第一章 ファミレス同盟 ①
休日明け。月曜日という、恐らく学生と社会人のパフォーマンスが最も落ちているであろうタイミングで数字の羅列と向き合わねばならない。月曜日一限目が数学であるという、学園側が組んだ悪魔のカリキュラムに対する不平不満を吐き出すのは、俺たちのクラスの定番の話題だ。
一学期の中間テストという魔物をなんとか乗り切り、平和を満喫している身としては、勉強という学生にとっての責務からは目を背け、一息ついて緩みたいというのが本音だろう。
「おっはよー、
そんな月曜一限目の数学に
にこにことしながら俺の挨拶を待っている姿は、まるで尻尾を振ってる犬みたいだ。
「おう。おはよ、
俺の幼稚園からの
ついでに付け加えると、「どうせ
「ねぇ
「悪いな。今日もバイトが入ってる」
「えー。またー? 二年生になってからそんなんばっかじゃんかー」
「バイトを増やしたからな」
「家に帰りたくないから?」
「………………」
いきなり図星を突かれてしまったので黙り込んでしまったが、沈黙は雄弁に事実を語る。
「まだ新しい家族と
ここまで見抜かれてしまってはもはや沈黙も意味はない。観念したように口を開く。
「……正直、まだ家には居づらい。新しい父親にも、一個下の義妹にも、まだ慣れない。……というか、家族って感じがしない。そんな自分が嫌になる」
「だからわざとバイトを多めに入れて、バイト終わりにはファミレスで時間を潰してる……涙ぐましい努力だよ。義妹ちゃん、悪い子じゃないんでしょ? むしろ友好的だとか」
「……相手は主席入学の優等生だぞ。出来の良すぎる妹を持つ身にもなれよ」
────高校二年生への進級を控えた春休み、俺の母親は再婚した。
相手は、某玩具メーカーに勤めているサラリーマン。
悪い人じゃない。むしろ
それに伴って、俺と母さんは相手の家に引っ越すことになった。
今まではアパート暮らしだったが、今度はなんと
だけど、問題が二つあった。
一つは、相手に娘がいたこと。しかも、この春から
同年代の異性と一つ屋根の下。接し方には頭を抱えているというのが正直なところだ。
そして二つ目の問題は……これは単純に、俺が家に居づらいということだ。
まだ新しい家族に
だから帰りづらくて、バイトを多めに入れたり、バイト終わりにファミレスに寄って時間を潰している。
「ちょっとお節介かもしれないけどさ。いいの? それで。再婚して新しい生活をはじめた途端にバイトを多めに入れたり遅く帰ったりしたら、向こうも気にするよーな気がするけど」
「それは分かってるし、母さんにも新しい父親にも悪いと思ってる。けど……それでもやっぱ、居づらいんだよなぁ……」
こればっかりはどうしようもない。原因は分かっているので、自分でも直さなきゃとは思っているが、直せていないのが現状だ。
「ふーん。そっか。居づらいものは居づらいし、どーしよーもないことってあるよね」
ここで「頑張って歩み寄ってみなよ!」とか無理に言ってこない、からっとした感じが、
「バイトやファミレスもいいけど、時間を潰したいなら僕ん
「ん。そうだな。その時は頼らせてもらうわ」
たぶんこれが
いつでも逃げ場になってくれる、と。
……ありがたい。特に
「ねぇ、
不意に耳に届いてきたのはクラスの女子生徒たちの会話だった。
「…………なに?」
新しいクラスメイトに対してまだ慣れていないという点を抜きにしても、
「あのさ。
やや興奮気味に問う女子生徒。彼女の言うkuonとは、現在高校生を中心として大人気の歌手(厳密にはシンガーソングライターだった気がする)のことだ。
kuon。本名は
「そうだけど。それが、なに?」
「私ね、kuonさんのファンなの。だから……お願いっ! お姉さんのこと、紹介してもらえないかな?」
「
クラスメイトの嘆願をバッサリと、一瞬で切り捨てる
こんなお願い事はもう何度もされているのだろう。実に
「そこをなんとか……あっ、サインをもらってくるだけでも……私、kuonさんがデビューしてからずっとファンで……!」
「聞こえなかった?」
明らかに、声が一段階冷たくなった。
「嫌だ、って言ったんだけど」
「…………っ……」
まさに
「いやー、
「地雷?」
「そ。
「へぇ。それは知らなかったな」
「ま、違うクラスの時だったしね。僕だって誰かの話を又聞きしただけだしさ。……それにどちらかというと、
「あぁ……あれか」
そっちは俺も知っている。むしろ、俺の中で
「夜に遊び歩いてるとか、あんまりよくない連中とつるんでるとか、そういう本当かどうかも分からないテキトーな