〈……ごめんなさい、颯太くん〉
他に好きな人ができたんです──。
高校入学から一か月ほどが経過した、ある日の放課後。
俺は付き合っていた彼女から、そんな衝撃的なカミングアウトをされてしまった。
「そ、そんな……噓だよね、江奈ちゃん!?」
前触れなんて全くなかった。つい昨日だって、放課後に仲良くデートしていたくらいだ。
なのに、今日になっていきなり電話してきたかと思ったら、「他に好きな人ができた」だって?
寝耳に水とはまさにこのことだ。
「い、嫌だなぁ、ははっ! 急にそんな冗談言うなんて、江奈ちゃんもお茶目なところが……」
〈ごめんなさい。でも、冗談とか、ど、ドッキリとか……そういうのでは、ないので〉
電話越しの彼女の声は、心なしか震えていた。
おいおい……マジで?
急にそんなことを言われても、どうすりゃいいのかさっぱり分からない。
忙しなく人の行きかう駅前広場で、俺は耳にスマホを当てたままポカンと突っ立っていた。
「ど、どういうこと!? 俺、なんか江奈ちゃんを怒らせるようなことしちゃったかな? 何か悪いところがあったなら教えてくれよ! 俺、全力で直すからさ! だからっ」
〈──えぇっと。盛り上がってるところ、ごめんね?〉
不意に、電話越しからハスキーな女性の声が聞こえてきた。江奈ちゃんの声じゃない。
びっくりして思わず耳からスマホを離したところで、画面がビデオ通話モードに切り替わる。
「……え?」
こちらも応答すると、画面の向こうにはもちろん俺の彼女がいた。
里森江奈ちゃん。俺の人生で初めてできた彼女。こんな状況でもなければ、このまま楽しくお喋りでもしたいところだ。
しかし、それよりも俺の目が吸い寄せられたのは、彼女の隣に立っている一人の女子だった。
〈おっ、繫がったかな。やっほー、彼氏くん。見てる?〉
そう言って、画面越しに手を振ってくるその少女には見覚えがあった。
少し青みがかった、緩いウェーブの長めショートヘアー。半眼気味ながらもぱっちりと大きな両の目には、エメラルドみたいに澄んだ翡翠色の瞳。化粧っ気なんか全然ないのに、目鼻立ちがくっきりと整った中性的な顔をしている。
早い話が、とにかくすこぶる顔が良くて透明感のある雰囲気の美少女だ。
「み……水嶋静乃!?」
〈お~。私のこと、知ってるんだ?〉
知ってるも何も、この学校じゃ知らない奴はいないほどの有名人じゃないか。
水嶋静乃──高校生離れした整った容姿に、文武両道な優等生。スタイルだって抜群だし、実際に雑誌のモデルなんかもやっているらしい。
そんな彼女のインスタのアカウントには、十代の若者を中心に数万人のフォロワーがいるとか。まさにティーン世代にとってのカリスマとでもいうべき存在だ。
そのクールビューティーでボーイッシュな見た目や言動から、男子はもちろん、女子からも「イケメン」「彼氏にしたい」などと絶大な人気を集めている。
「な、なんであんたが……?」
そうだよ。そんな、俺たちとはまるで住む世界が違うようなカリスマJKが、だ。
どうして江奈ちゃんと一緒にいるんだ?
〈う~んと。まぁ、つまりは……こういうこと、かな〉
そう言って、イケメン女子水嶋は隣にいる江奈ちゃんの肩をグイッと抱き寄せた。
「んなっ!? ま、ま、まさか……!」
〈そう。キミの彼女が言った『他の好きな人』っていうのは、何を隠そう、私のことでした~〉
〈も、もう、静乃ったら……恥ずかしいです〉
肩を抱かれた江奈ちゃんが「ポッ」と頰を赤らめる。
そんなっ! 彼氏の俺だって、まだまともにハグしたことなんか無かったのに!
〈そういう、わけなので……もう、私のことはすっぱりあきっ……諦めてください、颯太くん〉
「え、江奈ちゃん? 俺はっ」
微かに言葉を詰まらせながらも冷たく言い放つ彼女に、俺は縋るように呼びかけようとして。
〈話、終わった? じゃあ、私たちこれからデートだからさ。そろそろ切るね。バイバイ、彼氏くん……いや、元彼氏くん?〉
「お、おい! ちょっと待っ──」
ツー、ツー、ツー……。
通話が無慈悲に切られる。
悪い夢でも見ているような気分で、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。
佐久原颯太、十五歳。
高校一年生の春。
人生初の彼女を、同じ学校の人気モデルなイケメン女子に奪われました。
「────なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!?」