答えに窮する俺を、眼前のご婦人はどう解釈したのか、
「お友達かどうかなんて尋ねて、大変失礼しました。さきほど離れたところから窺っていたのですけど。貴方様と話しているときの龍君の活き活きとしたあの顔を見ればもう、一目瞭然でしたわね」
眩しいものでも見るように目を細めて、続けた。
「自己紹介がまだでしたわ。あたくしは龍君の母であり、第八代妻夫木家当主が妻、和千代でございます」
第八代。当主。あまり自己紹介で聞かない単語が飛び出てきたが、
「石田好位置です。龍之介君と同い年です」
自己紹介をこなすことに集中した。
「龍君のお友達になって頂き、有り難うございます。よかったわ。あの子はホラ、夜這い未遂事件を起こしてからは、いっそう一人の時間を大事にするようになったから」
夜這い未遂事件って。
龍之介よ、なにやってんだよ。
とりあえず、自己紹介を終えた舌の根が乾く前に。
俺は龍之介君の友達ではないです、と訂正を──
「龍君唯一のお友達である好位置さんにはわかっていてほしいのだけど。龍君は全身性免疫蒼化症という病を患っていて。本人は知らないのだけれど……、あたくしは龍君に残された命の長さについて説明を受けているの。好位置さん、良かったら龍君とずっと仲良くしてあげてくださいね」
できそうもなかった。
あまりにも気になったので。
夜這い未遂事件について、龍之介母・和千代さんから聞いて、別れた。
先月のある夜の消灯後、女性専用病棟の廊下をうろつく影。龍之介だ。
ほのかの病室を目指していたらしいが、当直の看護師に見つかり、あえなくご用。
なにが目的だったのか、黙秘を貫いた龍之介には、ほのかへの接近禁止命令一週間の裁きと、病棟の天使・ほのかを妹のように愛でる看護師達から警戒人物の烙印を捺されたそうだ。
病室のベッドでその話を思い返していた俺は、これだと思った。これしかないと思った。
堕天使製造機と呼ばれた男に、恋してしまった天使の目を覚まさせる方法。
早くも万策尽きたと思っていたところだった。
病棟の天使に相応しくない男だと、烙印を捺してもらうために。やるしかない。
スマホで一応『夜這い マナー』と検索する。見よこのやる気。