3 ①

 こいこいする少女の目を覚ます秘策が失敗に終わった翌日の昼下がりだった。

 これから始まる全身性めんえきそうしようの投薬りようの方針説明を、しんさつ室で受けた帰り。

 俺は非常階段前で、病院ではめずらしいきんしんなやつをもくげきした。

 そいつは看護師さんをつかまえて、をこねていた。


「ほのか様の前で、ボクのことを余命三ヶ月のかんじやっぽく接してもらいたいんですよ。やり方としましては、ほのか様の前で『ボクは成人したら、積み立てNISAではeMAXIS Slim 全世界株式オルカンを』みたいな人生プランをろうしていますから、通り過ぎざまに『積み立てNISAできるほど人生残ってないから。余命三ヶ月のくせにウケる』的なセリフをてていってください」


 病院だもの、おかしなやつだっているだろう。

 見た目的には小学生かな。関わり合いになるのはけよう。

 非常階段の前をどおりしようとしたら──


「アッ、いしこう!」


 をこねられていた看護師のかりさんが、ちょうど通りかかったタクシーでも呼び止めるみたいに、こちらに手を上げた。

 かりさんのその手には、タバコとライターにしか見えないものがにぎられている。


「あーしは昼食後に吸う一服が、仕事終わりに吸う一服の次に好きなんだ。ほのかがらみのたのみ事なら、このほのかと仲良しになる宿命に生まれし者・いしこうにしとけ」


 かりさんはおそらく病院外のちゆうしやはしにあるらしいきつえん所に走っていった。

 ああ、院内は走っちゃダメだよー。


「ほのか様と仲良しになる宿命に生まれし者だと? 貴様は何者だ?」


 非常階段前。おかしなやつが俺をロックオンしていた。

 ひとまず俺を貴様と呼ぶ男を観察する。

 世界中のなめらかさをひとめしたかのようにこうたくがすごいシルクのパジャマ姿。色はシャンパンゴールドとか言うんだろうか。

 なにより目を引くのが、すずしく整っている顔立ちの上──れいぎんぱつだ。

 派手にかみを染めている子供をたりにしたときのあの、「不良」とか、「元ヤンの子供」とか。脳内に自動で想起される言葉が、今回は想起されたしゆんかんに消えた。

 それというのも、やつの身長は俺のかたぐらいで。いかにも女子から「カワイイ」とはやされそうなあいがん動物系だったので、見れば見るほど不良っぽさをいだせなくなったのだ。


ねこか、子犬か。いやハムスターっぽくもあるな」

「コラ、何を言ってる? ボクはつまりゆうすけだぞ。14歳だ」

「おっ、同い年か」


 おかしな小学生じゃなく、おかしな中学生だったようだ。


「すごいぎんぱつだな。入院中もめたオシャレを楽しみたいタイプなのか。いいなそれ」

「オシャレを楽しむ? ボクがそんなご陽気な理由でかみを染めるもんか」


 じゃあ、どんな理由でぎんぱつにしたんだよ。あ、ダメだ。口にするほど興味がかない。


「見ない顔だな。新入りか。名を名乗ってもらおうか」


 さっきかりさんが呼んでいた俺の名を聞いてなかったようだ。


いしこうだ」

「こういち、か。フン、ボクはりゆうすけだぞ」

「なんでほこらしげなんだ」

「ところで、その、ええと」


 りゆうすけがなにかキョトキョトしだす。


「どうした、便所か。そこのたり右だぞ」

「ちがわい! し、新入りは、ほのか様とはどういう関係なんだよう」

「……どういう関係」


 こいこいする少女ほのかのこいのお相手。それが俺。

 ただ俺としては、こいもうもく少女の目を覚ましてやりたいわけで。

 というのも俺は過去に元カノを天使にした──

 うん、この説明めんどいな。

 それ以前に初対面のやつにする話でもないや。


「ちょっとわかんないから。ほのかに聞いてみてくれ」

「…………うぅぅうううぅ」

「どうしたひざからくずれて?」


 かたひざをついたりゆうすけは、いつのまにかじゆうけつしたひとみでこちらを見上げてくる。


「呼び捨てにした。ほのか様を呼び捨てにした ……新入りは、ほのか様を呼び捨てにできる気安い関係を、脳内じゃなく現実で築いているのか」

「脳内っておい。ん、ベソかいてるのか?」


 立ち上がったりゆうすけひとみはもう、アイボンの直後くらいうるんでいた。


「ボクはられ属性じゃないんだぞう」

「なんだって?」

「ボクの純愛ストーリーにちゆうから急に出てきた男キャラが、メインヒロインのほのか様と心を通わせていく。ボクの方が先に好きだったのに。そんな展開は、うぅぅぅ、ウエエエ」


 まさかこの俺が、どっかのだれかの人生では、もうれつかんげいされない登場人物になっていたとはな。ごめんと謝る気が起きなくてごめんよ。

 なみだぐみながらく男に、俺は言う。


「ところで、そっちはほのかとどういう関係なんだ?」


 お前さんがほのかにほの字なのはわかったんだが。

 りゆうすけはサッラサラのぎんぱつをかき上げながら、立てた指をメトロノームのように左右にった。なんだろう、開始のゴングは聞こえなかったが、いけ好かない仕草選手権の予選が始まったのだろうか。


「世紀のラブストーリーというのはな。大きなしようへきが二人の前に立ちはだかっているところから始まるもんなんだ」

「つまり全く交流できていないということか」

「うるしぇい。いつの日か、ボクがほのか様の半径10メートルで会話のキャッチボールをする姿を見て、新入りはしつほのおに身をがすんだからな」

「もっと近く寄れよ。本当のキャッチボールが始まるきよじゃないか」

「そんな近くでほのか様と接して、ボクがヨダレ出しちゃったらどうすんだよ!」

「残念な子だな。わかった、じゃあ。そのときはすかさずティッシュでいてやるよ」

「あ、ありがとう。──くな! ボクのような美少年の顔にれて、貴様の中の0・0何%かのボーイズラブの部分が目覚められても困る」

「…………」

「新入りは運がいいだけなんだからな」

「俺の運がいい?」

「わかってるんだぞ。ほのか様と会話してもらえてるってことは、貴様の人生はもう最終章にかっているんだろう。ちぇ。ちょっとばかり余命いくばくもないからっていい気になるなよう」


 初めて見たときにきんしんなお願い事を看護師さんにしていたりゆうすけは、最後にすごく新しいタイプのなんくせを俺につけ、去って行った。

 きんしんなお願い事といえば、ほのかの前で余命三ヶ月のかんじやあつかうんぬんの協力を、俺には求めてこなかったな。まあよかった。お願いされても、食い気味で断ってたろうし。

 非常階段前から、自分の病室にもどちゆう


「そこの殿とのがた。つかぬことお聞きしたいのですが」


 そこの殿とのがたに、俺ががいとうしているのかわからなかったが。

 かえると、

 病院ではまず見かけないよそおいの人がいた。

 あでやかな着物姿。大きな羽根つきのぼう。手には全て黄金の折り紙で折られたせんづる

 人間界にけ込もうという努力をし忘れたようみたいなご婦人が、俺をえていた。


りゆうすけ君のお友達の方でございますか?」


 りゆうすけ


「あ。その」


 確か俺は、やつの純愛ストーリーに急に出てきたNTR要員だったっけ。友達とは果てしなく遠そうだな。

 なんて説明すればいいだろうか。