第一章 ②

 ひったくりはよく見ると女の子だったらしい。乱暴に毒づくとボクに向かってさいを投げ返してきた。ボクはそれを受け取って、大事にふところにしまった。


「どうせテメェらも勇者になりたいなんてごとほざいてる口だろ!」


 ひったくりがわめく。その目はどこかにげ場がないかを探していて、キョロキョロと落ち着きがない。


ごと……? 大真面目だけど?」

「よしなさい、ルチカ。こんなならず者に、勇者を目指す高い志は理解できないでしょう」


 レオニーはしんらつだった。その言い方には、勇者学校への入学にかける特別な思いのようなものが感じられる。でも、彼女の言い草はひったくりの子をげきしたようだった。


「テメェ、レオニー=バイエズだな? 《ばんのう》の勇者のむすめか。ギアに従うだけの働き者がそんなにえらいかよ!」

「あなたは勇者というものを分かっていません。勇者とは人のあやまちのこくふくたくされた、人類の希望です」

「何が希望だ! 才能にめぐまれただけのれいどもが!」

「ねぇ、さっきから話が見えないんだけど……?」


 勇者って一番強い人のことじゃないの? ボクが首をかしげていると、


「ギアを見なさい、ルチカ!」

「へ? うわぁ!?」


 ひったくりがふところからナイフを取り出しりかかってきた。ボクはすんでの所でけると、あわててきよを取った。


「あっぶないなあ……」

「ルチカ。あなた、ギアは?」

「なにそれ?」

「持っていないんですか!?」

「ないよ?」

「ギアも持たずに試験に来るなんて……え、この子に? あなたが?」


 レオニーは会話のちゆうとつぜん、一人問答をし始めた。


「レオニー?」

「説明は後です。これを首につけて」


 そう言うと、レオニーは歯車のような金属製の装置をわたして来た。言われるがままに首につけると、

 ──装着かくにん。お名前を教えてください。

 無機質で中性的な声がのうひびいた。


「る、ルチカだけど」


 ──よろしく、ルチカ。これよりわたくしはあなたの補助をいたします。

 反射的に名乗ると、声と共に視界とのうに像が結ばれた。


「ふむふむ、へぇー?」


 どうやらこの装置はいわゆるどうのようだった。察するにせんとう補助のような役割をしてくれるらしい。次に起き得るきよう予測○○や、すいしよう行動××などという情報がのうかぶ。次のしゆんかん、視界のひったくりのりんかくがぶれて、りかかってくる像がかんだ。


「来ますよ!」

「うん、見えてる。へぇ、ちょっとおもしろいかも」


 ──上段り。一秒後。

 再びりかかってくるひったくりのけんせんは、ギアとやらが示したのと限りなく近かった。完全ではないけど、未来予測めいたこともやってのけるらしい。


すごいじゃん、キミ。ところでキミのお名前は?」


 ──……ギアたるわたくしの名前を逆に問い返した方は、あなたが二人目です。わたくしのことはプロトタイプとお呼びください。


「長いよ。プロトって呼ぶね。よろしく。ところでその一人目は?」


 ──げき、横なぎはらい。コンマ五秒後。


「わっとっと」


 人間の技術ってすごいなあ、と感心しながら、ボクはナイフをひらりひらりとかわした。


「なるほど、こりゃあ便利かも。でもちょっとっちゃいそうで、ボクは苦手かなあ?」

「このガキ、めやがって!」


 あなどられたと取ったのか、ひったくりがよりいっそうきようあくな形相でナイフをり回してきた。元々大した手合いではなく、ギアの補助もあって、ボクはゆうでかわすことが出来た。


「そっちがその気ならボクも──って、あ。キミ、りよくとうもあんまりないタイプかぁ。これじゃあおなかすいちゃうなあ。どうしよっか」

「私に任せてください、ルチカ」


 その声と同時、レオニーは一歩ひったくりにむといつしゆんで間合いを殺し、けんせんの内側に入りんでうでを取った。


「せい!」

「ふげぇ!?」


 レオニーに投げられ地面にたたきつけられたひったくりは、見事に目を回した。気絶している間にレオニーはぎわよくロープでしばり上げていく。どっから出したんだろうと思ってたずねたら、生活ほうだと説明された。


「ふぅ……」

「おつかれ、レオニー。プロトも」

「ルチカも」


 ──おつかれ様でした。


「いい動きだったね、レオニー」

「ありがとうございます。ちょっと場所を変えましょうか」

「この子は?」

「ノールが呼んだ警備がそのうちけつけて連行していくでしょう」

「そっか──あれ?」


 ボクはふと気づいた。


「この校章……勇者学校のものだよね?」

「え?」


 ボクはひったくりの子が持っていた歯車型の装置──ギアだっけ──をレオニーに示して見せた。表面にりゆうの文様が刻まれている。


「これは……勇者学校の正規品です。ということはこのむすめ、勇者学校の関係者……?」

「……元在学生だよ。退学になったがな」

「!?」

「あ、目が覚めたんだ?」


 ひったくりの子は自分の置かれているじようきようは理解しているようで、げようとするそぶりもなかった。すっかり観念しているらしい。


「元在学生って……。なら、あなたもかつては勇者を目指していたということですか?」

「黒歴史だけどな」


 そう言うと、ひったくりの子は暗いみをかべながら続けた。


「学校なんて名ばかりだぜ、あそこは。才能のあるヤツをあお買いしてギアで洗脳して、規律でぐるぐる巻きにしたあげく、○○の勇者なんつーおおぎような二つ名をつけて無個性な社会の歯車として送り出す──それが勇者学校の──」

「バカなことを言わないでください!」


 レオニーが大きな声でひったくりの言葉をさえぎった。


「勇者学校はほまれ高い勇者のこうけいしやたちを育成する学校です。そして勇者とは、人々のはんとなりよすがとなる人類の希望です」


 さっきも感じたことだけど、レオニーは勇者という存在に強い思い入れがあるらしい。対するひったくりちゃんはくまで冷ややかだった。


「量産型の従順なお人形たちがか? ハッ、大した希望だぜ」

「教育により安定供給を実現した、社会的エリートと呼んでいただきたいですね。社会はんすらじゆんしゆできないあなたのような人には分からないのでしょうけれど」


 どこまで行っても二人は平行線だ。それにしても、勇者学校って強い人をきたえ上げるところじゃないの? よく考えてみると、ボクは勇者学校が具体的にどんなところなのか、あまり分かっていないのかもしれない。ひったくりちゃんとレオニーは真逆の見方をしてるけど、そんなに評価が分かれることってあるのかなあ。


「テメェらも入りゃあ分かるぜ。あそこがそんないいもんじゃねぇってことくらい──すぐにな」

「ご忠告どうも。ですが、大きなお世話です」


 その後、ひったくりちゃんはノールが連れてきた警備の人に連れて行かれた。何となく、後味が悪い。


「勇者学校、なんかえらい言われようだったね」

「あの者の言うことなんて気にする必要はありませんよ、ルチカ」

「まあ、気にしないけどね。それより、おつかれ、レオニー」

「おつかれ様です」


 これがさわがしくも印象深いボクらの出会い。

 この時はまだ知らなかった。レオニー=バイエズ──彼女がボクの人生を大きく変える存在になる、なんてことは。


 ◆◇◆◇◆



(レオニー視点)



 ひったくりのり物さわぎで変に注目を集めてしまったので、私はノールとルチカを連れて近くの広場にあるベンチできゆうけいすることにしました。てんで食べ物をいくつか調達し、簡単な夕食代わりにすることにします。