第一章 奪われた俺と、奪ったアイツ ⑤

 そもそも、仮に一か月間「おためし」とやらで付き合ったとしても、それで俺がこいつの告白を受け入れるなんてことはありえない。

 だって、好きじゃないんだもの。初めから勝負は見えているじゃないか。

 大した利があるわけでもなし、やるだけ時間のってもんだ。


「どう? 勝負してみない?」

「断る。俺には何のメリットもない勝負だ」

「なら、追加ほうしゆう。そっちが勝ったら──私がなんでも一つ言う事を聞いてあげる」


 みずしまが不意に俺の耳元にくちびるを近づけて、ささやくようにそう言った。

 至近きよから聞こえてくるハスキーボイスに、サラサラなかみからただよきんもくせいの香り。

 とつじよとして耳と鼻を同時にげきされ、俺は「へぅおん!?」と自分でも笑っちまうくらいに変な声を上げてしまった。


「お、お前っ、その急に近づいてくるのやめろって!」

「ごめん、ごめん。で、どう? 私になんでも命令できる権利。十分メリットだと思うけど」

「なんでも、って……」

「ん、。えっちなことでもいよ? 私、そうになら何されたっていいし」


 みずしまがやたらとせんじようてきな目で俺を見上げ、さらに半歩ほど近づいてくる。


「す、するわけないだろ! そんな命令!」


 彼女のブラウスのすきから見えてしまった深い谷間からあわてて目をらし、俺はすぐさまみずしまからきよを取った。


「あはは、赤くなってる。わいいなぁ、そうは」

「やかましい! とにかく、俺は別にお前に命令したいこともないし、そんな勝負を受ける義理はないからな!」


 今度こそおさらばしようと、俺はかたいからせながら屋上のとびらに手をける。

 そのままし開けて校舎に入ろうとして。


「ふ~ん……?」

「……あんだって?」


 ちようはつするようなみずしまのセリフに、思わずピタリと足を止めてり返った。


「『めんどう』とか『メリットが無い』とか色々言い訳してるけど。本当はたった一か月で私にこうりやくされちゃうかも、って不安なんじゃないの?」

「はぁ? そんなわけ……」

「そういえば、ちゃんも言ってたっけなぁ。『私、そうくんのナシなところがいやだった』って。あはは、たしかにこれは、とんだかもね」


 カッチーン。

 俺の中で、何かのスイッチが入る音がした。

 おいおいおい、ずいぶんと好き勝手言ってくれやがりますな、このカリスマJKサマは。

 おこるのを通りして、なんだか笑えてきてしまいましたよ?


「は、はは、はははは……そこまで言われちゃ、さすがにだまってられるかってんだ」


 たしかに、彼女をうばわれるだけならまだしも、売られたけんからもおめおめげるなんてのは情けなさすぎるよな。

 ここで退いたら、それこそ俺は本物のチキンろうに成り下がっちまうだろう。

 すずめなみだほどちっぽけなもんだが、こんないんキャ男にだってプライドってもんがあるんだ!


「いいぜ。お前のその安いちようはつに乗ってやろうじゃんか」


 俺の答えに、みずしまがニヤリとこうたんを上げる。


「そうこなくっちゃ」

「ふんっ。そうやってな、ました顔で笑っていられるのも今の内だぜ。たとえ一年かけたって、俺がお前の告白を受け入れるなんてことはありえない。何をたくらんでいるか知らないが、この一か月せいぜいな努力をするんだな!」

「う~ん。セリフの『かませ犬しゆう』がはんないよね」

「かまっ!? や、やかましいわい!」


 ちくしよう、どこまでもしやくさわるやつだ。

 出鼻をくじかれて顔をしかめる俺に、みずしまかいそうに笑いかけた。


「それじゃあ──これから『こいびと』としてよろしくね、そう?」


 こうして、俺とみずしまの「勝負」の一か月は幕を開けた。

 しかし、この時の俺はまだ想像だにしていなかったのだ。

 俺たちのこの「勝負」が、まさかむかえることになるなんて。