第一章 奪われた俺と、奪ったアイツ ①


 俺がちゃんと出会ったのは、中学三年の秋だった。

 とは言っても、彼女のことはこの学校の中等部に入学してすぐのころから知っていた。なにしろちゃんは、俺たちの学年の間ではちょっとした有名人だったからだ。

 まず、頭がい。ちゃんは学年で成績上位四十人しか入れない特別進学クラス、つうしよう「特進クラス」に所属する優等生だ。定期テストの成績順でも常に学年五位以内には入っている。

 次に、いえがらい。なんでも彼女は、俺たちの暮らすこの港町で代々貿易商を営んでいる旧家の生まれなんだとか。さすがにまんとかに出てくるような「ごれいじよう」というほどではないにしろ、いわゆる「いとこのおじようさん」ってやつだろう。

 そして何より、見目がい。れ羽色の長いくろかみに、ついになるような雪のごとく白いはだ。長いまつ毛の下からのぞくうすむらさき色のひとみが、清純で落ち着いたふんの彼女によく似合っている。まさに「せいれん」、「大和やまとなでしこ」といった四字熟語の代表例みたいな美少女だ。

 それにもかかわらず、そのいえがらぼうをひけらかすようなことはけしてなく、むしろだれに対しても敬語で接するような品行方正な人となりときた。

 いきおい、彼女とお近づきになりたい男子なんて同学年の中だけでもごまんといただろう。


(俺みたいなかげものなんて、卒業するまでにまともに話す機会すらないんだろうな)


 しかし、俺のそんな予想とは裏腹に、その機会はとつぜんやってきた。

 それは中学三年の十一月、うちの学校で毎秋にかいさいされる文化祭での出来事だ。

 当時、俺のクラスは出し物として十五分くらいの自主制作映画を作ることに決定。クラスでゆいいつの映画研究部部員だった俺は、半ば強制的にきやくほんその他もろもろし付けられたのだ。

 しかも、内容は「青春れんあいもの」。はっきり言って俺にはえんもいいところなテーマだ。

 それでもいんキャなりに必死こいて青春れんあい映画を勉強し、苦労してきやくほんを書き上げた結果。

 俺たちの映画は学年で一位、中等部全体で見ても上位に入るほどの集客率を記録した。

 とはいえ、好評の理由のほとんどは、ヒロインを演じた女子が男子人気の高いチア部の子だったから、というものだった。上映後のアンケートでも「ヒロインの女の子がわいかった」だのといった感想ばかりで、俺は正直うんざりしてしまっていた。

 だけど。


「この映画のきやくほんを書いたのって、あなたですか?」


 そんな中で一人だけ、そう言ってわざわざ俺を訪ねてきた女の子がいた。

 それがちゃんだった。

 聞けば、ちゃんは俺と同じく映画かんしようしゆで、休日に一人で映画館に足を運ぶこともよくあるという。

 だからこそ、というべきか。ちゃんは他の客とはちがい、俺が苦労して考えた物語の構成やストーリーにも注目してくれて、その上で「おもしろかった」と言ってくれたのだ。

 それまで全く接点はなかったけど、同じ映画好き同士ということで俺たちはすっかり意気投合。文化祭をきっかけに、それ以来よく二人で話すようになったのだ。


「そういえば、今週の土曜日ですよね? あの新作アニメ映画の公開日」

「ああ、あれか。おもしろそうだけど、あのかんとくの作品ってなんというか、『青春ド真ん中!』とか『エモさばくはつ!』みたいな感じでしょ? お客さんもリアじゆうカップルばっかりだろうし、ちょっといんキャが一人でに行くのはハードル高いっていうか、ね。ハハハ……」

「じゃ、じゃあ、あの……なら、どうですか?」

「え?」

「ち、ちなみに、なのですがっ。今週の土曜日は、私、何も予定がなくて、ですね……」

「……ええっ、と。なら、その……いつしよに、に行く? 土曜日」

「っ! はい、ぜひ!」


 やがて学校が冬休みにとつにゆうするころには、連れ立って映画をに行くほどの仲になっていて。

 このころには多分、さすがに俺たちもおたが、と思う。

 同じ映画好き同士で、好きな作品について存分に語り合える仲間。

 だけどもう、きっとそれだけでは足りなくて。

 この関係がこわれるかもしれないと分かっていても、あと一歩をみ出したくて。

 もう二人の内のどちらが先にその一歩をみ出してもおかしくなくて。

 だから、俺とちゃんの関係が「気の合う友人」から「こいびと」に変わるまでに、そう長い時間はかからなかった。

 ──それが、わずか数か月でしゆうえんむかえることになるはかなこいになるなんて、もちろんこの時の俺は知るよしもなかったのだが。



 私立みなと学園は、市内でも結構な進学校として名高い中高いつかん校だ。


「自由な校風」と「世界に羽ばたく人材育成」をモットーにしているとかで、カリキュラムや学校行事なんかも、生徒の自主性を尊重したり国際色豊かだったりするものが多い。

 そんな意識高い系の学校なだけあって、生徒は男子も女子もレベルの高いやつが多い。どいつもこいつも育ちの良さが外見にも表れているのか、美男美女率が高いのだ。

 しかし、当然だが一部には例外も存在する。そんなキラキラ男女たちがキラッキラなスクールライフを送っているかげで、モノクロの青春を送っているやつだっている。

 例えばそう、いまこの一年四組の教室のすみっこで、死んだ魚みたいな目をしながらゾンビみたいなうめき声をあげている男子。こいつなんかがい例だろう。

 ……まぁ、俺のことなんですけどね。


「ありゃまぁ。それはなんというか、ごしゆうしようさまだったね~」


 ひとつ前の席にすわる級友、ぐちが、机にす俺に向かって手を合わせる。

 俺がちゃんにフラれてしまったことを聞いての第一声である。


「でも、僕が見てるぶんには特に険悪そうじゃなかったけどなぁ。なんでフラれちゃったのさ? もしかして……無理やりエッチなことでもしてきらわれちゃったとか?」

「は、はぁっ!?」


 思わずとんきような声をあげて立ち上がってしまう。教室でだんしようしていたクラスメイトたちの視線が、いつせいに俺に集まった。


「あ、あっはは……すみません、はい……」


 引きつったあいわらいで頭を下げつつ、俺は声をひそめてぐちに言い返す。


「するわけないだろ、そんなこと!」


 むしろ逆だ。中三の冬休み明けに付き合い始めてからのこの四か月、俺はちゃんとはとても清いお付き合いをしていた。

 もちろん、俺もとしごろの男子高校生だし、に興味が無いわけじゃない。

 だけど、なにしろ相手は旧家のおじようさんだぞ? 俺みたいなドしよみんぞうかつにも手を出したりした日には、どんな制裁が待っていることか。男子人気の高さに反してこれまでちゃんにいたうわさが無かったのも、きっとそういった理由からにちがいない。

 それでなくともせいで優等生な彼女のことだ。付き合ったばかりなのにそんな風にベタベタされるのはいやがるだろうと思って、手をにぎったことだってほとんどない。

 彼女がいやがりそうなことは、極力しないようにしてきたつもりだ。


「じゃあ、なんでフラれたわけ?」

「それは……言いたくない」


 知らぬ間に彼女がうわをしていて、しかもその相手が女子でした……なんて、そんな情けないこと言えるわけがない。

 いやまぁ、最近じゃ同性同士のれんあいめずらしくないって聞くし、ましてや相手があのイケメン美少女のみずしまとくればなおさらだろう。だけど、それにしたって男としてほとほと情けない。

 ああほんと、初めて彼女ができたって、かれていた俺がバカみたいだ。


「きっとこのまま二度と彼女もできずに、ひとりさびしく死んでいくんだ、俺は……」