「おはようございます」
「おはよう、ルチカちゃん」
何気なく挨拶を交わす。二人はかなり緊張しているのが見て取れる。当然か。これから試験だもんね。
「いよいよ試験だね。自信はどーお?」
「筆記は自信があります。ただ、実技が……」
「なんで? こないだの捕り物のとき見た限り、レオニーって相当使えるよね?」
「それだけこの試験のレベルが高い、ということなんだよ」
「そういうことです。例えばほら、あそこにいる赤毛の娘」
そう言ってレオニーが指さした先には、ウェービーな赤いロングヘアをした女の子が一人。立ち方だけで分かる。あの子は相当な使い手だ。
「あの子は?」
「ダニタ=ブラックバーンさんだよ。私やレオニーちゃんと同じく、勇者一行の娘で、次代最強の勇者と呼び声の高い実力者」
「あのレベルの方が受験するのが、この勇者学校の入学試験です。生半可な実力では通過出来ません」
レオニーが言うからには、相当に難しい試験なんだろう。でも、だからって諦めるつもりは微塵もない。
「ふーん? でも、一番強い勇者になるのはボクだし」
空元気じゃない。強がりでもない。決意のつもりでボクはそう言った。
「へーぇ? 大した自信だなぁ、おい」
ボクの言葉は赤毛の娘──ダニタの耳にとまったらしい。彼女は挑発的な表情を浮かべて、こちらにやってきた。間近で見ると迫力が凄い。全身ムキムキという訳じゃないけど、無駄のないしなやかな筋肉を纏っていることが見て取れる。ダニタは野生の山猫を思わせる獰猛な笑みを浮かべた。
「お前みたいなちんちくりんが勇者を目指すって? おい、レオニー。コイツに言ってやれよ。ここは子どもの遊び場じゃねえってな」
「ダニタ……」
「子ども扱いはやめてよね。ちょっと背が高いからって」
確かにボクとダニタが並んだら、大人と子どもくらい差があるけどさあ!
「体格だって才能の内だろ? オレは小さい頃からギアで全身を鍛えてきたんだ。お前みたいななんちゃってとは積み上げてきたものが違うんだよ」
「そうそう。大体、アンタ魔族じゃね? 魔族が勇者を目指すって、なんつージョーク」
ダニタだけでなく、取り巻きらしき子までがボクを馬鹿にしてくる。偏見かもしれないけど、遊んでそうな派手な身なりをした子で、尊大ではあるけど武人っぽさもあるダニタと一緒にいるのは少し違和感のある子だ。
「言ってなよ。どう言われようと、ボクは必ず最強の勇者になるんだから」
「……ほざいたなチビ。ざっと見た限り、お前もまあまあやるみたいだが……。試験の前にいっちょ現実を思い知らせてやろうか?」
「やっちゃえ、ダニタさん!」
「ちょっと、やめてください、二人とも!」
ボクらがにらみ合いを始めると、取り巻きちゃんは焚きつけ、レオニーは止めようとした。
「怪我しても知らないよ?」
「お前がな」
ボクとダニタの間に一触即発の空気が漂った。
「静粛に! これより試験を始める。入学志願者は二列に並んで入場するように」
その空気を冷ますように、試験開始の声が響いた。ボクとダニタはどちらともなく構えを解く。
「命拾いしたな、お前」
「キミこそ」
捨て台詞を吐いて去るダニタを見送ると、後ろにいたレオニーたちが大きく息を吐くのが聞こえた。
「ルチカ、あなたねぇ……」
「ダニタさん相手にケンカを売るなんて……」
「売ってきたのはあっちだよ。ボクは売られたら買うだけ」
とはいえ、試験の前に余計な体力を使わずに済んだのは良かった。緊張も適度にほぐれたし、結果的には嬉しい誤算だ。
「さあ、試験頑張ろうね、レオニー、ノール」
「……脳天気でいいですね、ルチカは」
「あ、あははは……」
◆◇◆◇◆
(レオニー視点)
筆記試験を終えて講義室を出ました。ノールと食事をとろうと思いながら辺りを歩いていると、中庭でルチカとノールを見つけました。
「お疲れ様です、ノール、ルチカ」
「お疲れ様、レオニーちゃん」
「お疲れぇ……」
ノールはいつもと変わらない様子ですが、ルチカはなんだかげっそりした顔でノールに膝枕されていました。
「その様子だと、ノールは筆記、上手くいったみたいですね」
「うん。レオニーちゃんも?」
「はい」
「そっか。でも、ルチカちゃんは……」
「無理……文字の海に溺れる……」
目を回しているルチカを見ると、どうやら筆記試験に苦戦したようです。第一印象から座学とは相性が悪そうだと思っていましたが、まさかここまでとは。
「しっかりしてください、ルチカ。最強の勇者になるのでしょう?」
「うん……。でも、ボク足切りに遭うかも……」
「そんなに難しかったかなあ……?」
「ノールの無自覚な優等生発言が刺さるぅ……」
「あ。ごめん」
ノールは膝枕をしたまま、そっとルチカの髪をなでました。どうでもいいですが、距離が近くないですかあなた方。
「いつの間にルチカとそんなに仲良くなったんです、ノール?」
「え?」
「およ? レオニーってばジェラシー?」
「違います」
何だかノールを取られたような気は少ししますけれど、ルチカの言い方には悪意がありすぎます。
「あっははは! ざまあねぇな、最強の勇者さんよ」
「ホントですね!」
「ダニタ……」
完全に意気消沈しているルチカを嗤ったのは取り巻きらしき少女を連れたダニタでした。彼女は素行こそあまりよくありませんが、教養はあるのです。さすが勇者一行の娘というべきでしょうか。ちなみに母の仲間だったのは彼女の父親である《戦斧》の勇者で、母親は勇者学校の教員をしているはずです。
「うるさいよ、ダニタ。あっち行って」
「へいへい。こっちもお前なんかにゃ用はねぇよ。じゃあな、落ちこぼれ。おい、行くぞ」
「あ、待ってくださいよ、ダニタさん!」
そんな捨て台詞を残し、ダニタは取り巻きを連れて去って行きました。
「何しに来たんだよ、アイツ……」
「激励……かな?」
「そんないいものじゃなかったと思うけど……」
まあ、本当に彼女がルチカのことを歯牙にもかけていないなら、きっと相手にもしないでしょう。そういう意味では、ダニタもルチカのことを多かれ少なかれ意識しているのかもしれません。ルチカの実力は未知数ですが、ダニタのような猛者が気にかける程なのでしょうか。
「落ち込んでいても仕方ないでしょう。そろそろ結果が貼り出されます。さっさとご飯を食べて行きますよ」
「ほ、ほら、ルチカちゃん。起きて?」
「うーん……もうちょっと……」
「起きなさい」
「あだっ!? レオニーは厳しいなあ」
「普通です」
やれやれ、などと言いながら億劫そうに立ち上がったルチカは、大きく伸びをしました。何だか大きな子猫のような人です。大きな猫なら大人の猫ではないかと言われそうですが、ルチカは身体が大きいだけの子猫だと私は思いました。
勇者学校の入り口にある掲示板前は、筆記試験の結果を見る人でごった返しています。既に結果は貼り出されているようで、周りでは合格を喜ぶ者や足きりに遭って嘆く者など、それぞれの悲喜こもごもが繰り広げられています。
私たち三人も人混みをかきわけて、結果の貼り出しの前まで来ました。
(……良かった。受かっていました)
自信がなかったと言うと噓になりますが、それでもケアレスミスで回答欄を間違うなどということもありえます。無事に通ったのはやはりホッとしました。
「あ、良かった。受かってる……」
「ノールも受かったんですね。おめでとうございます」
「ありがとう。レオニーちゃんも受かったみたいだね。おめでとう」
ノールと握手を交わして喜びを分かち合います。優等生なノールのことですから、落ちることはまずないと思っていましたが、やはりこうして結果を確かめ合えるのは嬉しいことです。
問題は──。
「……」
「ルチカ?」
「見たくない。怖くて見られない」
ルチカは両目を手で覆っていました。私が手をどけようとすると、いやいやと頭を振って拒否するのです。全く。
「レオニー、代わりに見て」