言うだけ言って、俺はヤケクソ気味に水嶋から貰った特製コロッケパンにかぶりつく。
パンに染み込んだソースの酸味が、何だかいつもより強く感じた。
「……ふっ」
ぽかんとした顔で俺の話を聞いていた水嶋は、けれどやがて口元に手をあててクスクスと笑い始めやがった。
「おい、何がおかしいんだ」
この期に及んでまだ俺をコケにしようっていうのか。
さすがにイラつきを覚えてしまったが、水嶋の口から飛び出したのは意外な言葉だった。
「ごめん、ごめん。なんか、すごくおかしな方向に勘違いしてるな、と思って」
「勘違い?」
今度は俺がきょとんとする番だった。
ハの字に寄せていた眉を戻して、水嶋が口を開く。
「べつに、颯太をいじめようなんてつもりはサラサラ無いよ」
「はぁ? なら、どういうつもりで俺に『付き合って』なんて……」
「そんなの、私が颯太のことを好きだからに決まってるじゃない?」
水嶋はさも当たり前みたいな顔をしてそう言ってのけた。
あまりにもあっさりと告げられた、愛の告白。一瞬何を言われたのか理解できず、俺は食べかけのコロッケパンを片手に彫像みたいに固まってしまった。
「あれ? お~い、大丈夫?」
俺の目と鼻の先で、水嶋の華奢な手のひらが上下に揺れる。
ハッ、と我に返って、俺は二歩、三歩と後ずさった。
「お、お前いま、なんて……?」
「ん? だから、私は颯太のことが好き、って。あ、もちろん異性としてね」
いやいやいや、おかしい。絶対におかしいって。
学校一のイケメン美少女で、人気モデルなカリスマJKで、男だろうと女だろうと選び放題に違いない、そんな水嶋が。
よりにもよって、こんなモブキャラ同然の俺なんかのことが、好き?
ありえない。江奈ちゃんに告白された時と同じくらい、いや、それ以上の衝撃だった。
「……まだ、俺をからかおうっていうのか?」
やっぱりそれくらいしか可能性が思いつかなかった。
だけど、俺が向けた疑いの眼差しを、水嶋はいたって真剣な顔で真正面から迎え撃った。
「ううん。違うよ」
「じ、じゃあ……本気、なのか?」
「本気だよ。最初から」
正直、百パーセント信じ切れるかと言えば、答えはノーだ。
常に飄々とした態度を崩さないし、こいつの言動のどこまでが噓でどこまでが本気なのか、俺には全くわからない。
だからといって、水嶋が噓を吐いていると断言できるかと言えば、それもまた答えはノーだった。それくらい、今の彼女の態度は真剣そのものに見えた。
「ね? だから、私と付き合ってよ」
俺のことが好き。だから俺と付き合いたい。
そういうことなら話の筋は通っている。
「自分から近付いといて、たった四か月で鞍替えしちゃったわけでしょ? 江奈ちゃんは」
たしかに、俺が不甲斐なかったせいだとしても。
「でも私は違う。本当に颯太の事が好き。何があっても、キミを裏切ったりなんかしない」
事実だけを見れば、江奈ちゃんが俺を裏切ったことに変わりはないのかもしれない。
「だから、ね? ──私にしときなよ。あんな尻軽女じゃなくってさ」
どこか魔性すら感じさせる、誘うような水嶋のセリフに。
「──いや。普通に無理、だけど」
けれど、俺はきっぱりと首を横に振った。
「……え? なんで?」
俺の返答に、水嶋は心の底から不思議そうに目をぱちくりさせる。
まさか断られるとは思ってもみなかった、という顔だ。こいつ、マジか。
「あのなぁ……百歩、いや千歩、いやもう譲れるだけ譲歩して、お前が本当に俺のことが好きで告白してるんだとしても、だ。それで俺が『じゃあ付き合おう』って言うとでも思ったのか?」
「え、うん」
即答かよ。なんでそこまで勝利を確信できるんだよ。
「だって、颯太っていまフリーでしょ?」
「そういう問題じゃ……いや俺がフリーになったのはお前のせいでもありますよね!?」
いたって真面目な顔でアホなことを呟きながら、水嶋がぎゅっと胸元で腕を組んだ。
ブラウス越しでもよくわかる豊かな双丘がぐいっと押し上げられるもんだから、俺は突っ込みつつも目のやり場に困ってしまう。こいつ、本当に高一かよ……じゃなくて。
「お前にはもう江奈ちゃんっていう恋人がいるだろ。そのうえ俺とも付き合うっていうのは、そりゃ完全に浮気だろうが」
水嶋の胸元から視線を逸らしつつ、俺はビシリと正論を突きつけた。
それでも、水嶋はケロッとした表情を崩さない。
「大丈夫じゃない? 江奈ちゃんは女子の恋人で、颯太は男子の恋人。ほら、ちゃんとすみ分けできてるから問題ナシ。というか、そもそも私の本命は颯太の方だし」
「いや、その理屈はおかしい」
こいつ……頭良いくせに、ひょっとしてバカなんじゃなかろうか?
いや、もしかして水嶋ほどの陽キャラにとっちゃ、恋人が何人もいるなんてのはごく普通のことなんだろうか? だとしたら、俺みたいな陰の者にとってはまったく別世界のお話だ。
「はぁ……なぁ水嶋さんよ。少しは俺の立場にもなって考えてみてくれ」
たしかに水嶋は美人だし、人気者だし、誰もが憧れる存在だろう。
本心で言っているのかは甚だ疑わしいが、正直、そんな彼女に「好きだ」と言われて全く嬉しくないと言えば噓になる。
しかし、それでもこいつが俺の宿敵である事実は揺らがない。
いくら人気者で顔が良くても、ネズミが猫を恋愛対象として見るなんてのは無茶なお話だ。
「要するにだ。そもそも浮気になっちまう上に、俺は別にお前のことが好きじゃない。だからお前とは付き合わない。以上。おわかり?」
俺がきっぱりそう言うと、それまではクールな顔を保っていた水嶋が初めて不満げに眉を寄せた。普段の大人っぽい彼女とは反対に、子供みたいにぶすっと頰っぺたを膨らませている。
「なんだよ、その反抗的な目は」
「颯太のケチ。いいじゃん、付き合ってくれるぐらい」
「ケチで結構。話は終わりか? なら俺はそろそろ帰るからな」
言って、俺が屋上の扉へと向かおうとすると。
「じゃあ、勝負しよう」
「は? 勝負?」
また訳の分からないことを言い出したぞ、こいつは。
俺が渋々振り返った先では、水嶋が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「一か月」
水嶋が、白魚みたいに華奢な人差し指をピンと立てる。
「一か月だけ、私と『お試し』で付き合ってよ。そして一か月後、私はもう一度キミに告白をする。そこでキミが今日と同じように私の告白を突っぱねられたらキミの勝ち。その時は潔く諦めるよ。もうしつこく迫ったりしないって約束する」
そこで一旦言葉を切った水嶋が、ツカツカと俺の目の前まで近づいてくる。
ピンと空に向けていた人差し指を、今度は制服の上から俺の心臓の辺りにトンとあてがった。まるで銃口でも突きつけられているような気分だ。
「でも、もしキミが私の告白を受け入れちゃったら、私の勝ち。颯太には大人しく私の恋人になってもらう。つまりこれは、私が一か月で颯太のことを攻略できるかどうかの勝負ってこと」
「いやいや、なんだそりゃ? なんで俺がそんな面倒なことに付き合わなきゃいけないんだよ」