プロローグ ①

 人の価値観って、いろいろあると思うわけ。

 たとえば友達に「カレーが嫌い」っていう珍しいやつがいるんだけどさ。アレルギーとかそういう体質の問題じゃなくて、たんにご飯がドロドロになるから嫌なんだと。

 そいつは周りから「お前、カレーが嫌いって人生半分損してるな」とか言われるたびに、うんざりするってこぼしてた。

 その〝うんざり〟の部分は、ヒジョーによくわかる。

 俺も周りから似たようなことをよく言われてるから。こんな感じで。あきれ気味に。


「……お前、高一で『彼女とかいらない』って、人生半分どころか九割損してるな」


 いや、九割はさすがに言い過ぎだろ。

 てか俺の考えって、そんなに珍しいか?

 個人的にはカレーが嫌いなやつのほうが、よっぽど珍しいと思うんだけど。


 別に彼女なんてほしくない────俺はそういう考えの持ち主だったりする。

 一応言っとくけど、本心な。人の価値観っていろいろあるんだよ。


 だけどどうも俺のこの価値観は、同世代の男連中にはなかなか受け入れがたいらしく……。

 この話をすれば大抵「モテないやつのひがみだろ?」とか「スカしてるね~」とか返ってくるし、真剣に聞いてるやつがいると思えば「ま、BLもありじゃね」とか勝手に納得される始末。

 違うわ。そういうの全部抜きにして、俺は本当に彼女とかいらないの。

 だって友達と大勢でわいわい遊んでるほうが、絶対楽しそうじゃない?

 もちろん彼女と二人きりで遊ぶことだって、楽しくて幸せなんだろうなとは思うよ。

 でも俺はたぶん、彼女とのデート中でも友達から「いつものメンツでモンハンやらね?」って連絡がきたら、確実に揺れる。「今からみんなでプール行くけど、お前もどう?」って誘われたら、なんで今日なんだよって悔しさのあまり地団駄を踏みまくる。

 だったら彼女なんて……少なくとも今はまだ、いないほうがいいなって。


 でもみんな、彼女を作って青春をおうしようとしてるんだし、お前も────黙りなさい。


 青春=彼女を作ること?

 それがしたいやつを否定する気はないけどさ。俺的には小さいわ。

 青春ってなにも、それがすべてじゃないだろ。

 恋人と『二人だけ』の思い出を積み上げていくよりも。

 友達と『みんなで』共有できるバカで青臭い思い出を、できるだけたくさん作ってさ。

 そんでいつか大人になったら、また同じメンツで集まって。

 あの頃の俺たちって青かったよな~って笑いながら、みんなで酒とかわしたい。

 だからこそ今は、友達とのバカ騒ぎのほうに全力投球したいわけ。

 むしろそっちのほうが、今しかできない青春だと思うんだけど…………どう?



 さてさて。

 そんな価値観をもつ俺が、これから語るのは。

 高校一年、バカで夏で、思春期ど真ん中で────男女の親友五人組で。


 少しゆがんだ形で大人になっていく、俺たち子どものまっすぐな物語だ。


          ◇


「おい見ろよじゆん! 今日もカツサンド、ゲットしたぜ!」


 生徒が殺到する昼休みの購買部で、親友のみやぶちせいらんが戦利品を掲げた。

 うちの購買部のカツサンドは、そこらのパン屋のものより圧倒的にうまい。

 当然生徒たちの一番人気で、昼休みの開始直後にはすぐに完売してしまうほどだ。


「くそ……おばちゃん、こっちにもカツサンド!」


 青嵐を横目で見ながら、俺も握りしめた小銭を必死に突き出す。

 それでもとうのごとく押し寄せる生徒たちの波に飲まれるばかりで、手が届かない。


「もう諦めろ。カツサンドは俺の分でラストらしいわ」


 生徒の群れをかき分けて近づいてきた青嵐が、白い歯を見せてニカッと笑った。


「え、またお前の一人勝ちかよ!? これだから身長のデカいやつは……」

「ひがむなって。あとで一口ぐらいくれてやっから」

「……俺の一口はでっかいぞ?」


 俺と青嵐は、それぞれ握りしめた拳をゴチンと突き合わせる。

 フィスト・バンプ────俺たちはこの青春っぽい仕草が大好きだった。

 ……いや、もちろんわかってるよ。

 マンガや映画じゃないんだから、実際こんなことするやつらは痛いって。

 でも痛くていいんだよ。痛いのが青春だって、誰かが言ってたし。

 大人になったとき、「あの頃はおたがい痛かったよな~」とか笑って話せる黒歴史。

 そんなちょっぴり恥ずかしくて、でもなんか笑える黒歴史を増やすのも悪くないじゃん。

 だからさ、高校生なんて多少は痛いほうがいいんだよ。

 彼女作りにやつになるより、青嵐みたいな仲間たちと遊んでるほうがずっと楽しい。

 それが童貞をこじらせるガキくさい考えだっていうのなら、俺はそれで全然構わない。

 どうせ高一なんて、まだまだ痛くても許されるガキなんだから。



 昼メシを調達した俺と青嵐は、校舎の屋上に足を向けた。

 屋上が立ち入り禁止になってる学校は多いけど、うちのやまだい高校は別。

 開放された憩いの場になっていて、ベンチとテーブルのセットがいくつか置かれている。

 だから昼休みは、こんなふうに多くの生徒たちでにぎわうんだ。

 まだ少し湿っぽい七月頭の風を浴びながら、生徒たちの間を抜けて一番奥へ。

 背の高いフェンスの手前。そこのベンチセットに、小柄な男子が一人で座っていた。

 そいつはスマホを片手に、持参の弁当を食っている。


しんろう。お待たせ」


 俺と青嵐が近づくと、そいつはスマホに目を落としたまま「うん」と漏らした。

 なか新太郎。俺たちのクラスメイトで、大事な親友の一人だ。

 デカくて野性味がある青嵐とは対照的に、新太郎は小さくて童顔。一部のお姉様方から妙な人気を博している温厚型ショタ……って言ったら本人は怒るけど、実際そんな感じ。

 そんな新太郎はやっとスマホから顔を上げて、のんびりと言った。


「結構遅かったね。やっぱり購買部、混んでた?」

「それが聞いてくれよ。青嵐の野郎、さっき別のクラスの女子から『よかったら、お昼一緒に食べませんかっ!』とか声かけられてたんだけどさ、あっさり断ったんだぜ? すげーかわいい子だったし、明らかに脈ありだったのに。なんでに断っちゃうかなあ」


 カツサンドを食い始めた青嵐を肘で突くと、その身長180超えのイケメンは、


「脈ありとかどうでもいいわ。よく知らねー女子とメシ食うより、お前らと一緒にいるほうが百倍楽しいからに決まってんだろ」


 ……やばい、泣きそう。さすが親友だ。


 宮渕青嵐。

 田中新太郎。

 そして俺こと、純也。

 俺たち三人は中学時代、『彼女を作らない同盟』とかいうアホな同盟を作った親友同士。

 言い出しっぺは俺だけど、きっかけになったのは青嵐だ。


 俺と新太郎は小学校からの腐れ縁。中学二年のときにいろいろあって、そこに青嵐が入ってきた。

 青嵐は当時から体格にも恵まれたイケメンだったから、最初はすぐに彼女ができて疎遠になるだろうなって思ってた。でも。

 ──俺、別に彼女とかいらねーんだわ。友達と遊んでるほうが楽しいじゃん。

 その発言にやたら共感して、俺たちは例の同盟を結成。

 それからは、なにをするにも三人一緒だった。

 誰かの家でゲームしたり、近くのせんじきで釣りをしたり、カラオケにもよく行った。

 去年の夏休みなんかは、チャリで行けるとこまで行ってみようって無謀な計画を実行したりもした。タイヤの細いロードバイクなんて持ってなかったから、まさかのママチャリでな。

 山を三つくらい超えたところで、さすがに限界がきて引き返したけど。

 あの帰りに男三人で見たやたられいな星空や、休憩に入ったファミレスで朝までっていたことは、今もいい思い出だ。マジ青春。ビバ友情。痛くて最高な黒歴史のひとつ。


「お、それ今週号か? あとで読ませろよ」


 きやしやな新太郎の肩に、青嵐がごつい腕を回した。

 新太郎が弁当を食いながら見ていたのは、スマホ版のマンガ雑誌だったらしい。


「え、またぁ? いい加減、自分で課金してよ。みんなで雑誌に貢献しようよ」

「硬ぇこと言うなって。ああ、ちょうどそのマンガの続きが読みてーんだわ。この前アニメにもなってたろ?」

「青嵐って深夜アニメとか見るやつだったっけ」

「たまたま遅くまで起きててな。サントラをアシッドジャズで固めるとか、いいセンスだわ」

「アシッドジャズ?」


 首をかしげる新太郎と俺に、青嵐は説明してくれた。


「ロックとダンスミュージックが融合したみてーな、軽快でノリのいい音楽。ほら、あれだ。ペルソナみたいな感じの曲。今度CD貸してやんよ」


 青嵐は見た目もそうだけど、同じ高一とは思えないくらい趣味もどこか大人っぽい。

 聴く音楽もプログレやらポストパンクやらだそうで、ジャンルで語られてもまったくピンとこない俺と新太郎にいろいろ勧めてくれたりする。



 俺たちにダーツとかビリヤードとか大人っぽい遊びを教えてくれたのも、やっぱり青嵐だ。

 そんな一見背伸びしてそうな趣味の数々も、そう見えないところがまたすごいんだよな。

 だからこいつがモテるのも納得っていうか。