第一章 奪われた俺と、奪ったアイツ ②

「え~、そうかな? そうって昔から根はやさしくて良いやつだし、好きになる女の子は結構いると思うけど。ちょっとくつすぎるんじゃない? ほら、小四の時に行った遠足でも……」

「あーはいはい、めてくれてどーも。ったく、モテる男はお世辞もいよな」


 ぐちとは小学生の時からの付き合いだが、昔から女の子にモテるのはいつもこいつの方だった。いわゆるわいい系イケメンってやつ? 特に年上のお姉さん方からの人気は絶大だ。まったくうらやましいことですな。

 ぐちの気休めを適当にあしらって席を立ち、俺は用を足すために教室を後にした。

 りのトイレはこの時間はきっと混んでいるので、少しはなれた場所にあるひとの少ないトイレに向かう。もうすぐHRが始まるし、さっさと済ませよう。


「はぁ~あ。こんなことになるなら、最初から独り身のままで良かったよ……」


 そんなこぼしつつ、手を洗ってトイレから出たところで。


「あ、出てきた」

「……は?」


 外で待ち構えていたその人物に、俺は思わず目を見開いた。


「おはよ、かれくん。いや、はらそうくん、だったっけ?」

「お、お前はっ!?」


 俺の前に立ちふさがったのは、まさに昨日、俺の彼女をうばい去った張本人。

 カリスマJKなイケメン美少女、みずしましずだった。


「ちょっといいかな? 話したいこと、あるんだけど。……二人きりで」



「ごめんね、急に呼び出しちゃって」


 俺をひとのない階段のおどり場に連れてくるなり、みずしまはそう言った。


「……いきなりやってきて何の用だよ」


 いわば自分にとってのこいがたきである彼女を前にして、俺は自然とぶっきらぼうな口調になる。

 ていうか、の彼女をうばっておいて、次の日にその元カレの前にノコノコ姿を見せるとか、どういう神経してるんだこいつは。


ちゃんのことだよ。もしかしたら二つほど誤解があるかもしれないな、と思って」


 みずしまの答えに、俺はピクリとまゆを動かした。


「誤解?」

「うん。もしかしたらキミは、私がちゃんを無理やりうばったんだと思ってるかもしれないけど、まずそれが誤解なんだよ」


 みずしまおどり場のかべに寄りかかってうでを組む。

 格好こそブラウスにスカートとつうの女子制服だが、そこはさすがにげんえきモデル。

 そんなちょっとした仕草でも、くやしいがとても様になっていてカッコよく見えてしまう。

 ……って、なにめてんだ俺! 人気モデルだろうが、相手はこいがたきだぞ!


「な、何が誤解なんだよ?」

「う~ん、これをキミに言うのはちょっと気が引けるんだけど……ちゃんの気持ちは、もともとキミからはなれ気味だったみたいなんだよね」

「えっ?」

「『気が合うと思って付き合ってみたけど、実際はそうでもなかった』、ってさ。だからキミをフッて、ちゃんの方から私の所に来たんだよ」

「んなっ!? ……い、いやっ、うそだね。俺は信じないぞ」


 だって、つい一昨日おとといまで二人で仲良くやってたんだぞ?

 放課後はほとんど毎日いつしよに寄り道していたし、もちろん休みの日にはいつしよにデートだってした。くちげんのひとつもしたことがないくらいだ。

 ちゃんの気持ちがはなれ気味だったなんて、そんなりは一度も……。


「まぁ、私はあの子から聞いたままを言っただけだし、信じるかどうかはキミの自由だけど」


 俺が必死に否定しても、みずしまは相変わらずたんたんと告げてくる。


「たしかに、同じ特進クラスになって、あの子と色々おしやべりしたり、色々と相談されるような仲になっていたのは認めるよ。でも、付き合って四か月のキミから、知り合って一か月の私にアッサリ乗りえちゃうってことは……やっぱり、そういうことなんじゃない?」


 うちの学校は中高いつかん。中等部の生徒はエスカレーター式に高等部に進むシステムである。

 それに加えて毎年、別の中学からうちを受験して高等部に入ってくる「外部進学生」というやつらがいる。みずしまもその一人だ。

 だからみずしまの言う通り、こいつとちゃんは一か月前に知り合ったばかりのはずなんだ。

 それなのに、俺を捨ててこいつを選んだということは……。


「そ、そんな……ちゃん……」


 いや──よく考えれば、そもそも俺みたいないんキャオタクと四か月も付き合ってくれたこと自体、せきみたいなもんじゃないか?

 仲良くやれていると思っていたけど、本当は俺の知らないところで、ちゃんをガッカリさせてしまっていたのかもしれない。

 この四か月、「楽しい」「気が合う」と思っていたのは俺だけで。

 みずしまの言う通り、もしかしたらちゃんの方はとっくに冷めていたのかも……。


「いやぁ、そこまで悲しそうな顔をされると、さすがに罪悪感がはんないよね」

「う、うるさい! お前にだけは言われたくない! っていうか、わざわざそんなことを言うために俺を呼び出したのか? の上にとはしゆだな、上等だぜ!」


 ちょっとウルっとしてしまった目元をゴシゴシぬぐって、俺はみずしまをキッとにらんだ。

 とっくに勝負は決している感があるが、せめてこれくらいは言い返さなきゃ気が済まない。


「はは。それ、何かの映画のセリフ?」


 けれど、みずしまは俺の負けしみにも気を悪くするようなりを見せず、それどころかなぜかニンマリとしたみをかべながら、ツカツカと俺に近づいて来た。


「まぁまぁ、落ち着いてよ。誤解は二つある、って言ったでしょ?」

「は?」


 フフフ、とおんみをかべながら、みずしまはどんどん俺の顔に自分の顔を近づけてくる。こうすいでも着けているのか、彼女の体からきんもくせいのようなあまい香りがただよってきた。

 いきなり至近きよせまってきたそのぼうどうようして、俺は思わず後ずさる。


「ちょ、おまっ、何のつもりだ!?」


 俺はとうとうかべぎわまで追いめられてしまい、それ以上は後退しようがない。

 そんな俺のりようわきかべに手をついて、つまり両手でかべドンをするような体勢で、みずしまが俺の真正面に立ちふさがった。

 みずしまは高一の女子にしてはかなりタッパがある。俺の身長とほぼ変わらないということは、少なくとも百七十センチはえているだろう。こうして相対するとなかなかのはくりよくだ。


「もしかしたらキミは、私のねらいはちゃんだと思っていたのかもだけど、それは誤解」

「な、何を言って……?」

「本当にしいのは──


 ふと気付けば、みずしまはうっすらとほおを赤く染め、どこかこうこつとした表情で俺を見つめていた。

 だんのクールでボーイッシュなそれとはちがい……なんというか、エモノを追いめたひようのような顔とでもいうべきか。あのみずしましずがこんな顔をするところなんて、初めて見た。

 というかこいつ、いま俺の事を名前で呼び捨てにしなかったか?


「お、おい、みずしま?」


 ガラリとふんを変えた彼女にこんわくしていると、みずしまはさらにとんでもないことを口走った。


「ねぇ、そう。──私と付き合ってよ」



「……あの女、一体なにが目的なんだ?」


 もんもんとした気分のまま午前の授業を終えた昼休み。

 こうばいへと続くろうを歩きながら、俺は今朝の出来事をり返っていた。


『私と付き合ってよ』


 みずしまの口からしようげき的なセリフが飛び出したあと。