第一章 奪われた俺と、奪ったアイツ ④

 言うだけ言って、俺はヤケクソ気味にみずしまからもらった特製コロッケパンにかぶりつく。

 パンにみ込んだソースの酸味が、何だかいつもより強く感じた。


「……ふっ」


 ぽかんとした顔で俺の話を聞いていたみずしまは、けれどやがて口元に手をあててクスクスと笑い始めやがった。


「おい、何がおかしいんだ」


 このおよんでまだ俺をコケにしようっていうのか。

 さすがにイラつきを覚えてしまったが、みずしまの口から飛び出したのは意外な言葉だった。


「ごめん、ごめん。なんか、すごくおかしな方向にかんちがいしてるな、と思って」

かんちがい?」


 今度は俺がきょとんとする番だった。

 ハの字に寄せていたまゆもどして、みずしまが口を開く。


「べつに、そうをいじめようなんてつもりはサラサラ無いよ」

「はぁ? なら、どういうつもりで俺に『付き合って』なんて……」

「そんなの、私がそうのことを好きだからに決まってるじゃない?」


 みずしまはさも当たり前みたいな顔をしてそう言ってのけた。

 あまりにもあっさりと告げられた、愛の告白。いつしゆん何を言われたのか理解できず、俺は食べかけのコロッケパンを片手にちようぞうみたいに固まってしまった。


「あれ? お~い、だいじよう?」


 俺の目と鼻の先で、みずしまきやしやな手のひらが上下にれる。

 ハッ、と我に返って、俺は二歩、三歩と後ずさった。


「お、お前いま、なんて……?」

「ん? だから、私はそうのことが好き、って。あ、もちろん異性としてね」


 いやいやいや、おかしい。絶対におかしいって。

 学校一のイケメン美少女で、人気モデルなカリスマJKで、男だろうと女だろうと選び放題にちがいない、そんなみずしまが。

 よりにもよって、こんなモブキャラ同然の俺なんかのことが、好き?

 ありえない。ちゃんに告白された時と同じくらい、いや、それ以上のしようげきだった。


「……まだ、俺をからかおうっていうのか?」


 やっぱりそれくらいしか可能性が思いつかなかった。

 だけど、俺が向けた疑いのまなしを、みずしまはいたってしんけんな顔で真正面からむかった。


「ううん。ちがうよ」

「じ、じゃあ……本気、なのか?」

「本気だよ。最初から」


 正直、百パーセント信じ切れるかと言えば、答えはノーだ。

 常にひようひようとした態度をくずさないし、こいつの言動のどこまでがうそでどこまでが本気なのか、俺には全くわからない。

 だからといって、みずしまうそいていると断言できるかと言えば、それもまた答えはノーだった。それくらい、今の彼女の態度はしんけんそのものに見えた。


「ね? だから、私と付き合ってよ」


 俺のことが好き。だから俺と付き合いたい。

 そういうことなら話の筋は通っている。


「自分から近付いといて、たった四か月でくらえしちゃったわけでしょ? ちゃんは」


 たしかに、俺がなかったせいだとしても。


「でも私はちがう。本当にそうの事が好き。何があっても、キミを裏切ったりなんかしない」


 事実だけを見れば、ちゃんが俺を裏切ったことに変わりはないのかもしれない。


「だから、ね? ──私にしときなよ。あんなしりがる女じゃなくってさ」


 どこかしようすら感じさせる、さそうようなみずしまのセリフに。


「──いや。つうに無理、だけど」


 けれど、俺はきっぱりと首を横にった。


「……え? なんで?」


 俺の返答に、みずしまは心の底から不思議そうに目をぱちくりさせる。

 まさか断られるとは思ってもみなかった、という顔だ。こいつ、マジか。


「あのなぁ……百歩、いや千歩、いやもうゆずれるだけじようして、お前が本当に俺のことが好きで告白してるんだとしても、だ。それで俺が『じゃあ付き合おう』って言うとでも思ったのか?」

「え、うん」


 そくとうかよ。なんでそこまで勝利を確信できるんだよ。


「だって、そうっていまフリーでしょ?」

「そういう問題じゃ……いや俺がフリーになったのはお前のせいでもありますよね!?」


 いたって真面目な顔でアホなことをつぶやきながら、みずしまがぎゅっとむなもとうでを組んだ。

 ブラウスしでもよくわかる豊かなそうきゆうがぐいっとし上げられるもんだから、俺はっ込みつつも目のやり場に困ってしまう。こいつ、本当に高一かよ……じゃなくて。


「お前にはもうちゃんっていうこいびとがいるだろ。そのうえ俺とも付き合うっていうのは、そりゃ完全にうわだろうが」


 みずしまむなもとから視線をらしつつ、俺はビシリと正論をきつけた。

 それでも、みずしまはケロッとした表情をくずさない。


だいじようじゃない? ちゃんは女子のこいびとで、そうは男子のこいびと。ほら、ちゃんとすみ分けできてるから問題ナシ。というか、そもそも私の本命はそうの方だし」

「いや、そのくつはおかしい」


 こいつ……頭いくせに、ひょっとしてバカなんじゃなかろうか?

 いや、もしかしてみずしまほどの陽キャラにとっちゃ、こいびとが何人もいるなんてのはごくつうのことなんだろうか? だとしたら、俺みたいないんの者にとってはまったく別世界のお話だ。


「はぁ……なぁみずしまさんよ。少しは俺の立場にもなって考えてみてくれ」


 たしかにみずしまは美人だし、人気者だし、だれもがあこがれる存在だろう。

 本心で言っているのかははなはだ疑わしいが、正直、そんな彼女に「好きだ」と言われて全くうれしくないと言えばうそになる。

 しかし、それでもこいつが俺の宿敵である事実はらがない。

 いくら人気者で顔が良くても、ネズミがねこれんあい対象として見るなんてのは無茶なお話だ。


「要するにだ。そもそもうわになっちまう上に、俺は別にお前のことが好きじゃない。だからお前とは付き合わない。以上。おわかり?」


 俺がきっぱりそう言うと、それまではクールな顔を保っていたみずしまが初めて不満げにまゆを寄せた。だんの大人っぽい彼女とは反対に、子供みたいにぶすっとっぺたをふくらませている。


「なんだよ、そのはんこう的な目は」

そうのケチ。いいじゃん、付き合ってくれるぐらい」

「ケチで結構。話は終わりか? なら俺はそろそろ帰るからな」


 言って、俺が屋上のとびらへと向かおうとすると。


「じゃあ、しよう」

「は? 勝負?」


 また訳の分からないことを言い出したぞ、こいつは。

 俺がしぶしぶり返った先では、みずしまいたずらっぽいみをかべていた。


「一か月」


 みずしまが、白魚みたいにきやしやな人差し指をピンと立てる。


「一か月だけ、私と『おためし』で付き合ってよ。そして一か月後、私はもう一度キミに告白をする。そこでキミが今日と同じように私の告白をっぱねられたらキミの勝ち。その時はいさぎよあきらめるよ。もうしつこくせまったりしないって約束する」


 そこでいつたん言葉を切ったみずしまが、ツカツカと俺の目の前まで近づいてくる。

 ピンと空に向けていた人差し指を、今度は制服の上から俺の心臓の辺りにトンとあてがった。まるでじゆうこうでもきつけられているような気分だ。


「でも、もしキミが私の告白を受け入れちゃったら、私の勝ち。そうには大人しく私のこいびとになってもらう。つまりこれは、私が一か月でそうのことをこうりやくできるかどうかの勝負ってこと」

「いやいや、なんだそりゃ? なんで俺がそんなめんどうなことに付き合わなきゃいけないんだよ」