識にとって、これはラディアータとの約束に折り合いをつけるための記念受験なのだ。
比隣はそのことを見抜いた。
そして一番の高笑いを上げる。
「ハッハッハ! こりゃ雑魚ってレベルじゃねえな!」
それは他の受験生たちにも伝播する。
クスクスと控えめだった嘲笑が、徐々に大きくなっていった。
聖剣がないのに、聖剣学園を受験する?
それはちょっと違うんじゃないですかね。
当然のように聖剣を持つものから見れば、それはわかりやすいほどに明確な格差だ。
一瞬で識を自分たちより格下だと区分けした受験生たちは、遠慮のない軽蔑の視線を向ける。
それは識に、痛いほどに刺さった。
「…………」
それでも識は、木刀を手にした。
そして中段に構える。
周囲の嘲笑が一層、強くなったのを感じる。
それでもいい。
元から恥をかく結果になるのは承知していた。
散々、周囲から止められた。
聖剣使いでもないのに、聖剣学園は無理だと。
それでも受けた。
いつか聖剣が宿ったときのためにと鍛え続けてきた剣術の腕があれば、それでも一矢報いることができるはずだと思っていた。
たとえ聖剣が宿らなくとも、天を頂く者の景色を片鱗でも見たかった。
……しかしまあ、だからと言って何なのだ。
全員が等しく願いを成就できる世界というものは、やはり聖剣社会でもあり得ない。
識の最後の足搔きは、いともたやすく雷撃に撃ち抜かれた。
聖剣社会に愛された比隣は、無能なる識への興味など、もうこれっぽっちも持ち合わせていない様子であった。
「暑苦しいって言ってんだろ。キメェな」
虫でも払うときのような冷たい瞳だった。
比隣は終わったとばかりにステージを降りようとする。
おそらく彼の人生において、識はすでに過去のもの。
自分の成功談を引き立てるスパイスにもならない凡庸なものとして処理されていた。
(やっぱり無理だ……)
識は震えながら、木刀に手を伸ばしている。
しかし木刀に触れても、すぐに取り落としてしまう。
『一緒に世界で戦おう』
ラディアータと交わした約束だけを目標に生きてきた。
でも、その約束は無情に潰えた。
自分は聖剣が宿らなかった。
自身が追いつく前に、ラディアータは不幸な事故で引退した。
一緒に世界で戦うことは、もう叶わない。
ならば。
せめてこの一戦だけは勝利し、自分の価値を証明したかった。
聖剣さえ宿れば──と。
ラディアータが待つに値した人間だと、自分を認めたかった。
でも、それもできなかった。
何も成し得なかった。
自分はこの世界に求められていない。
(俺は無価値だ……)
すでに本能が、戦う意志を放棄していた。
そもそも、とっくに試験は終わっている。
周囲の受験生たちの冷たい視線が「はやく退けよ」と言い捨てるようだ。
審判の教師が、試験を終了するために手を挙げる。
終わりだ。
識の腕は力を失い、唇を嚙むことをやめる。
すべて終わりだ。
そのことを、識も認めかけたとき──。
「立て」
凜として涼やかに響いた美声は、観客席から降り注いだ。
存在感のある声音だった。
それまでクスクスと笑いながらスマホで動画を撮っていた受験生たちも、一瞬でそちらに目を奪われる。
ラディアータ・ウィッシュがいた。
観客席の中段。
数人の教職員に囲まれて、確かにいた。
識は目を疑った。
なぜ、彼女がここに?
いつからそこに?
何かの見間違い……いや、あの容姿……先日の世界グランプリのときとまったく同じだ。
それでなくとも、彼女の姿は識にとっては瞼に焼き付くほど強烈な思い出だ。
周囲の受験生たちも困惑の声を上げた。
「ラディアータ?」
「なんでラディがいるの!?」
やがて凄まじい喧騒と化した会場を、審査員の教師がマイクで