第一章 ファミレス同盟 ②

 なつがこういう言い方をしているということは、しんぴよう性が低いということだろうか。

 こいつは交友関係が幅広い。その分、入ってくる噂話じようほうの母数が違う。一人の話をみにするのではなく、複数人から得た情報をきっちりすり合わせして、時には独自に動いて裏を取る。そういうやつだ。


「……ま、どっちのうわさにしたって、俺にはどうでもいい話だな」

「あははっ。確かに、こうならそうかもね。の家には口出さない主義だし」

「誰だってそうだろ」

「いやいや。自分勝手な興味や好奇心で、他人の家や家族のことに土足で踏み込んでくる人は多いでしょ。さっきの子みたいにさ」


 さっきの女子生徒に対して、なかなかにしんらつな物言いだな。

 なつも今のやり取りに思うところはあったのだろうか。


「…………」


 みやは引き続き、淡々とスマホで動画を眺めていた。

 その姿は夜のファミレスにいる時と何ら変わらない。

 もうさっきの女子生徒とのやり取りなど忘れてしまったみたいに……振る舞っている、ように見えるのは俺だけだろうか。


「あ、チャイムだ」


 俺の思考を中断させるように学園内にチャイムが鳴り響き、なつを含むクラスメイトたちは雑談を止めてそれぞれ席についていく。みやもまたヘッドフォンを外して、授業に備え始めた。


(……どうでもいいか)


 みやが何を考えていようが、家族とどんな関係だろうが、俺には関係ない。興味もない。

 の家には関わらない。

 自分の家でさえ持て余しているのに、そんな余裕は俺にはない。



 放課後。

 今日も今日とてバイトを終えた俺は『いつものファミレス』ことファミリーレストラン、フラワーズへと直行する。


「申し訳ありません。少々お待ちください」


 が、店内は珍しく混雑していた。いつもならにぎわってはいても、ここまで混むことはない。

 中の様子をうかがってみると、どうやら偶然にも複数の団体客が来店していたみたいだ。

 そんな場面に出くわしてしまうとは。運がいのか悪いのか分からない。俺としては時間を潰しに来ているので、別にいくら待っても構わないのだが。

 店内端末のタッチパネルにある『大人:一人』のボタンを押すと、発券機から『26』という番号が印刷された、レシートに似た紙を手に取り大人しく順番を待つ。


「二十六番の方」


 店員さんに誘われるまま、複数の団体客でにぎわう店の中を歩いていく。

 いつもは「お好きな席へどうぞ」と、好きな席を選ばせてもらえるのだけれど、今日は混雑しているためそれも難しいらしい。いつも俺が座っている席は、テーブルの上にタブレットを広げて何かの打ち合わせをしているらしい見知らぬ女性たちが使っていた。


「こちらのお席へどうぞ」

「……あ、はい」


 そんな『いつもの席』を横切って辿たどいた席。

 片づけを終えたばかりなのだろう。テーブルを拭いた痕跡が残ること以外、特に何の変哲もない。流されるがまま、程よい硬さのベンチシートソファに腰をかける。


「…………」


 座った後になって、ようやく気づいた。

 俺が座った席の隣。人間一人が出入りすることに不自由がない、最低限の幅を挟んだ隣の席に、今朝と変わらずヘッドフォンをつけ、スマホで動画を見ている金髪の女子生徒。みやはくがいたことを。

 驚きのあまり思わず硬直してしまった挙げ句に凝視してしまったが、すぐに我に返って取り繕うようにメニューを広げた。

 ……別に特別、驚くようなことじゃない。隣のテーブルに案内された。それだけだ。

 メニュー自体はもうほぼ暗記しているレベルで通っているのでわざわざ広げる必要はないのだが、常連ぶっているような感じがしてちょっと恥ずかしい。なので、一応パラパラとめくって確認するようにはしている。何を頼むか特に決まっていない時も、こうしてメニューに載っている料理の写真を見て食指が動くこともある。

 今回がまさにそうだった。メニュー表に載っているれいな黄色いオムライスが、なんとなく俺の食指を動かした。そのままボタンを押して、店員さんを呼び出す。


「特製ソースの黄金オムライスを一つ。ドリンクバーをセットで」


 注文を終えた後、グラスにコーラを注いで再び席に戻る。

 みやは相変わらずヘッドフォンをつけたままスマホで動画を見ていた。


(……いつも何の動画見てるんだろ)


 そんなことを考えつつ、そのまま自分の席に戻る。

 スマホを眺めて時間を潰していると、注文したオムライスが届いた。


「いただきます」


 スプーンですくった卵の下には熱でとろけたチーズが挟まれており、卵とからって濃厚な甘みが舌で踊る。上からかかっている特製ソースが絶妙で、単調な味にならず完食するまで飽きがこない。


「ごちそうさまでした」


 食べる手が止まらず、あっという間に食べ終えてしまった。

 男子高校生としてはもう少し量があった方がいいが、それはぜいたくというものだろう。

 普通ならここで一息ついて帰るのだろうが、家に居づらい俺としてはまだここで時間を潰していたい。タイムラインの巡回でもするかと、SNSアプリを立ち上げたその時だった。


「…………っ……」


 スマホの画面が電話の着信を知らせるものに変わる。

 電話の相手は母さんだった。なぜかかってきたのか。なんとなく予想はついている。

 息を吸って、吐き出す。深呼吸をして精神を落ち着かせて、声にヘンな反応がにじないように心がけながら通話ボタンを押す。


「もしもし、母さん?」

こう。あんた今、どこにいるの?』

「……バイトから帰ってるとこ」


 うそはついてない。

 実際バイトはもう終わってるし、このファミレスは帰り道にあるのだから。


『じゃあ、もう少ししたら帰ってくる?』

「……もうちょっと時間はかかるかな。晩御飯、外で食べて帰るつもりだし」


 厳密にはもう食べ終えているのだけれども、これからデザートを頼めばうそにはならない。


『晩御飯ならわざわざ外で食べなくても、家に帰れば……』

「バイト終わりっておなかが空くからさ。早く何か食べたかったんだ」


 これもうそじゃない……はずだ。バイト終わりに空腹を感じているのは事実。


『……そっか。じゃあ、気をつけて帰ってきてね。あきひろさんとことちゃんも待ってるから』

「……分かった。ああ、別に俺に気を遣って待ってる必要ないから。そっちの方が、つじかわさんたちも気楽でいいでしょ」


 つじかわ、というのは母さんの再婚相手のみようだ。つじかわあきひろが新しい父親で、つじかわことが義理の妹。

 義妹のつじかわも年頃の娘だし、一つ上の異性が急に義理の兄だと周囲に知られれば学園生活に何かしらの影響が出ないとも限らない。高校に入学したばかりで人間関係の構築にも影響が出るデリケートな時期ということもある。なので、戸籍上、俺はもう「つじかわ」なのだが、旧姓の「なる」を名乗るようにしている。俺としてもその方がありがたかった。この辺の事情は信頼できる口の堅い人間には明かしているが(俺の場合はなつ)、それだけだ。


『……わかった。伝えておくわ。とにかく、もう暗いんだし気をつけて帰ってきなさいね』

「了解。じゃあ、切るから」


 切ることをこちらから宣言して、通話を終了させる。


「ふぅ…………」


 思わずあんの息が漏れる。

 別に母さんとは仲が悪いわけではない。むしろ良好と言えるだろう。作家業を営んでいる母さんの原稿を読んで感想を返す、みたいなことをしていた程度には、親子関係は良好だ。

 なのに、五分も満たない通話をしただけでここまで疲れるとは。


「……デザート、注文しなきゃな」


 ああ、ほんと。我ながらバカバカしいな。『真実でもないがうそはついていない』。そんなバカげた免罪符が欲しいためだけにまたメニューを広げている。

 俺にとっては心の安寧を買うための必要経費だが、はたから見れば無駄な出費だろう。

 とりあえず、デザート系の中では比較的安めのチョコレートアイスを注文する。だけど注文した後で、やっぱりパフェでも頼めばよかったと後悔した。

 だって、きっとアイス単品よりもパフェの方が出てくるまで時間がかかるだろうから。


「家族と仲、悪いの?」


 れいな声だな、と思った。

 そしてワンテンポ遅れてそのれいな声が自分に向けられたものだと気づいて、思わず振り向く。その問いかけの主は、隣の席に座っていたみやはくだった。


「えっ…………」


 質問に対して身体からだが石のように固まってしまったのは、イメージになかったからだ。