第一章 奪われた俺と、奪ったアイツ ③

 ちょうど朝のHRが始まるチャイムが鳴りひびき、あの場は結局そこで解散となった。

 去りぎわに「話の続きはまた後で」なんて言っていたが……正直、あいつが何を考えているのか俺にはさっぱりわからなかった。

 本当のねらいはちゃんじゃなくて、俺だった?

 俺からちゃんをうばっておきながら、今度はその俺に「付き合って」だと?


「だめだ、頭がこんがらがってきた……あっ」


 けんにシワを寄せたままこうばいへとたどり着いた俺は、順番待ちをする生徒たちの列の中に、見知った女の子の姿を見つけた。


ちゃん……」


 俺の視線の先で、ちゃんは友達らしい女子二人と列に並びながらだんしようしていた。

 口に手を当ててほほんだり、友達のじようだんに困り顔をかべたり、なんだか楽しそうだ。

 ああ、やっぱりわいいよなぁ、ちゃん。

 なぁおい、信じられるか? つい一昨日おとといまで、あの子俺の彼女だったんだぜ?


「……あ」


 ついじっと見つめてしまっていると、不意にちゃんと目が合った。

 いつしゆんおどろいたように目を見開いた彼女は、それでもすぐに俺から視線をらしてしまう。

 どうやら、もう俺とは顔も合わせてはくれないようだ。


「はぁ……女の子って、こわいなぁ」


 軽く泣きそうになりながら、俺もちゃんたちがいるのとはちがう列にとぼとぼと並んだ。

 悲しいかな、どんなに気分が落ち込んでいてもお構いなしに腹は減るのが、育ちざかりの男子高校生というものである。


「はい、次の人!」


 やがて俺の順番がやってきて、こうばいのおばちゃんが注文をうながしてくる。


「えっと、特製コロッケパンとチョココロネを一個ずつください」

「あ~、ごめんね! どっちもちょうど売り切れちゃったよ!」

「え、あ、そう……すか」

「パンはコッペパンなら残ってるんだけどもね! どうする?」


 おばちゃんは早く俺の注文を片付けて次にいきたいらしい。

 かすような言葉に流されて、俺はとつに「あ、じゃ、コッペパンで」と答えてしまった。


「今日に限って売り切れなんて……やくだな」


 つくづくメンタルがけずられる一日だ。俺は食べたくもないコッペパン片手にこうばいを後にする。

 そうして、どこか静かな場所で昼休みをやり過ごそうと校舎内をうろついていると。


「えい」

「あでっ」


 不意に背中に何かが当たり、俺は反射的にり返った。

 こ、この聞き覚えのあるハスキーボイスは……。


「や、そう。さっきぶり」


 果たして、り返った先にいたのはみずしまだった。

 その手には小さなビニールぶくろ。さっきはこれを俺の背中にぶつけてくれやがったらしい。


「……なんだよ。まだ俺になんか用があるのか?」

「そりゃあるよ。さっきの話の続き、しようと思って」


 そう言って、みずしまは手に持ったビニールぶくろかかげ上げた。

 中にはこうばいで買ったらしいパンやらパック飲料なんかが入っている。


「お昼、いつしよに食べない?」

「はぁ? なんで俺がお前なんかと」

「え~、いいじゃん。すごくレアだよ? 私からだれかをお昼にさそうなんてさ」


 たしかに、あの人気モデルでカリスマJKなみずしましずサマからのおさそいだ。

 つうの男子なら、いや女子でも、喜んで付いていくところだろう。むしろ、自分たちの方から「ごいつしよさせてください」とたのやつがほとんどにちがいない。

 だがしかし、いまやこの女は俺の彼女をうばった宿敵以外の何でもない。

 いつしよに仲良くランチタイムなんて、そんなのまっぴらごめんだぜ。


いやだ。というか、ちゃん……はどうしたんだよ。俺なんかより『こいびと』といつしよに過ごす方がいいんじゃありませんかね?」


 き捨てるような俺のセリフに、みずしましようする。


「まぁまぁ、そう言わずに。いつしよにお昼ご飯たべようよ。いいでしょ、そう?」

「やかましい。さっきからそうそうれしいぞお前。いやだって言ってるだろ」

「そう言われてもほら、もうキミの分の特製コロッケパンとチョココロネも買っちゃったからさ。たしかそうのお気に入りなんだよね、これ?」

「む……」


 みずしまがビニールぶくろの中身を見せてくる。中にはたしかに二人分のパンが入っていた。


「……なんでお前が俺のお気に入りを知ってるんだよ」

「前にちゃんから聞いたんだよ」


 ちゃん、みずしまにそんなことを話してたのか。

 食べ物の好みが子供っぽい、とか、そんなでも言っていたのかな……。


「だから、ね? いつしよにランチしようよ。それにそんなコッペパン一つじゃ、そうだっておなかいっぱいにならないでしょ?」


 そう言ってみずしまが特製コロッケパンを俺の鼻先にし付けてくるもんだから、不覚にも「ぐぎゅるる」と腹の虫が鳴ってしまった。

 ちくしょう、こんな時くらい空気を読んで大人しくしてろよ、俺の食欲!


「ふふふ。口ではいやがっていても、体は正直だね、そう?」

「変な言い方すんな!」


 俺はし付けられたコロッケパンを無造作に受け取った。


「…………食ったらすぐ帰るからな」

「決まりだね。やった」


 俺がしぶしぶながらも相席をしようだくすると、みずしまは心底うれしそうに小さくガッツポーズしてみせた。

 それからくるりと回れ右して「じゃあ行こうか」とうながしてくる。

 仕方なく後をついていってみれば、やがて辿たどり着いたのは本校舎の屋上だった。


「う~ん、風が気持ちいいね」


 がいえんを高いフェンスで囲まれた広い屋上には、ちょっとした庭園やベンチなんかもある。

 天気もいし、おまけに今は俺たち以外にだれもいないらしい。たしかに、ゆっくりランチタイムを過ごすには絶好の場所だろう。

 まぁ、俺はべつに長居をするつもりはないのだが。


「で、話の続きってのはなんなんだ?」


 さっさと用件を済ませて帰りたかったので、俺は単刀直入に切り出した。

 せっかちだなぁ、とかたすくめて、みずしまはそよ風になびく自分のかみをおもむろにかき上げる。

 本人は意識していないみたいだが、いよいよファッション誌の表紙みたいなづらになっていた。マジで外見だけはめちゃくちゃいよな、こいつ。


「答え、聞かせてよ」

「『答え』って……今朝ののか?」

「うん。そう」

「アホらしい。だれがあんなウソを真に受けるんだっての」


 俺が鼻で笑い飛ばしてやると、みずしまはきょとんとした顔で首をかしげた。


「ウソ?」

「ああそうだよ」


 うすうす感じてはいたことだった。

 実はちゃんじゃなくておれねらいだったとか、俺と付き合いたいだとか。

 そんなのはどうせ全部、俺をからかっておもしろがるためのうそに決まってる。

 みずしまほどのハイレベル女子が俺みたいなえないモブ男子に近づいてくる理由なんて、それくらいしか思いつかなかった。


「お前が俺の彼女をうばったことは、この際もういい……いやよくないけど。でも、ちゃんが俺にあいかしたっていうなら、きっとそれは俺がなかったせいだ。俺が……ちゃんとり合うほどの男じゃなかった、ってだけの話だ」


 さっきのちゃんの態度からも、すでに彼女の心に俺の居場所がないことは十分わかった。

 ちゃんがだれと付き合おうと、それに今さら元カレおれがしゃしゃり出てとやかく言うのは、もはやすじちがいってもんだろう。


「だから、俺はもうお前に『ちゃんを返せ』なんて言うつもりはない。その代わり、お前ももう俺の事はほっといてくれ。こんな負け犬イジメたって、大して楽しくないだろ?」