第一章 ④

「おはようございます」

「おはよう、ルチカちゃん」


 何気なくあいさつわす。二人はかなりきんちようしているのが見て取れる。当然か。これから試験だもんね。


「いよいよ試験だね。自信はどーお?」

「筆記は自信があります。ただ、実技が……」

「なんで? こないだのり物のとき見た限り、レオニーって相当使えるよね?」

「それだけこの試験のレベルが高い、ということなんだよ」

「そういうことです。例えばほら、あそこにいる赤毛の


 そう言ってレオニーが指さした先には、ウェービーな赤いロングヘアをした女の子が一人。立ち方だけで分かる。あの子は相当な使い手だ。


「あの子は?」

「ダニタ=ブラックバーンさんだよ。私やレオニーちゃんと同じく、勇者一行のむすめで、次代最強の勇者と呼び声の高い実力者」

「あのレベルの方が受験するのが、この勇者学校の入学試験です。生半可な実力では通過出来ません」


 レオニーが言うからには、相当に難しい試験なんだろう。でも、だからってあきらめるつもりはじんもない。


「ふーん? でも、一番強い勇者になるのはボクだし」


 空元気じゃない。強がりでもない。決意のつもりでボクはそう言った。


「へーぇ? 大した自信だなぁ、おい」


 ボクの言葉は赤毛のむすめ──ダニタの耳にとまったらしい。彼女はちようはつ的な表情をかべて、こちらにやってきた。間近で見るとはくりよくすごい。全身ムキムキという訳じゃないけど、のないしなやかな筋肉をまとっていることが見て取れる。ダニタは野生のやまねこを思わせるどうもうみをかべた。


「お前みたいなちんちくりんが勇者を目指すって? おい、レオニー。コイツに言ってやれよ。ここは子どもの遊び場じゃねえってな」

「ダニタ……」

「子どもあつかいはやめてよね。ちょっと背が高いからって」


 確かにボクとダニタが並んだら、大人と子どもくらい差があるけどさあ!


「体格だって才能の内だろ? オレは小さいころからギアで全身をきたえてきたんだ。お前みたいななんちゃってとは積み上げてきたものがちがうんだよ」

「そうそう。大体、アンタぞくじゃね? ぞくが勇者を目指すって、なんつージョーク」


 ダニタだけでなく、取り巻きらしき子までがボクを馬鹿にしてくる。へんけんかもしれないけど、遊んでそうな派手な身なりをした子で、尊大ではあるけど武人っぽさもあるダニタといつしよにいるのは少しかんのある子だ。


「言ってなよ。どう言われようと、ボクは必ず最強の勇者になるんだから」

「……ほざいたなチビ。ざっと見た限り、お前もまあまあやるみたいだが……。試験の前にいっちょ現実を思い知らせてやろうか?」

「やっちゃえ、ダニタさん!」

「ちょっと、やめてください、二人とも!」


 ボクらがにらみ合いを始めると、取り巻きちゃんはきつけ、レオニーは止めようとした。


しても知らないよ?」

「お前がな」


 ボクとダニタの間にいつしよくそくはつの空気がただよった。


せいしゆくに! これより試験を始める。入学志願者は二列に並んで入場するように」


 その空気を冷ますように、試験開始の声がひびいた。ボクとダニタはどちらともなく構えを解く。


「命拾いしたな、お前」

「キミこそ」


 捨て台詞ぜりふいて去るダニタを見送ると、後ろにいたレオニーたちが大きく息をくのが聞こえた。


「ルチカ、あなたねぇ……」

「ダニタさん相手にケンカを売るなんて……」

「売ってきたのはあっちだよ。ボクは売られたら買うだけ」


 とはいえ、試験の前に余計な体力を使わずに済んだのは良かった。きんちようも適度にほぐれたし、結果的にはうれしい誤算だ。


「さあ、試験がんろうね、レオニー、ノール」

「……脳天気でいいですね、ルチカは」

「あ、あははは……」


 ◆◇◆◇◆



(レオニー視点)



 筆記試験を終えて講義室を出ました。ノールと食事をとろうと思いながら辺りを歩いていると、中庭でルチカとノールを見つけました。


「おつかれ様です、ノール、ルチカ」

「おつかれ様、レオニーちゃん」

「おつかれぇ……」


 ノールはいつもと変わらない様子ですが、ルチカはなんだかげっそりした顔でノールにひざまくらされていました。


「その様子だと、ノールは筆記、くいったみたいですね」

「うん。レオニーちゃんも?」

「はい」

「そっか。でも、ルチカちゃんは……」

「無理……文字の海におぼれる……」


 目を回しているルチカを見ると、どうやら筆記試験に苦戦したようです。第一印象から座学とはあいしようが悪そうだと思っていましたが、まさかここまでとは。


「しっかりしてください、ルチカ。最強の勇者になるのでしょう?」

「うん……。でも、ボク足切りにうかも……」

「そんなに難しかったかなあ……?」

「ノールの無自覚な優等生発言がさるぅ……」

「あ。ごめん」


 ノールはひざまくらをしたまま、そっとルチカのかみをなでました。どうでもいいですが、きよが近くないですかあなた方。


「いつの間にルチカとそんなに仲良くなったんです、ノール?」

「え?」

「およ? レオニーってばジェラシー?」

ちがいます」


 何だかノールを取られたような気は少ししますけれど、ルチカの言い方には悪意がありすぎます。


「あっははは! ざまあねぇな、最強の勇者さんよ」

「ホントですね!」

「ダニタ……」


 完全に意気しようちんしているルチカをわらったのは取り巻きらしき少女を連れたダニタでした。彼女は素行こそあまりよくありませんが、教養はあるのです。さすが勇者一行のむすめというべきでしょうか。ちなみに母の仲間だったのは彼女の父親である《せん》の勇者で、母親は勇者学校の教員をしているはずです。


「うるさいよ、ダニタ。あっち行って」

「へいへい。こっちもお前なんかにゃ用はねぇよ。じゃあな、落ちこぼれ。おい、行くぞ」

「あ、待ってくださいよ、ダニタさん!」


 そんな捨て台詞ぜりふを残し、ダニタは取り巻きを連れて去って行きました。


「何しに来たんだよ、アイツ……」

げきれい……かな?」

「そんないいものじゃなかったと思うけど……」


 まあ、本当に彼女がルチカのことをにもかけていないなら、きっと相手にもしないでしょう。そういう意味では、ダニタもルチカのことを多かれ少なかれ意識しているのかもしれません。ルチカの実力は未知数ですが、ダニタのようなが気にかけるほどなのでしょうか。


「落ちんでいても仕方ないでしょう。そろそろ結果がり出されます。さっさとご飯を食べて行きますよ」

「ほ、ほら、ルチカちゃん。起きて?」

「うーん……もうちょっと……」

「起きなさい」

「あだっ!? レオニーは厳しいなあ」

つうです」


 やれやれ、などと言いながらおつくうそうに立ち上がったルチカは、大きくびをしました。何だか大きなねこのような人です。大きなねこなら大人のねこではないかと言われそうですが、ルチカは身体からだが大きいだけのねこだと私は思いました。

 勇者学校の入り口にあるけいばん前は、筆記試験の結果を見る人でごった返しています。すでに結果はり出されているようで、周りでは合格を喜ぶ者や足きりにってなげく者など、それぞれの悲喜こもごもがり広げられています。

 私たち三人も人混みをかきわけて、結果のり出しの前まで来ました。


(……良かった。受かっていました)


 自信がなかったと言うとうそになりますが、それでもケアレスミスで回答らんちがうなどということもありえます。無事に通ったのはやはりホッとしました。


「あ、良かった。受かってる……」

「ノールも受かったんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。レオニーちゃんも受かったみたいだね。おめでとう」


 ノールとあくしゆわして喜びを分かち合います。優等生なノールのことですから、落ちることはまずないと思っていましたが、やはりこうして結果を確かめ合えるのはうれしいことです。

 問題は──。


「……」

「ルチカ?」

「見たくない。こわくて見られない」


 ルチカは両目を手でおおっていました。私が手をどけようとすると、いやいやと頭をってきよするのです。全く。


「レオニー、代わりに見て」