プロローグ いつもの席に、いつものあの子
「クラブハウスサンド一つ。ドリンクバーをセットで」
メニューを一切見ることなく注文を告げ、店員さんが席を離れたと同時に、俺は慣れた足取りでドリンクコーナーへと直行し、店のロゴが描かれた透明なグラスを手に取る。少しばかり氷を入れてから、マシンの所定の位置にグラスを置き、定番のメロンソーダを長押しする。よく味わってみれば大してメロン味のしない緑色の液体。泡立った炭酸が
ファミリーレストラン、フラワーズ。
夜の店内は、子供連れや仕事終わりの社会人などで
俺はそんな店内の様子をバイト終わりのぼんやりとした頭で眺めながら、ストロー越しにメロンソーダを口に含む。プラスチックのストローが緑に染まり、口の中に水分を含んだ俺は、ほうっと息をついた。
「まだ八時か……」
現在時刻は午後八時三分。高校二年生が外を出歩く時間帯としてはあまり
俺、
注文したメニューを待っていると、ふいに視界の中に金色の光がチラついた。俺の視界を
ネイルでもしているのだろうか。爪は彼女の名前にもあるホワイトカラーに染められている。この距離からでは分からないが、恐らく薄くではあるがメイクもしているのだろう。
豊かな胸にきゅっとしたくびれ。アイドル顔負けの抜群のスタイルを包み込んでいるのは、俺も通っている
頭には小さなネコミミ付きのヘッドフォン。ホワイトとシルバーのカラーリングは、彼女の持つ金色の長い髪と組み合わさって、金色の大河に架かる純白の橋のようだ。一見すると音楽を聴いているようにも見えるものの、その
「……
彼女の名前は
しかし、俺と彼女の共通点はクラスメイトというだけではない。
だが、
俺と彼女を結ぶ共通点。
それはこのファミリーレストラン、フラワーズにおける常連客だという点。
ただその一点のみである。
共にこのフラワーズの定番、ジューシービーフハンバーグセットの味について語り合うわけでもなければ、全メニューを制覇しようと誓い合った同士でもない。特に会話することもないし、なんなら挨拶すらしない。
いつも同じ席に座って、ただ交流をかわすこともなく、互いに無干渉のまま無為に時間を過ごす。常連客同士という、あるかないかも分からない、か細い糸で
気になる点があるとすれば、どうして彼女は毎回のようにファミレスで動画を見ているのかという点だ。家に帰っても見られるはずだ。わざわざ無為に時間を潰しているとしか思えないが……そこを探るような趣味はない。
「お待たせしました。クラブハウスサンドです」
注文したメニューがテーブルに届けられた。
この混雑した時間帯でも丁寧に作られたクラブハウスサンド。
ベーコン、レタス、トマト、ローストチキンを
「いただきます」
いただきます、の挨拶をしてからかぶりつく。途端、
そのまま、時折スマホを眺めながら黙々と夕食のクラブハウスサンドを平らげる。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて、ごちそうさま。
男子高校生の胃袋の中に収まったクラブハウスサンドは、程よい存在感と満足感を与えてくれた。この時点で夜の九時前。健全な男子高校生なら帰宅している時間だろうが、
ただこのファミレスでダラダラと居座る。それだけだ。
店の事情は詳しくないが、お店の側からすれば回転率のよくない客はあまり
資金の限られている高校生がこんな時間まで居座れる時間はあまり多くはない。
カバンから教科書とノートを取り出して課題を済ませた後は、スマホでお気に入りのサイトやSNSのタイムラインを巡回し、あとはお気に入りのソーシャルゲームをプレイして時間を潰す。このゲームはスマホを横持ちにするタイプなので、
そして訪れた午後の十時。これが俺にとってのタイムリミット。
荷物をまとめて忘れ物がないことを確認し、伝票をとって立ち上がる。
────と。同じく伝票を手にレジに向かおうとしていた
「────……」
「────……」
ぱちっ、と思わず目が合う。
その瞳は吸い込まれそうに
動画観賞という役目を終えたであろう白と銀のヘッドフォンは、今は首にかけられている。
時間にして僅か一秒か二秒ほどだろうか。特に何かがあるわけでもなく、俺は軽く
そんな自然の闇を
一歩踏み出す度に揺れる長い金色の髪。その、どこか寂し気な足取りは、強く俺の目に焼き付いていた。
「…………帰るか」
今日も明日もこれからも。
俺たちはただの常連同士で、言葉を交わすこともなければ道も交わることもない。
────この時の俺は、そんなことを思っていた。