一章 双子の探偵 雪山山荘殺人事件 ③

「ドアの鍵は開いていた! ここまで聞いて皆はどう思う? 被害者がたまたま窓を開けたまま眠って、たまたま暖房が故障してオフになって、たまたま死ぬまで大の字で寝ていたのか」

「あるいは誰かが被害者を意図的にこんすいさせて、意図的に暖房を切って、意図的に窓を開けてドアから出て凍死を誘発させたのか」


 あかは流し目で一同を見る。隠れる犯人を捜すように。


「ちなみに現場の暖房のスイッチは問題なく作動した」


 あおが付け加えた。


「つまり殺人ってコトォ? マジ?」

「それしか考えられなくね?」

「それな」


 事故死よりも殺人の可能性が高いのは疑いようがない流れだ。


「か、仮にそうだったとして、そういうのは警察の仕事じゃないかね? しろうとがあれこれ言っても仕方がないだろう」


 年配男性の主張はもっともだ。しろうとよりも警察に任せるほうがい。


「だから~、それじゃ長時間拘束されるって言ったでしょ? それに私たちはしろうとじゃありません。探偵です」

「た、探偵……?」

あお、例のあれを」


 あおかばんから一枚の紙を取り出し説明する。


「探偵業届出証明書だ。通常は事務所に掲示するものだが、こういうこともあろうかと念のため持ち歩いている」


 商号:つき探偵社。代表者名:つきあか

 紙には公安委員会の角印がでかでかと押してある。

 そんな証明書を持ち歩いているのは普通ではないのだが、その角印が示す本物らしさに一同はたじろいた。


「このとおり私たちは探偵です」


 あかは胸を張って答える。


「ではでは、警察が来るまでの暇つぶしで構わないから、ちょっとアリバイ聞かせてくれる?」


「談話室の方が雰囲気でるからそこに移動で!」


 とのあかの主張で場所は暖炉とソファのある談話室へと移っていた。

 人は小さな要求に従うと自然と次の要求も受け入れやすくなる。

 また、雰囲気というのも意外と重要だ。

 探偵だからと言って何かしらの捜査権限があるわけでもない。従う義務も義理もないが、雰囲気にのまれると疑問を抱きづらくなる。

 あかはそうしたハッタリや話し運びがかった。

 加えて容姿が華やかで多少慣れ慣れしくてもけん感を持たれない魅力があった。


「部屋も暖かい方がいいしね~」


 あかは火き棒で暖炉の薪を動かし火力を調整する。


「さてさて」


 そうして暖炉のそばの特等席、一人掛けソファに座る。


「皆さんも座って座って」


 一同は促されソファや椅子に座る。


「じゃあまずは大学生グループから聞こうかな。君たちは昨日の夜、なにをしていたのかな?」

「昨日の夜は俺の部屋に集まって飲んで、それでそれぞれの部屋に戻ったじゃんね?」

「それな」

「マジでそれ」


 三人の男子大学生は昨日の夜は酒盛りをしていた。その声が漏れ聞こえていたのはあおが確認している。


「何号室に集まって何時に解散したの?」

「203号室に集まって確か二十三時には解散したじゃんね?」

「明日に響く~つってな」

「マジでそれ睡眠の重要性」

「で、それぞれの部屋に戻るときも特に異常は何もなかったと」

「イェア」


 軽い様子だが当事者意識がないのだろう。この大学生たちにとって被害者はしょせん他人だ。人が死んだと聞かされても現実感が湧いていないのかもしれない。


「次は関係の深いこっちだね~」


 あかは本命とばかりに社会人グループに向き直る。

 上司の年配男性とその部下の男女だ。


「じゃあ女性の方から聞いてみようかな?」

「……昨日は二十一時には寝ていました。夕食のあと薬を飲んでそのまま……」

「薬?」

「あ、薬局でも売っている軽い睡眠改善薬です。不眠症気味で眠るためにいつも飲んでいるんですが、昨日は疲れていたのかすぐに効いて寝てしまって……」


 女性はポーチから市販薬だというそれを取り出す。


「ふーん。睡眠薬かぁ~」


 あかはじろりと女性を見る。


「あ、本当にちょっと眠くなるってだけなんですよ? 風邪薬程度の、決してこんすいしたりとかは……」


 女性は慌てて弁明する。被害者は何らかの理由で意識を失い凍死した。そこに睡眠薬というアイテムはおあつらえ向きだ。そんなものを所持していると疑われると思ったのだろう。


「それに、私があの人にそんなことするはずないです。本当に、今でも信じたくなくて……」

「近しい人がくなってつらいのにごめんね」


 あかは同情の意を示す。


「じゃ、次はその同僚の男性の方!」


 示したのもつかの間、パッと切り替えて次のアリバイ確認に移る。


「俺は死んだアイツとは零時近くまで飲んでいたよ。俺が飲ませすぎたのが原因って言われればそうなのかもしれないけど、一緒に飲んでいるときは部屋に暖房がついていたし、窓も開けてなかった……。それにわかぎわはアイツも起きていた」

「ふんふん。ところで部屋をでたときも窓は閉まっていた?」


 あかはじっと相手を見つめる。


「ああ、鍵も掛かっていた」

「なるほど。ありがとね」


 同僚男性からの聴取もそこそこに切り上げる。


「じゃあ最後は上司さんだ」

「私は二十三時ごろまでずっと部屋で本を読んでそのまま寝たよ。本当はもっと早く寝たかったんだが、私は204号室で、隣の203号室が騒がしかったんでな」


 年配男性は大学生グループをにらむ。


「ア、っスー」


 大学生たちは気まずそうに目線をそらす。


「ちなみに部屋から出ないでそのまま寝たというのを証明したりは?」

「ずっと一人だったからできないな。だがそれは他の者も同じではないかね?」

「それはその通りだね~」


 アリバイとはその人物が事件に関わっていないという現場不在証明だ。

 それは自分の証言以外に何か証明できるものがなければ成立しない。

 唯一アリバイがありそうと言える大学生グループにしても、仲間内で口裏を合わせていればいくらでも偽装できる。

 そもそも何時に犯行が行われたのか確定してないのに就寝時間を聞いても意味がない。


「最後はオーナーさんだけど、二十二時過ぎに私たちの部屋に湯たんぽもってきてくれたあとに、そのまま寝たんだよね?」

「ひ、その通りです……」


 これで全員分の話は終わった。

 暖炉でパチリと薪がはぜる音がした。


「……それでこんな茶番で何かわかったとでもいうのかね? アリバイといっても証明も何もしようがないじゃないか」


 しびれを切らした年配男性が責める口調で言う。


「そうだね~。全員のアリバイが証明不可能。そもそもドアの鍵は開いていたから誰でもいつでも犯行可能。なんなら外部犯の可能性もゼロじゃないよね」


 各所に監視カメラでもあれば別だが、こんな個人経営の山荘にそんなものはついていない。

 昨夜何が起きていたか証明するものはない。


「そんなの犯人なんてわかりっこないじゃんね」

「それな」

「マジでそれ」


 大学生たちもあきれたように言う。


「まあ現実は推理小説じゃないからね~」


 推理小説の場合は登場人物全員にアリバイがあり、そこから探偵がトリックを見破りアリバイを崩して犯人を特定するのが王道だ。

 あるいは密室事件や殺害方法が不明など、そうした謎を華麗にあばく。

 だが現実はそう都合よくお膳立てされていない。警察による地道な聞き込みと科学捜査。そしてしつような事情聴取で事件はあばかれる。何日も、あるいは何か月も何年も掛けて……。

 だからこれは、ミステリーなどでは決してない。


「じゃ、犯人わかったから結果発表しまーす」

「「!?」」


 一同に衝撃が走る。


「何を馬鹿な! さっき何もわからないとなったじゃないか!」


 年配男性が怒るのも無理はない。証明が不可能だと言ったばかりだ。


「でも多分合ってるよ。私って犯人外したことあんまりないから」

「多分って無責任な……!」

「いいからいいから。じゃいくよ~指差すから緊張しないでね」


 あかは人差し指を高々と掲げる。


「今回の犯人は~」


 もったいぶったタメを作って。


「上司さん! と、見せかけて同僚のあなた!」


 第一発見者の同僚男性を指差した。


「あなたは見事犯人に選ばれました! ぱちぱち~!」

「は? 俺? な、なにを言っているんだ……」

「動機は想像だけど恋愛関係のもつれかな? くなった被害者とそこの女性がい感じになってて、それに嫉妬したあなたは酒の席でついに不満爆発。何らかの方法でつい被害者をこんとうさせてしまったあと、悪魔がささやいたのか窓を開けて暖房を切って凍死する環境にしてから普通にドアから出た。みたいな? うーんラブロマンス」

「ふ、ふざけるのもいい加減にしろ! こっちは連れが死んでいるんだぞ!」


 男性は抗議の声を上げる。その反応は真っ当だ。