Ⅰ 阿頼耶識 ⑤

 6年前のあの日、ラディアータと出会って目標ができた。


『一緒に世界で戦おう』


 この6年間、ずっとそれだけを夢見てきた。

 その日々もおしまいだ。


(最後にあこがれの人にられるのなら、俺の夢も


 しきはそう思いながら、こうとした。

 バスの時間をかくにんして、今朝のことを思い出す。


「そういえば温泉……って気分でもないな……」


 さすが人生の運を使い切っているだけあって、んだりったりであった。

 まあ、いい。

 つかれたし、つうに帰ろう。

 そう思いながら、すっかり人気のない校舎のわきを通ろうとした。

 その陰で、ふと立ち止まる。


「そんなわけ、ないだろ……」


 つい、本音が口を突く。

 ぼろぼろと涙がこぼれる。

 手のひらで覆ったところで、それは止まらない。

 自分の夢も満更ではなかった?

 そんな馬鹿な。

 未練しかない。

 やり切ったという充足感は欠片も湧かない。

 なぜ他人には当たり前にあるものが、自分にはないのか。

 これまで幾度となく問いかけた言葉だが、すべてが終わった今ほど強く感じたことはなかった。


(入学試験が終われば、新しい人生を踏み出せるはずだったのに……)


 そんな甘い展望を、本気で考えていた自分に嫌気がさす。

 目標としていた人の前で、あんな無様な負け方をして終われるわけがない。

 でも、終わった。

 識に道は一つも残されていない。

 拳を握って、校舎の壁を叩こうとしたとき──。


 背後から、まつづえの先で尻を叩かれた。


「……っ!?!?」


 しきかえると、ものかげから犯人が顔を出した。


「やあ、無能くん。……あるいはせいけんなし男?」


 しきは目をいた。

 ラディアータである。

 縦に細長いバッグをかたかつぎ、慣れない様子でまつづえいていた。

 おんを模したイヤリングを外すと、それを口にくわえてしきを指さす。


「〝Let's your Lux〟」


 ラディアータの決めポーズを前に、しきは完全に固まっていた。


「…………」


 まぎれもなく本物であった。

 しきは思った。

 いやとうとう人生の運を使い切った、これは帰りに事故とかで死ぬかもしれん。

 そんな感じでぼんやりしていると、ラディアータが首をかしげた。


「どうしたの?」

「いや、その……」


 しきは言葉に迷った挙句……。


「あの、何か用……ですか?」


 色気もくそもない言葉に、ラディアータは不満げにまゆを寄せた。


めいわくだった?」

「いや! そういうわけではなく……」


 しが目の前に現れれば、こんわくするのも当然である。

 もしやサインでも書いてくれるというのだろうか?

 わーいやったー家宝にしよう地元のおさなじみまんできるぞー。……とか頭の悪いことを考えていると、どうもちがう様子である。

 なぜかラディアータが得意げに告げた。


「少年、?」

「…………」


 その言葉をしやくして……。


「は?」


 しきは首を傾げる。

 悪いじようだんだと思った。

 あーこりゃサインじゃなくてつぼ買わされるパターンだなーあるいは彼女のスポンサーの高価なトレーニングシューズとか??? ……と現実とうぼつとうする。

 ラディアータは、いたってしんけんであった。

 まっすぐ目を見つめ、ゆっくりとうでばし、その指先でしきあごでる。

 その仕草は、6年前のあのときと同じだった。


「この剣星ラディわたしとなれ。きみにを見せてあげる」


 しきは、まるで現実味のない言葉にほうけた。


(ほ、本気で言ってるのか……?)


 しかし不思議と、それがわかった。

 ラディアータは本気で、しきになれと言っているのだ。


(世界最強のせいけんが……俺に?)


 それはしきにとって、まぎれもなくしんたく

 まさかここで「NO」と返答するせんたくはない。

 しかし……。

 やがてしぼした言葉は、おそらくラディアータの望まぬものだった。


「……でも、俺にはせいけんがありません」


 せいけんがなくては、どころかこの学園にも入れない。

 たとえ武術をきわめたところで、あんなけたはずれなに勝てるはずがないのだ。

 しきの返答はとうであった。

 努力だけではどうにもならないものが存在することを知ったばかりである。

 それに対してラディアータ。


 一りの日本刀を差し出していた。