プロローグ ②

 いろんなことを教えてくれるから、俺も一緒にいてめちゃくちゃ楽しいし。

 青嵐は新太郎から奪ったスマホで、アプリのマンガを読みながら、


「そうだ、この夏は三人でバイクの免許を取りに行かね? 去年のチャリ計画のリベンジに、ツーリングってやつをやってみようぜ」


 ほら、こんなことを言ったりもする。バイクなんて発想、俺にはまったくなかったのに。


「面白そうだけど、バイク買う金はどうすんだよ」

「バイトすりゃいいじゃん。足りない分は親に前借りとか?」


 新太郎もため息混じりで口を挟んできた。


「そもそも今年の夏は、僕ら三人だけじゃないでしょ……」

「あー、そういやそうだったな。ま、あいつらは後ろに乗っけてやったらいいんじゃね?」


 ちょうどそこで。


「なになに? みんな、バイクの免許取るの?」


 俺たちの前に、いつもの女子二人組がやってきた。


「いいねー。あたしも『1000しーしー』ってやつ、転がしてみたいなー」


 その二人のうち、髪の短いほうの女子が、高い位置でハンドルを握る仕草をする。

 彼女は俺たちと同じクラスの、あさぎりさん。

 ミディアムショートの毛先が少し外側に跳ねているところなんて、いかにも元気な彼女らしい。でもその細い首筋や整った顔立ちはしっかり女子。高いりようと切れ長の瞳。瞳の縁にあるまつ毛は、まばたきをすれば風が吹きそうなくらい長い。

 背丈は男子平均の俺と同じくらいある。でもその短いスカートからすらりと伸びた細くれいな足は……たぶん俺より長い。ちょっとだけな? この前なんか「ズボンの裾上げって、みんなするもんなの?」なんて名言までブチかましてたほどだ。

 とにかく女子にしては高身長で、出るところはきちんと出ているモデル体型で。ただでさえ整った顔には薄いメイクも乗せていて。見た目はすごく大人っぽいのに──、


「朝霧さん。1000ccみたいな大型の免許は、十八歳にならないと取れないんだぞ」

「そうなん? んじゃ興味ないな。古賀くんが普通二輪の免許取ったら、ニケツよろしく!」


 ──ばしん、と俺の背中を遠慮なくブッたたいてくるような、ノリのいい子なんだよな。


「で、は青嵐くんの後ろをキープっしょ?」


 そんな朝霧さんがからかうような笑みで、もう一人の女子を見た。


「え? そ、それはその……う、うん……青嵐くんが迷惑じゃなければ……」


 少し離れたところでおどおどしている彼女は、なるしま夜瑠さん。やっぱり俺たちのクラスメイトだ。

 成嶋さんは元気な朝霧さんと違って、内向的な女の子。胸ぐらいまで伸びたロングレイヤーの黒髪に、二重まぶたの大きな瞳。目尻が少し下がっているところにも、彼女の気弱な性格がよく表れている。身長も低くて小柄だし、欲をてられる小動物って感じ。

 そんな成嶋さんだけど、衣替えが済んだ白シャツの前ボタンは、苦しそうに、はじかれてしまわないように、必死でがんばっていらっしゃる。

 俺の見立てでは、たぶんFカップ以上。いわゆるチビ巨乳。いや、チビ爆乳。ぽってりした唇に引かれた桃色のリップと相まって、やたらセクシーに見えるんだよな。ギャップえっていうか、引っ込み思案な彼女のいいアクセントだと思う。

 朝霧さんと成嶋さんは見た目も性格もまるで違う二人だけど、どっちも美少女っていう点は共通だ。ワイルドイケメンの青嵐や、可愛かわいい系の新太郎ならともかく、俺みたいにモテる要素皆無のクソ地味野郎が彼女たちと一緒にいるのは、少し気後れしてしまうほど。

 実際、周りもそう見てる。俺はクラスの男連中から、「お前、青嵐と田中を餌にして、レベルの高ぇ女を二人もうまく釣りやがったな?」なんて言われていた。

 ただ勘違いしないでほしい。確かに朝霧さんも成嶋さんも、魅力的な女子だと思うけどな。

 俺たちはあくまで『ただの友達』だ。

 男三人のグループに、新しく二人が入ってきただけ。それがたまたま美少女だっただけ。

 そこに恋愛がらみのヨコシマな考えはじんもない────そう思ってる。


 少なくとも、俺はね。


「ほら夜瑠。青嵐くんに用があったんでしょ?」

「う、うん……」


 朝霧さんに背中を押された成嶋さんが、か弱いウサギのように、ちょこちょこと前に出て。

 水玉模様のハンカチに包まれた『それ』を、青嵐に差し出した。


「そ、その……青嵐くん。よかったらこれ、食べてくれない……?」

「なんだそれ?」


 首をかしげた青嵐が受け取って、ハンカチをほどく。

 もちろん『それ』の正体は、みんなの想像通り。


「おっ、弁当か」

「う、うん……えっと、私が作ったの。青嵐くん、いつもパンだったから……」


 俺も毎日パンなんだけどね。

 成嶋さんはもちろん俺なんて眼中になく、恋する少女の瞳で青嵐だけを見つめている。


「……ほんとモテるよね、青嵐は」

「……だな」


 新太郎と俺が小声でそうささやき合う視線の先で、青嵐は小さな弁当箱のふたを開けると、


「意外とボリュームあるな……一人で食い切れるかな……」


 明らかにこっちを見て、そう言った。まさかこいつ、この場面でも俺に……。


「……どうすんの純也?」

「……いや、どうするもなにも……さすがに恨まれるって……」


 新太郎とささやき合っているうちに、青嵐はいよいよストレートに切り出そうとする。


「なあ純也。さっきお前、まだ腹減ってるって」

「じゃあ唐揚げは俺がもーらいっ!」


 なかばヤケになった俺は、その弁当箱から小麦色の唐揚げを奪い取った。

 口に放り込むと、ジューシーな肉汁とスパイスの香りがいっぱいに広がる。

 うむ、うまい。

 ぽかんとしている成嶋さんに代わって、朝霧さんが声を張り上げた。


「おい古賀純也! それは夜瑠が青嵐くんのために作ってきたもんだぞ!?」

「だって俺、腹減ってたしさ」

「だとしても、最初に食べる権利は青嵐くんに譲るべきだろ~?」


 うん、俺もそう思う。

 その青嵐は大人びた顔で笑いながら、しれっとフォローを入れてきた。


「はは。まあ俺もカツサンド食っちまったあとだしな。これみんなで食っていいか、成嶋?」

「う、うん……もちろん……みんな、どうぞ……」


 青嵐の体格からして、カツサンドひとつでおなかいっぱいになるわけがない。これは成嶋さんの好意は受け取れないっていう、やんわりとした意思表示だ。

 もちろんよこやりを入れてしまった俺だって、成嶋さんには悪いと思ってるよ。

 でも本音を言えば……俺はあともう少しだけ今の関係のままでいられたら、とか思ってる。


 なにをするにも一緒だった俺たち三人は、高校生になって────五人組になっていて。

 そしてその五人組は俺にとって、もうとっくに────。


「この唐揚げマジでうまいな! もう一個もらっていい?」

「もー、古賀くんそんなにおなか空いてるなら、あたしのパンでも食ってろ!」

「んもごおっ!?」


 朝霧さんに焼きそばパンを口に押し込まれた俺は、貴重な水分を求めて新太郎の水筒に手を伸ばす。

 すかさず朝霧さんが新太郎に身を寄せる。


「田中くん、渡したらだめだよ。これは古賀くんへの罰ゲームだから」

「……だそうだよ。ごめんな」


 新太郎が水筒を引っ込めて。


「おい純也、口から焼きそば垂らしてたら、クトゥルフの邪神みてーだぞ。動画残しとくわ」


 青嵐がスマホで俺を動画撮影とかしやがって。


「あはは……古賀くん、ほんとに息苦しそうだけど……その、私のお茶、飲む……?」


 弁当を俺に取られた成嶋さんだけど、気弱な笑みで自分の水筒を差し出してくれて。


「もぉ~、夜瑠はこんな男にまで優しくしなくていいの!」


 朝霧さんがそれをとがめつつも笑って。


 ──俺にとってこの五人組は、もうかけがえのない親友グループになっていた。

 まだ五人になってから日は浅いけど、過ごした年月なんて関係ない。

 なんだかずっと昔からの友達だったような、本当に居心地のいい空気感。

 もう誰か一人でも欠けることなんて想像もできない、最高の仲間たち。


 それでも……色恋がからめば、この関係が終わってしまうことも、俺はよく知っている。

 そしてそのときは受け入れるしかないってことも、当然承知だったからこそ。

 俺はこの五人がまだ親友グループのままでいられるうちに、みんなで共有できる最高にバカで青臭い思い出を、ひとつでも多く残しておきたかった。


「おっしゃ! せっかくだし記念撮影いっとこうぜ! みんなこっち集まれ!」

「ああ? なんの記念だよ? お前ってほんと、わけがわからんっつーか……」

「そもそも僕、まだ弁当食べてる最中なんだけど……」

「あははっ、みんな男のくせにノリ悪いなあ! ほらほら、あたしのスマホで撮ろーっ!」

「あ、あの……そ、そんなに引っ張らないで……って、え、も、もう撮っちゃった?」


 梅雨明けのうららかな昼休み。男女の別とか関係なく騒ぎ続ける親友五人組。

 この最高の時間が少しでも長く続いてくれるなら。

 俺は本当に彼女なんていらない────と、思っていた。


 これは少しゆがんだ形で大人になっていく、俺たち子どものまっすぐな物語。