一章 双子の探偵 雪山山荘殺人事件 ②

 大学生とおぼしき三人組と、それより年齢が上の社会人らしき三人組のグループだ。

 それぞれ騒がしくない程度に雑談を交わしている。


「とても平穏な雰囲気だ」

「やっぱり何もなかったじゃん」

「だが数が足りない」

「数?」

「部屋は八部屋すべて埋まっていた。俺たちが一部屋使い、残り七部屋あるがここにいる他の客は六人しかいない」

「うーん、まだ寝てるとか?」

「かもしれないが……」


 ちょうど社会人グループのテーブルも同じような会話をしていた。


「彼はまだ寝ているのかね?」


 グループの一人である年配の男性が顔をしかめる。


「まぁまぁ、部長。アイツ昨日は結構飲んでいましたからね。どうせまだ起きてきませんよ」

「でも朝食の時間が終わってしまうんじゃないかしら」


 それに答えたのは二十代後半の男女だ。

 会社の上司とその部下たちという間柄の様だ。


「仕方ない。自分が起こしてきますよ」


 男はテーブルから立ち階段の方へ向かう。

 その様子を見ていたあおも席を立つ。


「どうしたの?」

「ちょっと二階に忘れ物をな」


 あおが二階へ上がると男がある部屋の前でノックをしていた。

 ドアプレートに206号室と書いてある。

 あおはその奥の自室である208号室へ向かうため男にしやくをして通り過ぎる。


「おーい、いい加減起きろよ」


 男はドンドンとドアをたたく。


「たく、最悪オーナーに言って合い鍵を……あれ?」


 すると男がつかんでいたドアノブが回りドアが僅かに開いた。


「鍵してないのかよ、不用心だなあ」


 そのまま男は206号室に入ろうとしたが、何かに驚きしりもちをついた。


「ひぃぃああっ!」

「ッ!?」


 その様子を見ていたあおは206号室の前に駆け付ける。


「おいアンタ何が──」


 そうして目撃した部屋の中は、雪景色だった。

 開いた窓から入り込んだのか、壁やベッドには吹き付けた雪が張り付き、解けて水滴をしたたらせている。

 一番雪の被害が大きい床には、大の字で仰向けに倒れている成人男性が一人。


「これは……」


 あおは倒れたコップや数本のビール缶が散乱する床を荒らさないよう、慎重に部屋に入り首筋に指をあてる。

 青白い肌は冷たく硬い感触。

 脈拍なし。呼吸なし。


「……死んでいる」


 事件の始まりだった。


§


「──とのことで、警察が来られるまで建物から出ずに待つようにだそうです。ひひ……」


 宿泊者が集まる食堂。

 そこに先ほどまでの平穏な雰囲気はない。

 この山荘で凍死体が発見されたのだ。

 警察への連絡は済んでいるが、山荘に至るまでの道は吹雪のせいで埋もれている。そのため除雪しながら向かっているそうだ。


「除雪車が来ているので一時間もあれば着くそうです。その間にコーヒーでもどうぞ」


 オーナーは各テーブルにコーヒーを提供する。テーブルごとでの反応はまちまちだ。


「一体どうして……旅行先で事故死なんて、会社になんて言えば……私の出世が……」

「凍死なんて……うそよ」


 しようすいする者、事実を受け入れられない者。


「出られないってマジ? ずっとここにいろってこと?」

「てか道が塞がってるならどのみち移動できないじゃんね」

「それな。春休み中でよかったわ」


 関係ないと思う者、面倒だと思う者など様々だ。


「どうぞ、コーヒーです」


 コーヒーを出されたあおはオーナーに話しかける。


「不幸な事故だったな」

「ええ……」


 深夜にでいすいした被害者が窓を開けたまま眠り、そのまま凍死してしまった。

 現場の状況を見ればそれが一目瞭然であり、オーナーも警察には事故死として通報している。


「一つ不可解なのは部屋の暖房が停止していたことだ。例え窓を開けて寝入ったとしても、暖房さえついていれば凍死はまぬがれただろう」


 続けられたあおの言葉に、周りのテーブルの宿泊客も耳を傾ける。


「そういえばオーナーはこの山荘は暖房の調子が悪いと言っていたな」


 昨夜わざわざ湯たんぽを持ってきたほどだ。


「ひ、それは……」


 瞳が見えないほどまぶたが垂れ下がったオーナー。その目が僅かに見開かれる。

 暖房が故障していなければ男性は凍死しなかった。つまり──。


「なんだね? もしやこの事故は山荘側の管理不十分で起きたのかね!?」


 被害者の上司である年配男性がいきり立つ。


「マジ?」

「やばくね?」

「それな」


 大学生らもざわめきだす。


「いぃえぇ、調子が悪いといっても室温が上がりづらいなどで、今まで電源が切れたりは……」


 オーナーは必死に弁明する。


「故障の予兆はあったということじゃないか!」

「あの人はそれで……!」


 同僚の男女も老人のオーナーを責め立てる。


「いえ、その、ひひ……」


 部屋の隅に追いつめられるように後ずさるオーナー。


「はーいストップ! まだ何も確定してないでしょー?」


 あかが間に入りヒートアップしそうな空気を収める。


「寄ってたかって、こんなおじいちゃんをイジメるのはよくないよ」


 あかの言葉に一同はばつが悪そうにテーブルに着いた。

 しかしもし事故の原因が暖房故障ならば、オーナーは管理責任を問われる。

 刑事事件に発展するだろうか。業務上過失致死。ニュースでよく聞く言葉だ。

 最悪刑務所? 執行猶予がつく?

 いずれにせよもう山荘の経営などできない。

 人殺しとそしられ、この土地に住むことすら……。

 オーナーはその場にへたり込む。

 そんな全てを失おうとしている老人の肩に、あおがそっと手を置いた。

 そして慰めの言葉でもかけるように、


「──いくら払える?」


 金銭を要求した。


「…………ひ?」


 ぼうぜんとするオーナー。


「これが事故などではなく殺人事件で、俺が犯人を暴いたとしたらいくら払える?」

「…………」


 オーナーは事情がみ込めないながらも、指を一本立てた。

 あおは三本立て返す。

 オーナーが二本。


「契約成立だな」


 その様子を見ていたあかあおに尋ねる。


「事件ってことでいいの?」

「ああ」

「仕方ないなぁ。ん、じゃあ名探偵あかちゃんの出番だね」


 あかは気持ちを切り替えてやる気に満ちた顔をする。


「いつものように先走ってひんしゆくを買うのはやめてくれよ」

「そのときはいつものようにフォローよろしくね」


 あかのウィンクにあおはため息を返す。


「警察が来る前にパパッと終わらせちゃおっか」


 そう言ってあかは立ち上がる。


「はい、ちゅうもーく!」


 あかはパンパンと手をたたき、場違いに明るい声で食堂の注目を一気に集める。

 今度は何事かと驚く目やいぶかしむ目に、あかは全くひるむことなく続けた。


「皆さんご存じの通り、不幸にもこの山荘で殺人事件が起きてしまいました。警察が到着するまで暇だと思うので、今のうちに犯人を特定したいと思いまーす」


 その提案に一同がざわつく。


「警察が来て捜査だ事情聴取だとかなったら半日か、下手したらそれ以上は拘束されちゃうからね。そんなの皆も嫌でしょ? うん、嫌ということで!」

「な、何を言っているんだね君は! そもそも犯人って……これは事故だろう!? それも山荘側の責任の!」


 年配男性がまくしたてる。


「確かに暖房故障の可能性もあるんだけどー、それよりも他の可能性の方が高いかなーって」

「他の可能性……?」

「うん。暖房うんぬんの前に、


 なぜ山荘の一室で人が凍死するほどの状況になったのか。


「ではここで第一発見者、いや第二かな? のあおに部屋の状況を説明してもらいましょう」


 あかがビシッとあおを指差した。


「ふむ。俺が駆け付けた時、部屋は窓が開いていて雪が吹き込んでいた。部屋の暖房はオフになっていた。また被害者は薄着のまま大の字で仰向けになっていた」


 あおは見た事実だけを述べる。


「そして部屋の鍵は元から開いていた。これはドアを開けたアンタが確認済みだな?」


 あおは被害者の同僚の男性に目を向ける。


「あ、ああ。ドアに鍵は掛かっていなかった……」


 それらの確認事項を聞いたあかは満足げにうなずく。


「うんうん。昨日は吹雪だったから寒かったよね? そんな中で窓が開けっぱで暖房が切れていたら凍死もやむなしだけど、でもさ、そんなに寒いのに人って死ぬまで大の字のまま仰向けで寝ていられるのかな?」


 一同は顔を見合わせる。


「寝ていても寒かったら人間は本能で体を丸めるもの。失神やこんすいのようなよほど深い眠りだったら別だけど」


 そして、とあかは続ける。