《第二話》 ②

「清廉潔白」

「そうそれ! だからね!」


 ちゃんとした時は、ろうくんもきっちりとエスコートしてくれる。

 なので普段のデートは、むしろわたしが引っ張っていく感じで丁度いい。



 お互いに欠けている部分があったとしても、それを許したり、埋め合わせたり、補い合っていくことが、一緒に生きていくということなのだと思うから!


「見て見てこのサングラス!」


 モール内にある眼鏡屋で、サングラスの試着品が展示してあったので、わたしはそれを手に取って装着してみる。そして鏡とろうくんを交互に見た。

 男女の差の一つに、買い物に対する考え方の違いがあるんだって。

 男の人は目的のものを最初に買うために、そこへ一直線に動く。逆に女の人は最後に目的のものを買えればいいから、そこに辿たどくまであっちこっち見て回る、ってやつ。

 一般論だろうし、絶対的なものじゃないとはいえ、わたしとろうくんにはこれが結構当てはまるんだよね。見ての通り、わたしは色々見て回るのが好きだから。


「レンズがやたらでかいな……。りつは他のサングラスの方が似合うと思うぞ」


 顔からはみ出るぐらいに、レンズが巨大なサングラスだった。

 小顔効果を狙ってあえてデザインしていることは理解出来るのだけれど、微妙かなぁ。


「ねー。トンボみたいだよね。ろうくんもこれ掛けてみてよ!」

「どれどれ──……どうだ?」

「わ。不審者」

「何でトンボから更に格下げしたんだ?」

「ろうくんはそもそもサングラス自体が似合わないよね。似合いすぎるから」

「矛盾してるぞ……。言いたいことは分かるけど」


 普通のサングラスをろうくんが掛けてしまうと、どこかのエージェントにしか見えない。眼鏡めがねならイメージは和らぐのに、サングラスだとこわってしまうから、ファッションっていうのは不思議。小物一つでこうも変わるから、面白いよね。


「このぬいぐるみかわいい~!」


 次にわたし達はグッズショップをぶらついた。様々なキャラクターのアイテムが所狭しと並んでいて、ここに居るだけで楽しい気分になれる場所。

 その中でも特に、わたしは投げ売りされていたぬいぐるみに目を付ける。


わいい……か?」


 ろうくんは首をかしげている。ぬいぐるみは白くて丸くて、角があって翼が生えている。表情は雑な笑顔で、それが逆に不気味でキュート! 素材はビーズクッションで触り心地もいいし、おもち型のぬいぐるみって感じ。


「これは……買いですな!」

「うーん……でもどの層を狙ったのか今ひとつハッキリしないんだよな。子供向けにしてはポップさが足りないし、大人向けにしてはチープ過ぎる。投げ売りされているのが答えだとはいえ、これじゃちゆうはんで売れようもない。メーカーどこだ? ちょっと見せ──」

「…………。市場調査ご苦労さま」

「はッ!」


 ろうくんは完全に仕事モードの目になっていたが、わたしの一言で元に戻った。

 グッズショップに来たのは失敗だったかなぁ。ろうくんには休みの日くらい、仕事のことは忘れて欲しかったし──反省しなくちゃ。


「すまん、つい……」

「ううん、こっちこそごめんね。他のところ行こっか!」


 それから、わたしとろうくんはあっちこっちと見て回った。

 アクセサリーだったり、スポーツ用品だったり、ペットショップだったり、欲しいものはなかったわけではないけど、必要なものでもないので、見て楽しむだけで我慢我慢。

 それで途中でランチを食べて、最後にここでの目的である家具コーナーにやって来た。


「えーっと、カーテンの大きさってどんなだっけ?」

「寸尺はここにメモしてあるから、同じか似たサイズでりつの好きな柄を選んでくれ」

「さっすがろうくん、準備がいい!」

「それでそのー、ちょっと……トイレ行ってきていいか?」


 目を右往左往させながら、ろうくんが申し訳無さそうに言う。んー、この感じ、多分お手洗いに行くわけじゃないっぽいな。でも悪いことをするわけでもないだろうし。


「いいよ~。戻ってくるまでに目星はつけとくね!」

「悪い、頼んだ。すぐ戻るから!」


 ぺこっと頭を下げ、ろうくんは走り去っていく。わたしはちらりと、天井からげられている案内板を見る。男子トイレは右向きの矢印。その矢印とは逆の方向へ走っていることに、きっとろうくんは気付いていないだろう。うそが下手だもんね。普段つきなれてないから。


(なにするんだろう?)


 こっそりと欲しいものを買うのかな? 言ってくれればいいのに。


(でも、人に言えないことは誰にでもあるよね。わたしだってそうだし)


 夫婦間に隠し事はなし──とはいかない。少なくともわたし達はそうだ。

 他ならぬわたしに、ろうくんに言っていないことがある。きっと他の人達から見るとそれはくだらないことで、どうでもいいことでもあるのだろうけれど、言えないものは言えない。


(けど──いつか言わなくちゃ。ううん、言うの。来月の12日には、絶対に)


 愛する人のことを全部知っておきたい。それは理想で、わがままだ。

 お互い、知らない方がいことだってきっとある。でも知りたい。だけど知られたくない。そうやって浮かぶ色々な泡が、ぶつかったりはじけたりして、結局背中を向けてしまう。

 ろうくんは優しいから、わたしのそこに深く踏み込んで来ない。

 でも、絶対に思うところがあるというのも分かるから。悪いのは全部、わたしだ。


「ごめんね」


 誰にも聞こえないように、口の中でつぶやく。

 何となくわたしが選んだカーテンの色は、淡い空色だった。



「金物屋って、今まで入ったことないな」

「わたしも。でも、よしいたらここがオススメだー、って」

「ああ、さんね。情報通っぽいもんな、あの人」


 わたしとろうくんは商店街の中にある老舗の金物屋、《わにぶち金物店》へとやって来ていた。

 家の最寄り駅よりも少し前の駅で降りたところにある商店街で、場所はよしから教えてもらった。昔からよしはなんでも知ってるからね。


「しかし──色々置いてあるな。包丁だけでも大量にある」

「だね……」


 木とガラスで出来た古めかしいショーケース(もっと正しい言い方がありそう)の中に、ずらりと様々な包丁が並んでいる。包丁ってこんなにたくさんの種類があるんだ……。


「わ。見て、ろうくん。大工さんが使うやつもある!」

かんなだな。いやでもこれは……かつおぶし削り器みたいだ」

「いいな~。ガリガリってやってみたいかも」

「結構高いぞこれ……。一万円は軽く超えてる……」

「ま、万超え!? やばっ!」


 思った以上のお値段だったよ……。でもおは重要だもんね……。納得……。


「冷やかしか、オメェら」

「ひゃっ! あ、いえ、その」


 店の奥からいつの間にやって来たのか、じんべいを着たシワだらけのおじいちゃんがうなり声みたいにそう言ってきた。目付きは鋭くて、背は高くないのにすごい圧がある。


「すみません、騒がしくして。店主さんですか?」

「そうだ。用件があンなら手短に話しな。こちとら暇じゃねンだ」

「実は僕達、包丁を探していまして。料理の最中に折れてしまったんです」

「三徳か」

「そうです。妻が道具にこだわりたいとのことで、い包丁があればと」

「あ、あの! 友達にこの店めっちゃいいよって聞いたものでして!」


 わたしは社会人だけど、いわゆる社会人スキルはそんなに身に付けていない。最低限の常識はあるとは思うけども、こういう時にスラスラとしやべれるろうくんはしゅごい……。

 おじいちゃんはわたしとろうくんをじろりじろりと見比べて、くいっと顎を動かした。


「家庭用の包丁はそっちの陳列棚だ。たけェのほど質がい。が、安くてもそこいらのモンにゃ負けてねェ。握りを確かめたかったらおれに言え。取り出してやる」

「ありがとうございます。じゃありつ、選ぼうか」

「あ、うん。ありがとうございます!」


 おじいちゃんはぶっきらぼうなだけで、お客さんに対してはきちんと対応してくれるみたい。


「三徳包丁のみでもかなり種類があるな。刃渡りとか柄の大きさとかが全部違うのか」

「わたしだけじゃなくてろうくんも使うわけだし、二人にちょうどいいのがいいよね~。おじいちゃん、オススメとかってありますか?」

「……。こいつだ」


 ショーケース……じゃなくて陳列棚の鍵を開けて、おじいちゃんは迷いなく一本取り出して渡してくれた。迷ったら店員さんにく! これ買い物の鉄則!


「おおっ、これすっごいしっくり来るよ! さっすがおじいちゃ……」


「たりめェだ。《雲雀ひばり》の柄とほぼ同じ寸だからな、そいつァ」


 最初その言葉を聞いた時、鳥の名前かと思った。けど、絶対に違う。

 ただ──わたしはあれこれ考える前に、先にろうくんの手首を強くぎゅっとつかんだ。


「……ダメだよ、ろうくん。そんな顔しちゃ」

「……。顔を見てから言ってくれよ」

「見なくても分かるってば」

「構えンな、《羽根狩り》。《ハク》の嬢ちゃんも」

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