第一章 ファミレス同盟 ③

 みやはく、という少女に対して俺が真っ先に思い浮かぶイメージ。

 それを言葉にするならば、『孤高』というところだろうか。

 クールで、そっけなくて、だけどれいで。周りを寄せ付けない孤高の輝き。

 それが俺の中で思い浮かべるみやはくという少女のイメージである。

 彼女の方から誰かに話しかけた姿を見たことがない。……とはいえ。俺もみやとクラスメイトになったのは二年生になってからで、つまりまだクラスメイトとしてすら、まださほど付き合いもないのだけれど。

 それ以外はこのファミレスぐらいでしか見たことがないし、俺が見た範囲では友人と談笑している様子はおろか電話すらもしていなかった。例外があるとすれば、店員さんに注文をする時ぐらいだろう。


「……それって、俺に質問してる?」

「他に誰がいるの」


 そりゃそうだ。みやが座っているのは店の角の席で、隣には俺しかいない。


「……ああ、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど。見てた動画が終わってヘッドフォンを外してたら、聞こえてきちゃって」

「いや、こんなとこで電話してた俺も悪いし……」


 そもそもみやはヘッドフォンをつけて動画を見ていたから、てっきり聞こえないもんだと思っていた……というのもある。しかしどうやら、妙なタイミングで動画を見終わってしまっていたようだ。


「家族仲だけど……母親とは……そんなに悪くない、かな。良好な親子関係だとは思う」

「母親とは、ね」


 思わず、「しまった」と内心で冷や汗をかいた。

 この言い方だと「母親以外とは仲が悪い」と白状しているようなものだ。

 厳密には新しい父親や義妹との関係は悪いというわけではない。向こうから歩み寄ろうとしてくれていることは伝わっているし、それに俺が応えられていないだけ。

 しかし、みやはくは意外と……鋭いな。

 今のは俺の不注意だったとはいえ、きっちり拾ってくるとは。


「ほんとごめん。急に変なこと聞いて」


 俺の警戒心がにじてしまったのだろうか。みやは苦笑しながら謝罪してきた。


「別にいいよ。母親以外と微妙な関係なのは事実だし」

「そっか」


 それから数秒ほど無言が続いたが、またすぐにみやが口を開いた。


「…………私さ。家族とあんまりくいってないんだよね」

「えっ?」


 彼女にとっては地雷だと思っていた家族に関する話題が出てきたので、思わず驚きの声を漏らしてしまった。そんな俺の反応を見て、色々と察したのだろう。


「さっき、家族のことで質問しちゃったでしょ。私だけ踏み込むのは公平じゃないし」

「別にそんなこと気にしなくていいだろ」

「そういうの私が気にするんだよね。の家には口出さない主義なのに」

「あ、それ俺も」


 同意の言葉が反射的に、口をついて出てきた。


「そうなの?」

「自分の家でさえ持て余してるのに、他人の家にまで口を出せる余裕なんてないだろ」

「あははっ。理由までおんなじだ」


 ────みやって、こんな風に笑うんだな。

 思わずそんなことを考えていた自分に、一瞬遅れて驚いた。だけど、みやが今見せた顔は教室では見たことのないもので、思わず目がきつけられてしまったのも事実。


「へぇー……そっか。なるもそうなんだ」

「あれ? 俺の名前……」

「知ってるに決まってるじゃん。クラスメイトなんだから」


 意外だな、と思った。

 俺から見たみやという少女は、いつもヘッドフォンをつけていて、周りのことなんて気にもめていないと思っていたから。クラスメイトの名前だって大して興味がないものかと、勝手に決めつけていた。

 …………俺は俺で、まだ名前をおぼえてるか怪しいクラスメイトが何人かいるのだが。それは黙っていよう。みやの前で白状するのは気まずすぎる。


「それに、行きつけのファミレスに、いつも決まった席にいるやつがクラスメイトだったら、嫌でも覚えるでしょ」

「ああ、それは確かにそうだな」


 仮にみやが学園内で有名じゃなかったとしても、覚えていたと思う。

 いつも同じ席にいる、いつものあの子。それがクラスメイトだったら印象に残るだろう。


「……じゃあ、この店に通ってる理由も同じか」

「そーだね。たぶん、同じだと思う」

「「家に居づらいから、店で時間を潰してる」」


 せーの、でタイミングを合わせるまでもなく、俺たちの言葉は完全に一致した。

 思わず噴き出してしまう。そしてそれは、みやも同じだった。


「気が合うじゃん」

「そうだな。気が合う」


 思わず笑いがこぼれる。まさか、家に居づらいという理由で同じファミレスで時間を潰している生徒が他にもいたなんて。


「お待たせいたしました。チョコレートアイスになります」


 そのタイミングで、注文したアイスが運ばれてきた。


「きたね。アリバイ作りのデザート」

「無駄な出費だと思うよ。我ながら」

「無駄じゃないでしょ。私たちにとっては心の安寧を買うための必要経費じゃない?」

「……ほんと、つくづく気が合うな」


 その後も、チョコレートアイスを完食するまでみやとの会話は続いた。

 スプーンを持った手よりも口を動かし続けていたせいだろうか。食べる速度よりもアイスが溶ける方が速かった。正確に時間を計測したわけじゃないから分からないが、食べ終えるのにいつもより時間がかかった気がする。


「俺、そろそろ帰るわ」

「そ。だったら、私も帰ろうかな」


 伝票を持って二人で立ち上がりレジに並ぶ。今度はかち合って譲るようなくだりは発生しなかった。店を出ると、当然のことながら日は沈んでおり、包み込む闇にあらがうように街が光をみなぎらせている。


「せっかくだし、家まで送ってくれない?」


 その提案の意味が分からないほど鈍くはない。


「帰宅時間が引き延ばせて助かる」

「どういたしまして」


 みやが俺と同じタイミングで店を出たのも、そういった配慮が働いたからだろう。

 いつもの家路とは正反対の道を、みやと肩を並べて歩く。

 見慣れないアスファルトの道。見慣れないビル。昨日までなら通りかかることもなかったであろう道を、こうしてみやはくと一緒に歩いているのは、なんだか不思議な気分だ。

 ……ああ、まったく。本当に不思議だ。

 昼間まではみやのことを、ただひたすら『孤高』の存在だと思っていた。

 俺なんかとは違う世界の人間だと思っていた。

 今日も明日もこれからも、特に関わることのない人間だと思っていた。

 だけど今は、こんなにも近い。

 おこがましくも、彼女のことをとても身近な人間だと思える。

 それはきっと────あんしているからだろう。



 家族とあまりくいっていない。わざわざファミレスに入り浸って夜まで粘るぐらい、家に帰りたくないと思っている。

 家族という、死ぬまで逃れられない呪縛にとらわれている人間。

 俺と同じ人間がいた。そのことに、とても安心しているんだ。


なるはさ。こんな遅くに家に帰って、家族になんて言い訳してんの?」

「さっきも電話で伝えたみたいに、バイト帰りに飯食ってるとか、バイトで疲れたから休憩してたとか……色々だな」

「でもそれ、さすがに毎回だと厳しくない?」

「実はそろそろ限界かなと思ってる。参考までにきたいんだけど、そっちは?」

「『私の勝手でしょ』で押し通してる」

「強いなぁ……」

「こうでもしないと、やってらんないから。昔からそうなんだよね。普通に昼間に出歩いてても、向こうは私が変なことしてるんじゃないかとか、疑ってくるようなことばっかりだったし。基本的に信用されてない感じ。まあ、トラブルに巻き込まれたら、お姉ちゃんに迷惑がかかるから仕方がないけど」


 夜に出歩いているから信頼をくしたのではなく、恐らく順番が逆なのだろう。

 信頼されてないから、こうして夜まで家の外にいるようになった。

 ……それなら確かに、無理やり押し通すしかなくなる気がする。


「そっちの方が大変そうだな」

「かもね。けど、家に居づらい気持ちは一緒じゃん?」

「そこには同意する」

なるは、明日もファミレスくんの?」

「そうだな。明日もバイト入ってるし」

「ふーん。そっか……」


 みやが何かを考えるようなそぶりを見せたことで一瞬、会話が途切れる。


「だったら、提案があるんだけど」

「提案?」

「どうせなら、今日みたいにおしやべりでもした方が楽しく時間が潰せない? なるって話してみたら意外と気が合うし……言い訳だって作りやすいでしょ」