「おら、さっさと出せよ。聖剣もなくこっちの攻撃を受けたってことは、なんか意図があんだろ? その小賢しい考えごとぶった斬ってやる」
「…………」
これ見よがしに三叉の鉾を揺らして挑発する。
絶対の自信。
己に宿った聖剣への信頼。
たとえどのような聖剣が相手になろうとも、負けることはないという自惚れ。
多少、高飛車なところはあるが、その思考は妥当だった。
赤髪の少年──名を天涯比隣。
この平穏時代の聖剣使いとしては、かなり恵まれた資質を持つ。
三叉の鉾を起点に、周囲に天球形の雷撃を放つ聖剣〝ケラウノス・スフィア〟。
攻防一体。
見た目も派手。
本人の性格も相まって、聖剣演武としては非常においしい人材といえる。
すでにプロ予備軍として、幾人ものスカウトが目を付けている逸材。
そんな比隣の挑発に対して、識。
動かなかった。
いや、動けない。
雷撃の影響……ではない。
相手を行動不能にするほどの出力は出ていない。
攻撃を放った比隣がよくわかっている。
それでも動かない識の様子に、比隣は眉を顰める。
「てめえ、もしかして……」
その推測に行きつくと、ブツブツと独り言を垂れ流していた。
「いや、そんなことが……あり得ねえだろ。オレらが生まれる前の時代ならいざ知らず……だが」
そして識をじろりと睨んだ。
「てめえ、聖剣がねえのか?」
その言葉を聞くと、周囲にざわっと喧騒が広がった。
審査員の教師ですら、その言葉に愕然としている。
聖剣の宿らない人間など存在しない。
ゆえにこの学園の願書にも、『聖剣の有無』などという項目は存在しない。
銃社会ならぬ聖剣社会と揶揄されるほどに、この時代は聖剣というものが当たり前だった。
それでも比隣は、自分の推測に確信のようなものを抱いていた。
類稀な才能を持った人間特有の勘、のようなものである。
なにより比隣、自分の直感を間違えたことなど、学力テスト以外にはないのが自慢だった。
「いや、それ以外に理由はねえだろ。ここは聖剣学園だぞ? 聖剣を出すつもりのねえやつが受ける場所じゃねえ。出さねえんじゃなくて、出せねえんだ」
「…………」
識は、何も言えない。
それを否定する材料を持ち合わせていない。
その指摘は、ぴたりと正しかった。
先祖返り。
識は、まだ聖剣がなかった時代の人間の性質を持つ。
本来は10才までに宿るはずの聖剣が、14才のいまなお宿らない。
その予兆もない。
本来、聖剣学園を受験できるような立場にはない。
合格など以ての外。
そもそも聖剣演武の必須事項たる『結晶を砕く』ことができないのだから。
ゆえに同級生になるつもりはない。