一章 双子の探偵 雪山山荘殺人事件 ①

 夜の雪山のとある山荘。談話室のソファには若い男女が座っていた。


「やーすっごい積もってきたねー。ゆきっ!」


 女子の方は赤いコートにウェーブの長い金髪。


「ふむ、念のためここで一泊にして正解だったか」


 青年の方は青いコートにショートの黒髪。

 上着も脱がず、ともに暖炉の前で体を温めていた。


「私としては二人一緒に車中泊でもよかったけど?」

「一晩中エンジンをかけたままでか? 車のマフラーが雪に埋もれて排気ガスが車内に逆流、一酸化炭素中毒で死亡。積雪時の代表的なタブーだな」

「じゃあ暖房切って抱き合って寝るとか!」

俺たちの車ビートルにはそんなスペースはないしあっても拒否する」

「む~あおのいけず~」

「それよりもあか、俺たちが今考えるべきは──」

「お待たせしましたお客さん。お部屋の準備ができましたよ」


 談話室に山荘のオーナーである老人が入ってきた。


「急な泊まりですまない」

「ひひ。いいえぇ、ちょうど一部屋空いてましたから」


 山荘を訪れた若い男女、あおあかは旅行の最中だった。

 二人は車で山越えの際に急な吹雪に見舞われ、大事をとって目についた建物に飛び込んだ。


「もう四月近いから降らないと思ったんだけどねー。窓が見えないぐらいびゅーって!」

「さすが豪雪地帯と言ったところだな。令和の世でも自然には逆らえないか」

「親切なオーナーさんがいて良かった~助かっちゃった」

「こんな吹雪の夜に山道を走るなんて命の保証はできませんからね。ひひひ……」


 オーナーは瞳が見えないほどまぶたの垂れた顔に、満面の笑みを浮かべて応対する。

 独特な笑い方のオーナーだが、親切なことに変わりはないだろう。

 山荘は時代を感じさせる木造二階建て。よく手入れされており内装はれいだ。


「ザ・雪山山荘って感じでい雰囲気だね」

「ふむ。オーナー、あとで公共スペースを撮っても?」

「えぇ構いませんよ。ああ、そうだそうだ。これを書いてもらうのを忘れていまして……」


 出されたのは宿泊者名簿だ。

 氏名、住所、職業など。旅館業法で定められた項目がある。

 職業を書かせるのは暴力団関係者などを排除するためである。


「個人経営の山荘にしてはしっかりとしているな」


 あおはペンを取り二人分の名前を書く。


 名前:つきあお つきあか

 住所:※※※ ※※※ ※※※※※ ※※※※

 職業:探偵


 これは双子の探偵が行く先々で起こる事件を名推理で解決するミステリー。

 などでは決してない。








 夜二十二時。208号室。

 二階の角部屋であるそこはシンプルな洋室だった。


「むむ! ベッドが一つしかない!? ベッドが一つしかないよあお! やったね!」

「この山荘には一人部屋しかないと説明があっただろう。俺はベッドを使わない」

「いやいや、二人で寝るところでしょここは」


 あかはベッドをバンバンとたたく。


「このとしで妹と寝る趣味はない」

「え~双子だから関係ないでしょ?」

「なぜ双子だと関係がないのかを論理的に説明してほしいが、それよりも今考えるべきことは飯のタネだ」

「飯のタネ? 宿泊代はもう払ったでしょ。ご飯のこと?」


 きょとんとするあかあおは神妙な面持ちで返す。


「雪に閉ざされた山荘。訪れた探偵俺たち。──つまり殺人事件が起きる」

「起きません」


 あおの予測はあかに即否定される。


あおったら相変わらず警戒心が強いというかなんというか……」

「ときにあか。ここに親切なオーナーが夜食代わりにと用意してくれたおにぎりがあるが、先に食べてくれ」

「別にいいけど、なんで?」

「睡眠薬を盛られているかもしれない」

「盛られてないよ!? というか妹に毒見させるの!?」

「俺が倒れたら今後の対応ができなくなる」

あかちゃん一人でもできますぅ~」


 文句を言いながらもおにぎりをほおばるあか

 その間にあおはベッドの下やコンセントカバーの中をチェックする。


「ふぁにしてるの?」

「飲み込んでから話せ。盗聴器や隠しカメラのチェックだ」

「んく、なんで?」

「ここのオーナーが猟奇殺人者で宿泊客を獲物にしていないとも限らない」

「してないから! 確かに独特な笑い方だったけど、あれは多分いい人!」


 するとコンコン、とノックの音がした。


「なんだろ?」

「俺が開けよう」


 ドアを開けるとオーナーが赤い容器を胸に抱えて立っていた。


「ひひひ、まだ起きていらっしゃいましたか」

「何か?」


 オーナーは部屋の中をのぞき見たあと、抱えていたものを差し出す。


「これは……?」

「ここのところ暖房の調子が悪いので、よければ湯たんぽをと……」


 それは枕ほどの大きさの赤いプラケースに熱湯を入れたもの。

 あおが差し出された二つの湯たんぽを受け取ると確かな温かさが伝わってきた。


「心遣い感謝する」

「私は一階のオーナー部屋におりますんで、何かありましたら遠慮なくお声がけください。もう寝てしまいますがどうぞ遠慮なく」


 ひひひ。と笑いながらオーナーは去っていった。


「やっぱり親切なオーナーさんじゃん」

「睡眠薬の効果を確かめに来たのかもしれない」

「眠ってない私が証拠」

「しかし……」


 眉間にしわを寄せながら、なおも食い下がるあおあかはあきれ顔をする。


「はあ、毎度のことだけど警戒しすぎるのも疲れない?」

「だがするに越したことはないだろう。俺たちなら……」

「そのときはこの名探偵あかちゃんがバシッと解決するから大丈ぶい」

「……」


 あおは信用できないという目をあかに向けてテレビの電源をつける。

 ちょうどやっていた気象ニュースのコーナーではこの吹雪は朝にはむことを伝えていた。


「ふむ、朝まで何も起きなければ大丈夫か」

「だからへーきだって。食べて安心したらなんか眠くなっちゃった」

「やはり睡眠薬か」

「生理現象です」

「だが食事で副交感神経が優位になって眠気を覚えるには早すぎる……血糖値の急上昇が原因か? もしやあか、糖尿病のリスクが……」

「チョップ! こんなはかなくもうるわしい乙女になんてこと言うの」

「? はかなくもうるわしい乙女……?」


 あおの目には気楽で能天気な妹しか映っていない。


「車移動で疲れたしもう夜も遅いでしょ。歯磨いてシャワー浴びて寝るから」

場は外の共同浴場しかない。今日は諦めろ」

「シャワーも浴びられないとか死活問題なんだけど! 一緒に寝たときに汗臭いって思われちゃうじゃん! それともそっちの方がいの? うそ、ずっと一緒にいたのにあおのそんな性癖知らなかった……」

「知らん。寝ない。違う」


 あかたわごとに頭痛を覚えながらあおは最低限の答えを返す。


「廊下の様子を見てくる。誰か来てもドアを開けるな。窓も念のため施錠しておけ」

「はーい」


 あおが廊下に出ると冷たい空気が足元を包んだ。

 ここは主にスキー客が泊まる二階建ての山荘だ。

 客室はすべて二階にあり201号室から208号室までの八部屋が通路の左右に並んでいる。


「俺たちの208号室が最後の一部屋だったな」


 つまりこの山荘の部屋はすべて埋まっていることになる。

 適当なドアに耳を近づけるとかすかににぎやかな声がする。大方スキー旅行にきた大学生が酒盛りでもしているのだろう。

 廊下の奥、208号室側には突き当りに観葉植物が。

 廊下の先、201号室側には一階へ続く唯一の階段がある。

 一階には食堂、談話室、受付ロビー、オーナーの部屋。

 なんの変哲もない山荘だ。


「さて、やるか……」


 あおは周囲に誰もいないことを確認し作業に取り掛かった。


§


 翌朝。

 あおあかは何事もなく朝を迎えて一階の食堂へと赴いた。

 テーブルがいくつか並んだこぢんまりとした食堂では、既に他の宿泊客が食事をっていた。


「おはようございます。こちらのテーブルへどうぞ、ひひひ」


 親切なオーナーが朝食の載ったお盆を配膳していく。


「ご飯におしるさけに目玉焼きに! ザ・朝食って感じだね」


 さっそくしたつづみを打つあかと違いあおは手を付けない。


「食べないの? 目玉焼きもらっていい?」

「メイン級を持っていこうとするな。周りの様子を見ていただけだ」


 吹雪はとうにみ、窓からはきらめく陽光が差し込んでいる。

 食堂には他に二グループの宿泊者たちがいた。