一章 双子の探偵 雪山山荘殺人事件 ④

「でもあなたが一番怪しいんだよね。そこの彼女は本気で悲しんでいたし上司さんも部下の死にうろたえていた。大学生グループはそもそも関わりがないし、オーナーさんも自分の山荘で殺人事件なんて起こしたくない。金目の物がとられたわけじゃないから強盗目的の外部犯でもない。動機があるのがあなただけなんだよね。アリバイ聞いたときに用意していたように淡々と話したのもなんだかなーって」


 それに対するあかの反論はひどく主観的だ。


「私はアリバイなんかどうでもよくて、皆の態度を見ていたんだよね」


 あかの目は常に相手の顔に向けられていた。

 目を引く容姿、ハッタリを押し通す魅力、慣れ慣れしい言動。それらは見る人の平常心を揺さぶる。


「それで、あなたが怪しいなって」

「怪しいから証拠もなく犯人だなんて馬鹿げている! 不愉快だ! 警察が来てちゃんと捜査してくれるのを待たせてもらう!」


 態度を見て勘であなたが犯人です。では誰も納得しないだろう。

 男性以外の周りの者たちもあかに懐疑や失望の目を向ける。


「うーん。あかちゃんはこのぐらいかな」


 あかは気にした様子もなくソファから立ち上がる。


「じゃあここからの探偵役はあおにバトンタッチしまーす!」


 そして唐突に皆の意識の外だった青コートの青年、あおにバトンが渡った。

 一同は今まであかの言動に意識を割かれていてあおの存在を忘れていた。

 寒いのか室内でもコートを脱がず、アリバイ聴取のときも隅で座ったままスマホか何かを見ていた。

 そんなあおに注目が集まる。


あお、いけそう?」

「今終わった。あとは任せろ」


 あかから明け渡された暖炉前のソファ。探偵席とも言えるそこにあおは深く座る。

 そうして探偵役があかからあおに引き継がれた。


あか、いや妹が失礼した。しかし俺の話を聞けば諸君も納得するだろう」


 あおは長い脚を組み一同をへいげいする。


「身構えなくともすぐに終わる。俺の仕事はもう終わらせたからな」

「まだこの茶番は続くのか?」


 男性はいらちとけん感を隠そうとしない。

 あおたちの探偵という肩書きも信頼度が落ちている。


「まず先ほどのアリバイ聴取の内容だが全員おおむね真実を語っている。それぞれが自室に戻った時間は証言の通りだ」

「だから証拠がないと言っているだろう! 動画でも撮ったってのか!?」


「ああ、撮った」


「…………は?」

「これだ」


 あおが手にしているのは手のひらに収まるサイズの迷彩柄の平たい物体。


「トレイルカメラだ。モーションセンサー搭載で範囲内に動くものがあると自動撮影する」

「トレイルカメラ……?」

「元は野生動物の観察用のカメラだ。ある程度寒さにも強く、センサーに反応した時しか録画撮影しないから長時間バッテリーが持つ。これを昨夜二十二時ごろに二階の廊下に仕掛けておいた。隠すのにちょうどいい観葉植物があって助かった」


 あおは淡々と機械の説明をする。

 だが男性が、いや談話室の一同が気になっているのはそこではないだろう。


「なぜ廊下にカメラを……?」

「? こういうことがあるからに決まっているだろう」


 …………? 談話室が理解できないといった空気に包まれる。


「いやいやおかしいじゃんね? 普通こんなこと起きないし、そもそも盗撮じゃんね?」


 大学生の指摘はもっともだ。


「確かに第三者の私有地や建物にカメラを仕掛けることは探偵といえど違法だが、家主に許可を取れば問題ない。オーナーには昨夜公共スペースを撮影する許可をもらっている。そうだな?」

「えぇ、確かに昨夜そう言われましたが……」


 この山荘に着いたばかりのころ、あかが内装の雰囲気を褒めていたときだ。


「だから俺は公共スペース、つまり二階の廊下にカメラを設置した」

「その行為がおかしいと言っている!」


 同僚男性が声を荒らげる。普通は廊下にカメラなんて仕掛けない。


「念のためだ。探偵だからな。それに一番の問題はそこではないだろう」


 あおはカメラのモニター部を見せ、撮影された動画を飛ばし飛ばしに再生する。


「証言通り大学生たちは二十三時にそれぞれ自室に戻り、同僚のアンタは零時に206号室から出てきた。それ以降は朝まで誰も二階の廊下を通っていないし、206号室には誰も入っていない」


 それは紛れもない「証拠」であった。


「つまり本当の意味で最後に被害者の部屋をでたのは同僚のアンタだ」

「犯人決まりじゃん……」

「それな……」

「マジでそれ……」


 大学生たちだけでなく、上司や同僚女性も男性に疑いの目を向ける。


「本当に君がやったのかね!?」

「なんであの人を……!」


 めんとなった男性は立ち上がり反論する。


「ふざけるな! 最後にドアから出ただけで犯人!? そんなさんな言い掛かりで納得できるか! 大体窓が開いていたなら外からいくらでも侵入できるだろう!」

「あれあれ~? さっきあかちゃんがお話聞いたときに窓は閉まって鍵も掛かっていたって言ってなかった?」

「っ、あれはその、そのあとに本人が換気で窓を開けたかもしれないだろ!」

「それでたまたま開けた窓から、吹雪の中誰かが侵入してきたというのがアンタの主張だな?」


 あおは確認するように問う。


「ぐっ。そもそも! 俺はこれが殺人事件だなんて思っていない! その根拠だって寒さで体が丸まっていなかったってだけじゃないか! 足を滑らせて床に頭を打ってそのまま気絶して凍死した可能性だってあるだろ!」

「頭を打って気絶。そうだな、現場保存のために遺体には最低限しか触っていないが、頭部をよく調べたら打撃痕があるかもしれない」

「そ、そうだろう!?」

「というよりあった」

「……あ、あぁ?」

「これは言ってなくて申し訳ないと思うが、俺が被害者の首筋に指を当て死亡を確認したとき、いや、死亡診断は医師にしかできないから心肺停止および死冷体温を確認したときというべきか、ともあれそのときに後頭部に腫れを発見していた」

「え、それあかちゃんも聞いてないんだけど!」

「その方が犯人を泳がせられると判断した」


 あおさいなことだと首を振る。


「だったら! もう事故だろう!? アイツは酔って勝手に転んだだけだ!」

「それはどうかな。打撃痕はぶつかったものによって様々だ。ぶつかったのがどんな材質・形状のものかは警察が調べればわかることだろう」

「結局警察頼りじゃないか! ハッ、何が探偵だ! 人を疑って名誉を傷つけたことを覚えておけよ!」

「ところで、昨日の酒は何を飲んだんだ?」

「はぁ? オイオイ話題そらしかァ~? みっともねえなあ探偵さんよ!」


 男性の態度はどんどんおうへいになっていく。


「最初に俺があの部屋に入ったとき、倒れたコップと数本のビール缶があった。コップで何を飲んでいたんだ?」

「あ? コップでって……そりゃ、に……ビールを……」


 しかしその威勢がしぼんでいく。


「缶ビールをお行儀よく注いで? それに数本の缶ビール程度ででいすいするだろうか。被害者は下戸だったのか?」


 あおは同僚女性に目を向ける。


「あの人はむしろお酒に強くて、日本酒とかをよく飲んでいました……」

「なるほど。つまりコップは日本酒を飲むためだったと。そして酔いが回ってきたところに日本酒の瓶で被害者の後頭部を打撃。瓶は証拠隠滅のために窓から投げ捨てたというわけか」

「妄想も大概にしろよ!? そんな事実はないし証拠もない! 日本酒の瓶なんか知るか!」

「そうか? だがこれはアンタのように見えるが」


 あおはスマートフォンの画面を一同に見せる。

 そこには男性が窓から身を乗り出し瓶を投げ捨てる様子が写っていた。


「あ……え……なん、これは……」

「最近のスマートフォンは望遠も夜間撮影モードもすごいな。これは206号室の窓だ。窓から乗り出しているのはアンタだな」

「いや、おかし……え……」

「これを撮影したのは零時になるちょっと前だ。このときは酔っ払いが窓から瓶を不法投棄しただけかと思ったが、証拠隠滅のためだったんだな。確かに周囲は警察も到着できないほど雪の積もった山野だ。瓶は雪解けまで見つからないだろうな」

「な、んで……こんな写真を……これもさっきのカメラを仕掛けて……?」

「いや、外は吹雪だ。レンズに雪がつくし低温過ぎるとバッテリーもすぐなくなる。何よりこんなピンポイントで撮影できない」

「じゃあなぜ……」


「俺が自分で撮ったに決まっているだろう? 山荘前の駐車場の車の中から」


「…………」


 もはや男性は「なぜ」という言葉すらでなかった。