──我々人類は先の人魔大戦において多くの命を失った。故レイニ=バイエズを始めとする数多の英霊の御霊に追悼の意を表するものである。勇者レイニたちの貴い犠牲により、魔族との和解は成った。ならば次は? 我々は人類の過ちへの抑止力として勇者を再定義する。人間同士の争い、富を巡る競争、才能の多寡に起因する不平等──これまでにも起こり、これからも起こるであろうそれら人類の宿痾。これを打破しうる人材の育成のため、我々はここに勇者学校の設立を宣言する。
当学で学ぶ者は、以下の五大訓を心に刻むことを求める。
一つ、汝、人類全体の奉仕者たるべし。
二つ、汝、法の番人たるべし。
三つ、汝、強者たりつつも、誰より弱者と共にあるべし。
四つ、汝、私利私欲を捨つるべし。
五つ、汝、己よりも師よりも、ギアに従うべし。
──カーズ王国勇者学校校則前文より抜粋
故郷にいた頃からずっと思っていることがある。ひょっとすると、ボクはやらかし体質なのかもしれない。
目の前に広がる光景にそんなことを思いながら、ボクはぽりぽりと頰をかいた。時刻はそろそろ夕方。この国──人族の国の一つ、カーズ王国の首都スペドは森と湖に囲まれた場所で、遠くには時計塔や大きな城壁など古い様式の装飾過剰な建物が夕日に照らされている。それらは、現代的で均質化された灰色の建造物に浸蝕されつつあるようで、ボクはもったいないなあなんて思った。
ボクがいるのは大きく開けた広場のような場所だった。辺りには何人もの若い男女がいて、各々が武装している。みんな地元では見慣れない歯車型の首輪のような装置をつけているけど、これが何かはちょっと前に知った。
まあ、それはいい。問題は、ボクがしでかしたらしいこのやらかしをどう収拾するか、ということだった。
「この……クソ魔族が……」
ふと視線を下げれば、そこにはボクがこんがり焼いた対戦相手の女の子が、髪の毛の一部をちょっとちりちりにして、恨めしそうにこちらを見上げながら倒れている。ギャラリーの子たちはドン引きだ。先ほどまでの侮蔑や無関心の視線じゃなく、化け物を見るような目でボクを見てくる。失礼だなあ。魔族が人族と戦争してたのはもう十年以上前なのに。そして、辺りに鳴り響く雷のような音──おっと、これはボクのお腹の虫だった。この「能力」を使うとお腹がすいてしょうがないんだよね。
「る、ルチカ……」
ギャラリーの中から、いち早く硬直から回復した銀髪赤目の美少女──レオニーは絞り出すような声でボクの名前を呼んだ。ルチカ──それがボクの名前。一人称と振る舞い方で時どき間違えられるけど、ボクはちゃんと女の子だ。
声をかけてくれたレオニーは掛け値なしの美少女だった。色素の薄い白にも銀にも見える長い髪の毛はよく手入れされているようで、触ったらきっと天上の絹のような心地だろう。視線が絡んだら凍えそうな冷たい炎を思わせる赤い瞳は、今は少し不安に揺れている。
レオニーはちょっと幸薄そうな雰囲気を身に纏っているけれど、それは全然問題ない。だってそんなのボクが蹴っ飛ばしてあげるから。ペタンと女の子座りしているのが可愛いなあ、と思いながら、ボクは口を開いた。
「レオニー」
「……っ!」
ボクが返事をすると、レオニーは少し怯えた様子を見せた。う、ちょっと傷つくなあ、その反応。でも、仕方ないか。ちょっと暴れちゃったし。変な印象を持たれちゃったかもしれないけど、それもまあきっと大丈夫でしょ。てか、これくらい慣れて貰わないと困る。何しろ長い付き合いになるんだし。
そう、お付き合い。人間っていうのは実に遠回しな表現が好きだね。ボクの故郷でこんな言い方したら笑われちゃうよ。だからここは一つ、ボク流の言い方をさせて貰おうと思う。
「ねぇ、レオニー」
「……なんですか」
まだうめいているこんがりさんから離れてレオニーの前まで来ると、ボクは手を差し伸べた。同時にレオニー以外のギャラリーが怯えたように遠ざかる。なんだよ、感じ悪いなあ。
レオニーの瞳には黒目黒髪低身長なボクの姿が映っていた。はぁ……。やっぱり、もうちょい身長が欲しいね。警戒するような視線が返ってきたけど、ボクはそれを笑顔で受け止める。ボクの手を摑んで立った彼女は、頭一つ分くらいボクよりも背が高い。うんうん、カッコイイのはいいことだね。さて、そんなレオニーにボクは──。
「こほん。レオニー、さっきは勇敢だったね」
「……そんなつもりはありませんでしたが……」
「いいの。ボクはすんごく感動したんだよ」
「はあ……」
「それで、相談なんだけど」
「……ええ」
そこでボクは一旦言葉を切って、レオニーを見た。レオニーの瞳にはまだ警戒の色が濃い。身持ちが堅いのも貞操観念が高そうで大変よろしい。とはいえ、これから言うことはボクにとってもそれなりに思い切った内容だから、出来れば前向きに受け止めて貰えるといいんだけど。
ええいままよ。女は度胸だってママも言ってたし。
「レオニー=バイエズ。キミ、ボクと番にならない?」
「え……? つ、番……?」
あ、ちょっと頰が赤くなった。脈あり? 脈ありかなあ? そこそこ格好いいところも見せたはずだし、いけると思ったんだ。よーし、このまま勢いで口説き落とそう。
「レオニーは優しいし、見た目も超ボクの好みなんだ。絶対幸せにするからさ。ね、ね? お願い!」
「え、えーと……え?」
「やっぱり魔族と番になるのは不安かなあ? でも、大丈夫だよ、レオニー。ママが言ってたけど、番は憧れよりも慣れだって」
「い、いえ、そういう話ではなくてですね……」
あれ? 思ったよりもガードが堅い? いけると思ったんだけどなあ。どこでどう間違ったんだろう。ボクはこれまでにあったことを思い返してみた。
そもそもの発端は、ボクがこの王都にたどり着いた夜に遡る。