第一章 ③

 人間とぞくが戦ったじん大戦以降、人間の間ではぜいたくいましめる風潮が強く、てんに並ぶ食べ物も肉のくしきやふかしたジャガイモなど、質素なものが多いです。私はパンにとりにくと刻んだ野菜をはさんだもの、ノールはふかしたジャガイモにバターをかしたもの、ルチカはくしきをそれぞれ買い、合わせて果実水を三人分買いみました。

 ルチカは長旅の後なのか、かなり身なりがよごれていました。見かねた私は生活ほうを使って彼女の身を清め、衣服のほつれを直すことにします。


「《浄化ピユリフアイ》……《簡易ライトフイクス》」

「わぁ……すごいね」


 ルチカは生活ほうを見慣れていなかったのか、目を白黒させておどろいていました。しんせんな反応で、私は悪い気はしません。


「そう言えば、レオニーって勇者のむすめだったんだね」


 改めて自己しようかいしたところ、ルチカがそんなことを言いました。先ほどのひったくりとの会話を聞いていたのでしょう。


「ええ、私の母はおうたおした《ばんのう》の勇者、レイニ=バイエズです」

「わ、私のお母さんはその仲間で《》の勇者だったの」

「ほえー」


 ルチカはくしきをほおりつつ、目をキラキラさせています。話をられてしまった手前正直に答えましたが、実は私は自分の出自の話が苦手です。《ばんのう》の勇者のむすめというかたきは、私には荷が重すぎるものだからです。最初こそあこがれに満ちた視線を向けてくれる人は多いですが、私の実力を知るとみな、失望とともに私に向ける視線の色が変わります。

 話題を変えるため、私はルチカに質問を投げかけました。


ぞくむすめが、どうして勇者学校に?」

「そんなに変かな? ぞくと人族は講和したんだし、そういう変わり者が一人くらいいてもよくない?」

「それにしたってめずらしいと思うよ?」

「まあ、色々あってさ」


 そう言って果実水に口をつけるルチカは、がおついきゆうきよぜつするようなそぶりでした。


「別に深くは聞きません。だれにだって言いにくいことの一つや二つあるでしょうし」

「ふふ、さっすがレオニー。いいおよめさんになるね」


 ルチカは時々よく分からないことを言います。私はパンを一口かじりながら、ちんもくを守りました。少しパンが古いですね、これ。


「あ、これ返しておくね。キミもありがとう、プロト」


 そう言って彼女は首からギアを外してこちらに差し出して来ました。


「便利だとは思うけど、ボクにはちょっと合わないから」

「でもルチカ。あなた、自分のギアを持っていないんですよね?」

「うん」

「ギアは勇者学校の受験資格だよ、ルチカちゃん」

「えええ、マジで!?」


 そもそも、ギアはただのせんとう補助道具ではありません。装着者に最善の行動せんたくを提示しばすべき才能を示す、大いなる導き手とも言うべき人類の英知のけつしようです。いつぱん市民にはえんどおいものかもしれませんが、才ある者──特に勇者学校を志す者たちにとっては、なくてはならないものです。校則の前文にある勇者心得五大訓にもこうあります。

 ──五つ、なんじおのれよりも師よりも、ギアに従うべし。

 勇者候補生にとって、学校の教師よりも優先すべきものがギアなのでした。私はそれをルチカに説明すると、彼女はじゆうめんになりました。


「参ったなあ……。それってきっと安くないよね?」

「路銀がきた人にすぐ用意できるような値段ではありませんね」

「うぅ……」


 私はお金には不自由しておらず、ルチカに貸したのは万一に備えて持ち歩いている小型のスペアでした。スペアはいつの間にか家にあった古いギアなので、私は新しい物をつけています。


「それ、お貸ししましょうか?」

「え、でも……」

「この通り、私はもう一つ持っているので」


 私は首にはめたギアを指し示しながら続けます。


「まぁ、ルチカが勇者学校への入学をあきらめるというなら止めないですが」

「借ります! 貸してください! じん様、お母さん、レオニー様!」

「なるほど、ぞくバージョン……」


 ルチカのおかしな言い回しに、ノールがりちみました。


「では、お貸しします」

「お借りします。あ、はらいはどうしたらいい?」

しゆつばらいでいいですよ」

身体からだで返そうか?」

「ルチカ……。ぞくの価値観がどういうものかは分かりませんが、仮にも勇者を目指そうというのなら、そういうじようだんは言うものではありません」

「あははは、ごめんごめん」


 私がたしなめると、ルチカは案外なおに謝罪を口にしました。なおなのだかひねくれているのだか、今ひとつつかみかねる人です。


「それとこれを」

「あむ?」


 私はかわぶくろから銀貨を数枚取り出してルチカにわたそうとしました。くしきにかぶりついていたルチカがきょとんとした後、それをゴクリと飲みんでから聞いてきました。


「それは?」

「勇者試験までの生活費です。今、無一文なのでしょう?」

「それはそうなんだけど……どっちかっていうと、働けるとこ教えて欲しいな」

「働けるところ、ですか」

「うん」


 安易にほどこしを受けようとせず、自らかせぎたいというルチカの姿勢は、私にも好ましいものです。私はひそかに彼女の評価を一つ上げました。


「それなら、知り合いの宿屋をしようかいしましょう。勇者試験のせいでねこの手も借りたいくらいいそがしいようですから。食事とどこもつくでしょうし」

「わお、最高。ぜひお願い」


 私は知人の宿屋にしようかいじようを書き、いつしよに地図もしたためてルチカにわたしました。

 勇者試験についていくつかの情報を提供したあと、私とノールはルチカと別れることになりました。


「じゃあまたね、レオニー、ノール。次は試験会場で!」

「ええ」

「またね、ルチカちゃん」


 広場を出ると外はすっかり暗くなっており、ルチカの姿はすぐに見えなくなりました。ルチカと話した時間は決して長いものではありませんでした。それなのに、私のぶたにはあの変わり者のぞくの姿が、焼き付いてはなれないような気がしました。


「……変わった子だったね」

「ええ。でも──」


 私は先に歩き出しながら、ふとつぶやくように続けました。


「でも、悪い人ではなさそうです」


 ◆◇◆◇◆



(ルチカ視点)



 レオニーたちに会ってから数日後の朝、ボクは勇者学校の入学試験会場にやってきた。試験会場は勇者学校そのものらしいけど、お目当ての場所には武骨な門がぽつんと一つしかなかった。


(おや?)


 ──門をくぐってください。だんは自由に行き来できませんが、今日は開いているはずですから。

 げんに思ったけど、プロトにそう言われて門をくぐると風景が一変する。


「わ」


 ──ようこそ、勇者学校へ。と言っても、わたくしは関係者でもなんでもないんですけれどね。


「や、ありがとう。ちょっとワクワクしてきた」


 勇者学校は四方を無機質な高いかべに囲まれていて、どうやら門以外からは行き来が出来ないみたいだった。外側からは中は見えない仕様になっているらしい。なんだか学校というよりかんごくみたいにも見えるなあとボクは思った。一番大きい建物は結構いい感じの古い人族文化の建造物に見えるし、何かのせつを再利用しているのかもしれないね。

 周りをわたせば、うでに覚えがありそうな若者がずらりとかたを並べて試験の開始を待っている。ひとくせふたくせもありそうなつらがまえをしていて、みんなこれから始まる試験を待ちわびているように見えた。強さを何よりも尊ぶのが基本のぞくとしては、強そうな子がいっぱいいるじようきようはワクワクしちゃう。でも、レオニーによると最初は筆記試験からだって言うしなぁ。地頭は悪くないと自分では思うんだけど、どうにも暗記科目は苦手だ。


「ルチカ」

「あ、レオニー。ノールも。おはよ」


 他の子たちに交ざって時間を待っていると、レオニーとノールたちもやってきた。