第二章 記念すべき(じゃない)初デート ①

 みずしまと「おためし」で付き合うことになった、その夜のことである。

 夕飯を食べて自室で映画をていると、スマホの待ち受け画面に一件の通知が表示された。

 みずしまからのチャットだ。そういえば、昼休みに無理やりれんらく先をこうかんさせられたんだっけ。

【明日、デートしよう】

 チャットアプリを開いてみずしまとのトーク画面を見てみると、そんな短くてシンプルなメッセージが届いていた。

【いきなりなんだよ】

【明日は土曜日でお休みでしょ? だからそうとデートしたいなぁ、って】

【デートって、またずいぶんと急な話だな】

 前日の夜に言うな、前日の夜に。せめてまず俺に予定があるかどうかをかくにんしろっつーの。

 ……まぁ、無いんですけどもね。

【それに、ちゃんはどうするんだ? わかってるのか? こいびとをほったらかしにして、別のやつと休日にデートするって言ってるんだぜ、お前は】

【それならだいじようちゃんには、土日はモデルの仕事があってあまりスケジュールをけないって言ってあるから。あの子もそれでなつとくしてくれてるよ】

 うわぁ……こいつマジか。というか、ちゃんもよくそれでなつとくしたな。

 みずしまと休日にデートできなくていいんだろうか? 俺と付き合っていた時でさえ、「お休みの日はなるべくいつしよに過ごしたいです」って言ってくるような子だったのに。

 なんか、思っていたよりも結構ドライな付き合い方をしているような……。

 何か引っかかりを覚えた俺は、けれどそれ以上は深く考えるのはやめにした。

 ちゃんはもうみずしまこいびとなんだ。元カレの俺が今さら二人の付き合い方にいちいち口を出す資格はないだろう。

【それにしたって、そんなうそをついてまで俺と休日に会おうとしなくてもいいだろうに】

 俺があきれ半分で送信したチャットに、みずしまがすぐさま返信してくる。

【そりゃあ、こっちはたった一か月でキミをこうりやくしなくちゃいけないわけだしね。一日だってにはできないでしょ】

 なるほど。みずしまの立場からしてみれば、たしかにそれも一理ある。だからこうしてさっそくデートのさそいをしてきたってわけか。

 とはいえ、だ。何をどうがんったところで、俺がたった一か月でみずしまこうりやくされるなんてことあるわけないんだけど。やれやれ、あいつも必死だな。

【だからさ。しようよ、デート】

【わかったよ。どうせ休日はヒマしてるしな】

 ぶっちゃけ、家でダラダラ映画たりゲームしたりする方がよっぽどいい。

 けど、変に断って「げた」とか「った」とか思われてもおもしろくないしな。

【やったね。じゃあ、明日の十時にさくらちよう駅前で】

【へいへい】

【記念すべき初デート、だね?】

【俺にとっては記念すべきことでも何でもないけどな】

【またまた。そんなこと言って、そうだって実はちょっと楽しみにしてるんじゃない?】

ろ】

 みずしまのウザがらみをいつしゆうして、俺はすぐさまチャットアプリを閉じた。


「ふぅ、こんなにきんちようしない初デート前夜もそうそう無いよなぁ」


 しようしつつ、同時に俺は、人生で一番きんちようしたデートの日を思い返していた。

 四か月前。

 ちゃんとこいびと同士になってから初めてのデートのことは、今でもはっきり覚えている。

 あの時は、二人でちょっと遠くの映画館まで行ったんだっけ。

 俺にとってはしようしんしようめいの初デートだったから、終始きんちようしっぱなしだったよなぁ。

 席にすわってもとなりにいるちゃんの横顔をチラチラのぞいちゃって、ロクにスクリーンなんか見ちゃいなかった。

 まぁそういう意味じゃ、明日は気楽にいけそうなのはいけどな。



「……なんて、思っていた時期が俺にもありました」


 そしてむかえた、翌日の土曜日。

 集合時間の五分前にさくらちよう駅前の広場にやってきた俺は、ちがう意味できんちようしてしまっていた。


「あのっ、あのっ、もしかして『Sizuシズ』さんですか!?」

「キャー、マジで本物じゃん! 生Sizuヤバい! 神!」

「いつもインスタ見てますっ!」


 今日の待ち合わせ場所である、駅前の小さな時計台。

 そこにはすでに、ざっと数えて十人くらいの若い女の子たちが群がっていた。

 そして、その中心にいるのは……。


「あ~、はは。参ったな」


 案の定、みずしまだった。キャーキャーという黄色い声に囲まれて、困り顔でほおいている。

 じようきようから察するに、どうやらみずしまのファンらしき女の子たちに見つかってしまったようだ。


「宿敵」というバイアスがかかってしまっていたから、すっかり忘れかけていた。

 そういやあいつ、人気モデルで人気インフルエンサーなんだもんな。


「あのっ、いつしよに写真ってもらってもいいですかっ?」

「写真? いいよ。ああでも、一応SNSにはせないでね」

「今日のグロス、前にSizuさんが雑誌で使っていたやつなんです!」

「お~そうなんだ。うん、似合ってるじゃん。わいいよ」


 群がる女の子たちの圧にされながら、それでもいやな顔ひとつせず彼女たちへのファンサービスに応じているみずしま

 あまいマスクとやさしい言葉で女の子たちをほねきにしていく様は、まさにさわやかイケメンだ。

 しかも、あれで本人にはまったく口説いている気がないらしいのがまた、余計にタチが悪い。


「……俺、今からあそこに割って入らなきゃいけないの?」


 すでみずしまとの待ち合わせの時間は過ぎてしまっている。

 とはいえ、俺にはあんな陽キャ女子軍団の中にとつにゆうするクソ度胸なんかない。

 フラフラ出て行ったところで、冷たい視線を向けられて追いはらわれるのがオチだろう。


「よし、帰るか!」


 あの様子じゃしばらく身動きが取れないだろうし、あいつだって俺なんかとのデートよりファンとの交流を優先したいだろうしな。

 仕方ないが、ここは俺が大人しく身を引くのがベストだろう。

 仕方ない。あー仕方ないんだ。断じて色々とめんどうくさくなったからとかではない。

 なんてことを考えながら、俺はそそくさと駅の改札へ回れ右しようとしたのだが。


「あ、そう見っけ。お~い!」


 目ざとくも人混みの中にいた俺を見つけやがったみずしまが、ファンの子たちとの別れのあいさつもそこそこに、こちらに向かって小走りにけ寄ってきた。

 ちぃ、られたか。


そう~」


 というか、こんな往来で人の名前を連呼しないでくれ。ずかしいから。


「良かった。ちゃんと来てくれたんだ」


 そう言ってうれしそうにほほみながら近づいてきたみずしまは、上はパーカーにトレンチコート、下はデニムパンツ、とボーイッシュな格好だ。だが、仮に俺が同じ格好をしても、きっとこんなスタイリッシュなふんにはなるまい。

 一応、頭にはキャスケットぼうかぶって目立たないようにしているみたいだけど、それもどこまで効果があることやら。

 くやしいが、こいつやっぱりビジュアルはめちゃくちゃハイスペックだよな。


さそったのはそっちだろ。別にすっぽかしてもよかったんだけどな、俺は」

「でも来てくれたじゃん。そうのそういうやさしいところ、やっぱり好き」

「……都合のかいしやくをするな。『勝負』からげたと思われるのがいやだっただけだ」


 俺の反論にも、みずしまはニコニコとしたみをくずさない。

 まったく、腹立つ顔しやがってからに。


「じゃあ、行こっか」

「おう。いやでも、いいのか? は」


 俺は時計台前で名残なごりしそうにしている女の子たちをり返る。


「お前のファンなんだろ? もう少し話していたかったんじゃないのか?」