第一章 ①

 ボクは死にかけていた。強敵に敗れ去ったとかじゃない。病気にかかったわけでもない。じゃあ何が原因かというと、単純に路銀がきて空腹だったからだ。


「うう……ひもじい……。都会の人族は冷たいっていうけど、本当だなあ……」


 人族の国で一番大きい国カーズ王国の王都。その門をくぐってしばらく行った広場のふんすいで、ボクは力きていた。故郷を出る時にじゆうぶんな路銀は持ってきたはずなんだけど、思いのほかにこの都が遠く、もう三日ほど水しか飲んでいない。

 気づけば辺りはもう暗くなっている。すわんでうつろな目をしているボクを、行きう人が白い目で見ては遠ざかっていく。そうめいな人は危険に近づかないものだっていうのは、人族の格言だっけ。こんな美少女を見捨てるなんて、人族は見る目がなさ過ぎると思うんだけど。

 などという悪態もいまいちせいさいを欠いている。そろそろ限界だ。夢をかなえるために故郷からはるばる旅をしてきたのに、最期はまさかのえ死になんてカッコ悪すぎる。ごくにいるはずのママごめんなさい。ルチカは今、おそばに参ります。月に見守られながら、ルチカのぼうけんは今ここに幕を閉じ──。


「あの……だいじようですか?」

「レオニーちゃん、やめなよ」

「だって、放っておけないですよ、ノール」

「その黒いかみひとみ……その子ぞくだよ」

「だからこそです。勇者のむすめの私が、差別なんて出来ません」


 二種類の女の子の声が聞こえた。残り少ない力をしぼって上を見上げると、そこには心配げな顔の全体的に白い女の子と、おくびようそうな全体的に水色な女の子がいた。


「た……助けて……」

ですか? 病気ですか?」


 レオニーと呼ばれた白い女の子の方がひざを折ってボクの身体からだを検分し始めた。その様子を水色の子──ノールが心配そうに見守っている。


「──た」

「え? なんですか?」


 ──ぐぅぅぅ。


「……おなかがすいた」

「……は?」


 レオニーの表情が心配からあきれへとじよじよに変わっていくのが見えた。ううぅ……カッコ悪い。でも、しょうがないじゃないか。人族だっておなかがすいたら戦争できないって言うでしょ?


「お願い……何か食べさせて……」

「……はぁ……。少し待っていてください。ノール、ちょっとここをお願いします」

「あ、レオニーちゃん……!」


 レオニーはボクらを残して近くのてんに行くようだった。ようだった、というのは、もう視界がぼやけてきていて、ちゃんと見えないからだった。あ、これホントにやばいやつだ。


「ほら、これを食べてください」


 もどってきたレオニーを気配だけで感じながら、わたされたものをつかんだ。しゆんかん、意識をきようれつに引きもどすような暴力的な香りがこうつらぬいた。ボクは考えるよりも早く、それにむさぼりついた。直後に口の中いっぱいに広がるえんうま。ボクは世の中にこんなにしいものがあるのかと思った。なみだが出てくる。


「お、しい……」

「泣くほどですか!? 大げさです。ただのくしきですよ?」

「そんなことない。すごしい……」

「よっぽどおなかすいてたんだね……」


 あきれと変な感心に満ちた視線を受けつつ、ボクは二本目のくしきにかぶりついた。こうばしく焼き上げられた熱々のとりにくは、かみしめると中からじゅわっとにくじゆうあふれてくる。下味の塩もシンプルでしいけど、上からかけられたあまからいタレが本当にたまらない。ボクは夢中になって食べると、五本あったくしきはあっという間になくなった。


「……んぐ。ごそうさま。あぁ……しかったぁ……」

「それは良かったです」

「本当に助かったよ。ありがとう。キミは命の恩人だね」

「だから大げさです」

「いやいや、本当にボク、死んじゃうところだった……し……?」


 そこでボクは初めて気がついた。このレオニーっていう子、とんでもない美少女だ。月明かりに照らし出された全体的にはかなさちうすそうなぼうは、ボクの好みにドストライク。しかも見ず知らずの行きだおれだった、ボクみたいなのに声をかけてくれるようなやさしい子だ。何という優良物件。


「ボクはルチカ。ねぇ、レオニーって言ったよね。キミ、つがいはいる?」

「は?」

「人間の場合は何て言うんだっけ……? こいびと?」

「……いませんけれど」

「そっかそっか」


 行きだおれそうになったときはどうなることかと思ったけど、地はボクを見捨てなかった。こんなてきな子とめぐり会えるなんて。


「立てますか?」

「え、ああ、うん。だいじよう。よっと」


 反動をつけて起き上がり、うでや足の調子をかくにんする。ずっとじっとしていたから少しこわばっているけど、少し動かせばだいじようだろう。


り返すけど、ホントありがとう。せっかく人族の都に来たのに、夢をかなえる前に死んじゃうとこだったよ」

「というと、あなたも勇者学校の試験に?」


 おや?


「ってことは、レオニーたちも?」

「ええ」

「試験に備えて、会場を下見した帰りなの。後は食事でもして帰ろうかって」


 クールにうなずくレオニーに対して、ノールの方はまだボクに対しておびえてる……というよりは性格なのかな。レオニーが何事も客観冷静にきわめようとするのに対して、ノールの方は内気で引っあんという感じだ。

 なるほど、これから食事にね。……チャーンス。


「それ、ボクも同行していいかな?」

「……いいですか、ノール?」

「レオニーちゃんがいいなら、別に……」

「ありがとう」


 というわけで、同行させてもらうことになったのだが──。

 ──そこに油断があった。


「わっ!?」


 後ろからき飛ばされてよろめいたすきに、ふところから何かをき取られる感覚があった。


「! ひったくりです!」

「うわ、マジかぁ……」


 ちょっとおなかが満たされたとはいえ、まだまだ腹三分目くらい。本調子とはとてもいかないボクはすっかり油断していたみたいだ。路銀はきているからさいの中は空っぽなんだけど、さい自体がちょっとくしたくないものだった。


「ぼやっとしているからです! 追いかけますよ! ノールは警備の者に通報を!」

「うん!」

「よーし、めいばんかい!」


 ノールを置いてレオニーと並んで走り出した。夜の王都は案外人が多かった。りよくの明かりに照らし出された、まさに不夜城。ボクとレオニーは人混みをうようにけていく。へぇ、ボクのスピードについてこられるなんて、レオニーってばゆうしゆうなんだ。


「カーズの王都って意外と治安悪いんだねぇ」

「この時期のスペドは、勇者試験のえいきようもあって人混みができやすいんです。ああいうやからも増えます」


 走りながら話すけれど、レオニーは息一つ切らさない。うんうん、いいねいいね。ますますボクの好みだ。


「勇者学校ってさ、やっぱ入るの難しい?」

「勇者を育成する学校ですよ? 当たり前です。こんな時に何を──」

「実技試験もある?」

「筆記も。ですが、それが今何の関係が──」


 げんな顔をするレオニーに、ボクはにっと笑いかけてから、


「なら、ひったくりくらい、楽勝でつかまえられないとね」


 ボクはける速度を一段上げた。


「なっ……!?」

「ほらほらほら! 追いついちゃうぞ!」


 ボクは追いかけ方をふうして、ひったくりをひとのない方へない方へとゆうどうした。ほどなく、裏路地へとひったくりを追いめることに成功する。


「て、てめぇ……!」

「はーい、すとーっぷ。ここから先は通さないよん」


 追いめられたひったくりの行く手をさえぎるように、ボクは両手を広げた。おくれてやって来たレオニーが少しだけ感心したような表情をかべている。ふふ、ちょっとはいいところ見せられたかな?


「さあさ、観念しておさい返してよ。中身は空っぽだけど、ママの形見で大事なものなんだ」

「クソが──!」