「大丈夫。応援してくれるのは嬉しいけど、こっちも今日はプライベートだからね。それになんてったって颯太との初デートだもん。こっち優先」
さいですか。
まぁ、それに関しちゃ部外者の俺がとやかく言う事でもないか。
「はぁ~、写真で見るよりカッコよかったなぁSizuさん」
「それ~。……っていうか、隣にいるあのモサい男はなんなの?」
「マネージャーとか? いや、でも全然業界人っぽくないよね。地味だし」
「だよね~。荷物持ちに呼ばれた事務所のバイト君とかでしょ、どうせ」
「だとしても、あんまSizuさんに近寄らないで欲しいんですけど」
歩き出した俺たちの背後で、ファンの女の子たちが何やらヒソヒソとやっている。
し、視線が痛い。というか皆さん容赦ないなぁ……まぁ、実際モサくて地味な陰キャだけど。
「…………ふ~ん?」
隣を歩いていた水嶋がそこで不意に立ち止まり、時計台の女の子たちをチラリと振り返る。
気のせいか、その一瞬だけは水嶋の目が笑っていないように見えた。
「水嶋? どうした?」
不思議に思った俺が声を掛けると、水嶋は再びニコリと微笑み。
「えい」
次には、いきなり俺の右腕に抱き着いてきた。
「ふぁっ!? ちょ、お前なにして……!」
「動かないでね」
ぐいっと俺に身を寄せた水嶋は、それからなぜか自分の顔をスマートフォンで自撮りする。
「何やってるんだ?」
「いいから。で、この写真をこう……えいっ」
「んなっ!?」
水嶋がいじっていたスマホの画面をのぞき込み、俺はギョッとする。
「お前まさか、今の写真をネットの海に放流したんじゃあるまいな!?」
「うん、したよ。『今日はオフだからお出かけ♪』って」
「『うん』じゃない! 何を勝手に!」
「大丈夫だって。私の顔しか写ってないもん」
「いやこれ、俺の右腕がちょっと写っちゃってるし!」
「知ってる。だってわざとだし」
そう言って、水嶋は勝ち誇ったような顔で、時計台にいるファンの子たちに視線を向ける。
その先では、さっそく投稿を見たらしい何人かが「なにこれ!?」「Sizuさん、そういうことなの!?」などと悲鳴を上げている姿が見て取れた。
やーばい。
「あははは」
「笑ってる場合か! いいから早くこの場を離れるぞ!」
このままここに留まっていたら、あの女の子たちに何されるかわかったもんじゃない。
嫉妬に狂った強火ファンに刺されて死亡、とか絶対イヤだ。
吞気に笑っている水嶋の手を摑み、俺は逃げるようにして駅前広場を後にした。
※
駅前広場から移動した俺たちは、駅近くにある大型のショッピングプラザにやってきた。
休日なだけあって、施設内は買い物客で溢れかえっている。
これだけ人ごみに紛れていれば、そうそう見つかることもないだろう。
「ね、見て見て颯太。さっきの写真、プチバズってる」
他人事みたいにそう言って、水嶋がスマホを見せてくる。
画面には彼女のインスタの投稿と、そのコメント欄が表示されていた。
〈Sizuさん、久々の更新キター!〉
〈オフSizuさんもカッコよすぎます!〉
〈これ腕組んでない? 誰といるところ?〉
〈え、隣にいるの誰? マネージャー?〉
〈友達から目情きた。桜木町駅前で男と歩いてたっぽい〉
やはりというべきか、コメント欄には水嶋への賞賛よりも、画面端に写っている俺の腕を訝しむ向きの声が多いようだ。
「あはは、ウケるね」
「ウケないよ!? お前これ、プチバズってるっていうか、プチ炎上してんじゃねぇか!」
「そうかな? ま、本当にマズそうならウチのマネがすぐ火消しするだろうし、へーきへーき」
あっけらかんとそう言って、水嶋はヘラヘラと笑うばかりだ。どこまでも楽観的なやつ。
「はぁ……よくわかんないけどさ。こういうのって、事務所の人とかに怒られるんじゃないのか? モデルの仕事に支障が出たりしても、俺は責任とれないぞ?」
「大げさだってば。うちはそこまで大きい事務所じゃないし、雑誌を読んでくれているような層の女の子たち以外にとっては、私だって所詮ただの女子高生だしね。大物タレントじゃあるまいし、あんまり大事にはならないでしょ」
う~ん、そういうもんかねぇ。
まぁ、たしかにこうやって人混みを歩いていても、さっきみたいに水嶋の周りに人が集まるような事態にはなっていない。
通りすがりに彼女の方を振り向く人もそれなりにはいたが、それもきっと「今の人、めっちゃ美形だったな」くらいの感覚なんだろう。
「それに、この一か月はモデルの仕事は全部休むことにしたし」
「は? なんで?」
思わず聞き返すと、水嶋はさも当然といった風に答えた。
「そりゃあもちろん、この一か月はなるべく颯太と過ごすって決めてるからね」
「お前、優先順位間違ってるって、絶対……」
こいつ、そこまで本気で俺を「攻略」しようっていうのか?
単なるイタズラやドッキリにしては、ちょっと手が込み過ぎてる気もするけど……。
「まぁまぁ、細かい事はいいじゃない。今日はせっかくの初デートなんだしさ」
考え込む俺の手を取って、水嶋はスタスタと歩き出した。
「お、おい。引っ張るなって。ていうか、どこに行くつもりだ?」
俺が聞くと、水嶋は「ふふん」と得意げに微笑んで言った。
「ファッションショー、だよ」
「ファッションショーだぁ?」
いまいち話が読めないまま、俺は水嶋に連れられてエスカレーターを上る。
辿り着いたのは、プラザ三階にある大型アパレルショップだった。
だだっ広い売り場には、子供服からビジネススーツまで様々な服が並べられている。
「おい。こんな所でファッションショーなんかやるもんなのか?」
「やるよ。私がね」
「はい?」
「私、仕事柄いろんな服を着る機会はあるんだけど、基本的に見せる相手は女の子ばかりだからさ。たまには同年代の男子からの感想も聞いてみたいなって」
なるほど、「ファッションショー」ってのはそういうことか。
どうやらこいつは、俺に「服選びに付き合え」と言っているらしい。
「いやいや、ちょっと待て。俺はファッションに関してはド素人なんだぞ? 現役モデルであるお前に何を意見しろと?」
「意見じゃないよ。感想が欲しいだけ」
「どっちにしろ似たようなもんだ」
感想って言っても、俺には何がオシャレで何がそうでないのかすらよく分からないんだが?
「鈍いなぁ、颯太は」
困惑する俺に、水嶋はやれやれといった感じで首を竦める。
「要するに、颯太の好みが知りたいんだよ。彼女としては、ね」
「……なるほど」
つまり、これも俺を「攻略」するための作戦ってわけだ。
まずは自分の服装から俺好みのもので固めていき、より「恋人」として意識させようという腹づもりなんだろう。
「オーケー、よくわかった。その挑戦受けて立つぜ」
しかし甘い。甘いな水嶋よ。
相手が江奈ちゃんならいざ知らず、たかだか服装ごときで心を変えられる俺ではない。
カリスマモデルだろうが、人気インフルエンサーだろうが、関係あるもんか。
たとえお前がどんなファッションを披露しようとも、この佐久原颯太、小揺るぎもせぬわ!
「『挑戦』って、颯太は何と戦ってるのさ」
クスクスと笑いながら、水嶋が試着室のカーテンに手を掛ける。
「じゃあ、今から何着か着るから。最後にその中で一番良いなって思ったものを選んでよ」
「へいへい」
試着室に入ってカーテンを閉める水嶋を見送り、俺は近くにあった椅子に腰かけた。