一章 双子の探偵 雪山山荘殺人事件 ⑤
「屋内だけでなく屋外の見張りもしないと不十分だ。だから昨夜俺は車の中で毛布をかぶってずっと山荘を監視していた。そのときに窓から人が乗り出すのが見えたからスマートフォンを向けた」
凍死者が出るほどの吹雪の夜に、車の中とはいえ一晩中の見張り。
「オーナーの心遣いの湯たんぽがなければ凍死していたのは俺だったかもしれないな」
「もー
何事もないように言っているがその行動は常軌を逸している。
事件が起きるかもしれないから、一晩中寝ずに見張っている?
「探偵がいるところに事件は起きる。だから前もって警戒するのは当然だろう?」
男性は膝をつき頭を抱える。
初めから、いや、それ以前に、事件が起きる前からこの探偵からは逃れられなかったのだ。
「……いや、いやいやいや」
男性がつぶやく。
「いやいやいや、いやいやいやいやいやいや」
壊れたようにつぶやく。
そして唐突に立ち上がった。
「おかしい、おかしい、おかしいだろ!? そんな前もってカメラとか見張りとか、おかしいだろ!! あぁ!? そうだ! お前ら全員グルなんだろ!? 寄ってたかって俺を
男性は談話室の全員を順に指差す。
「お、落ち着きたまえ」
「うるっっっせぇぇぇええええ!」
上司である年配男性の言葉も耳に入らない。
「だいたい上司の顔色窺って来たくもねえスキーに来てよぉ! それも狙ってる女がいたから我慢したってのに、酒の席で聞かされたのはアイツがその女とよろしくヤってる自慢話だ! それでぶん殴ったついでに殺してやったのに……。ほんとはアイツも生きてんだろ!? 全部仕組んだんだろ!?」
「何のことかわからないが、それは自白とみなしていいんだな」
「ッお前がァ! テメェがいるからいけないんだ! アイツなんだろ!? なんで死んでないんだよ!?」
男性は完全に錯乱状態に陥っていた。もはや誰が誰かもわかっていない。
そして、暖炉の横にあった鉄製の火
「死んだならッ、ちゃんと死んどけよォ!」
それは
あわや頭蓋が
火
「あ、ああン……?」
そこには上段蹴りを放った姿勢の
「盛り上がるのは結構だけど、
そこに先ほどまでの能天気な雰囲気など一切ない、冷徹な目で男性を見ていた。
「ひ、あ、あぁ……」
「探偵は荒事にも巻き込まれやすい」
「く、くそがぁぁああ!」
男性はなおも
「だからこんなこともあろうかと」
その暴力が届く前に、振りぬいた
「あぇ?」
男性は糸が切れたようにガクンとその場に倒れ込んだ。
「護身術程度は身に着けているさ。常識だろう?」
§
山荘の前に幾台ものパトカーが
事件の犯人は逮捕され形ばかりの事情聴取も一段落したところだ。
「……では今回は
オーナーへの確認事項を済ませて山荘から出てくる二人。
「ん~~やっと終わった。もう昼近いじゃん」
「この程度で解放されたのは重畳だろう。悪くない稼ぎだった」
「結局いくらだったの?」
「言ったらその分使うだろう」
「えぇ~そんなことないよ!」
軽口を言いながら荷物を車に載せる。
「さて行くか」
黒塗りで屋根が布張りのクラシカルな外車が急停止する。
衆人環視の中、勢いよく運転席のドアが開け放たれた。
「事件あるところに探偵あり……」
ステッキをついて降りてきたのは見た目十五歳ほどの一人の少女。
黒のゴシックドレスにブラウンのトレンチコート。
「すなわち事件あるところにわたくしあり……」
「名探偵、
その探偵は高らかに
冷たい冬の風が吹く。
「事件とっくに解決したじゃんね」
「それな」
「マジでそれ。早くゲレンデいくべ」
大学生たちがその前を素通りする。
警察官たちも特に注意することなく自分の仕事に戻った。
「え? え? ちょ、どうなってるんですの!?」
探偵と名乗る少女は困惑してあたりを見回す。
「そこの方! ちょっと待ってくださいまし!」
「んー? どうしたの?」
「ここで殺人事件があったと聞いたのですけれど」
「それなら私たちが解決したよ。この名探偵
「探、偵……?」
少女はフリーズしたあと、血相を変えて
「お話、詳しく聞かせてくださいな!」
国道沿いの喫茶店。
閑散とした店内。ボックス席のテーブルの片側に
「──それで
「な、ななななんですのそれは!?」
話を聞いていた少女はテーブルに身を乗り出す。
「仕掛けのカメラに張り込みの車内からの写真? そんなの全然推理じゃありませんわ!」
「俺は推理したとは言っていない。証拠を出しただけだ」
「私は推理したよ。どう? どう?」
「
「ひっどーい!
「ふむ、一つ実演するか」
「下で隠して左右どちらかの手に握れ。
「コイン当てですの……?」
少女は言われたとおりにする。
「んー、右かな」
一回。
「右、と見せかけて左!」
二回。
「右っぽいけどうーん、あ、目が泳いでない? じゃああえての左!」
三回、四回、五回と連続で当てていった。
「う、
「ただの観察眼と揺さぶりだ。表情や視線、手の握り方。それらは時に言葉よりも雄弁だ」
熟練の刑事が持つようなスキルだが、
「左! あれ? 外れちゃった」
六回目、
「外すときは外すようですわね」
「ああ、だから俺がフォローをする」
そうして
それはテーブルの下を撮った写真だ
少女が十円玉を握らず、ゴシックドレスのスカートの上に置く様子が写っていた。
「当てられないために最初から握らない、か。その行動は予測済みだ」
「な、なななな、なにを撮っているんですの!?」
「証拠だ。これで俺たちのやり方が理解できたと思うが」
「そうじゃなくて! その写真スカートのし、下も写っているじゃありませんか!」
「下? 十円玉があるのは上だが」
画面を確認する
十円玉があるのは黒のスカートの上だ。
その下には白い布しかない。
「写真にブレもピンボケもない。しっかりと証拠が写っているが」
「今すぐ消してくださいまし!」
「証拠を消せと? それは罪から逃れるための脅迫か?」
「チョップ! そこには乙女の純情が写っているから消しなさい
「……お二人のやり方は十分わかりました」
心なしか少女は膝を正して座り直した。