第一話 秘密 ①

 高校に入学したばかりの頃は、俺としんろうせいらんの男三人だけだった。

 そんな悪友たちと高校でも同じクラスになれたことを喜んで。毎日三人で騒いでいたら。

 いつからかなるしまさんが、俺たちの横にいた。

 内気で引っ込み思案で、口数は少なかったけど、なんかいつも近くにいた。

 休み時間に三人でスマホゲーをやってるときも。昼休みに屋上でメシ食ってるときも。放課後の教室に居残って、これから遊びに行く場所の相談をしてるときも。

 成嶋夜瑠はいつも俺たちのそばで、気弱な笑みを浮かべていた。

 青嵐目当てに近づいてきたってことは、すぐに察した。おとなしい女の子なのに、そういうところはやけに積極的なんだって感心したくらい。

 とにかくずっと横にいるもんだから、成嶋さんも誘って四人でスマホゲーをやったり、一緒に帰ったりしていたら。


「なーんか悪い男子三人組が、気弱な女子を連れ回してるように見えるんだけど?」


 男グループに一人でいる成嶋さんを気遣ってか、あさぎりさんが強引に入ってきた。「あたしも仲間に入れろよ~」って。

 こうして男だけの三人グループは、女子二人を加えた五人グループになった。

 みんなでカラオケに行ったり、ボーリングに行ったり、ファミレスに行ったり。

 早いもんで、五人グループになってから約二ヶ月。

 いつしか俺たちは、この五人でいることが当たり前になっていた。


          ◇


「あ、あのさ青嵐くん……もしよかったら、その、今度の日曜日、映画に行かない……?」


 休み時間の教室で、成嶋さんが青嵐を映画に誘っている場面を目撃した。


「あー、今度の日曜なぁ」


 茶色がかった髪をくしゃりとく青嵐が、ちらっと俺を見る。

 ……はいはい、わかってるって。ちょっと待ってろ……。

 ため息をついた俺は、無理やりテンションを上げて青嵐たちの輪に突撃した。


「なになに映画行くの!? 俺もちょうどたいのがあったんだよなっ!」


 青嵐は助かったとばかりに、こっちに笑顔を向ける。


「ああ、そういやじゆん、言ってたな。確か今上映中のB級アクション映画だっけか?」

「それそれ! 爆発シーンばっかりのバカ映画らしいけど、あれみんなで観に行かね!?」

「ははっ、面白そうじゃん。成嶋もそれでいいか?」


 青嵐に話を振られた成嶋さんは、ぽかんと口を開けて俺たちを見ていた。

 そしてやっぱり気弱な小動物のように肩をすくめて、小さくはにかむ。


「そだね……そういう映画は、みんなでたほうが……楽しいもんね……」


 近くにいた新太郎が、俺に耳打ちしてきた。


「……あのさ。やっぱりこういうは、よくないんじゃないかと……」

「……言わないでくれ。俺だって胸が痛いんだよ」


 一応ふれておくけど、これはもちろん『彼女を作らない同盟』とは一切関係ない。そもそもあんな同盟、中学時代にノリで騒いでいただけのおふざけで、誰も本気にしちゃいない。

 これは別途、青嵐から頼まれていたことだった。

 最近の成嶋さんは、隙あらば青嵐と二人きりになろうとする。さすがに青嵐自身もいろいろ察したみたいで、「もちろん嫌いじゃねーんだけど、みんなでいるほうが楽しいからさ。お前らがうまく割り込んできてくれよ」って。

 だからよこやりを入れるのが俺たちの役目。

 とはいえ、新太郎はキャラじゃないから、実質俺一人だけの役目。

 それでも一向にめげない成嶋さんは、ほんとにけなで、俺にはもう罪悪感しかない。

 だったらなんで俺は、そんな無茶な頼みを断ったりしないのか。そんなの決まってる。


 俺自身、グループ内での色恋沙汰は「もう少し待って」とか思ってるからだよ。


 友達グループの恋愛問題は本当に難しい。

 たとえばこれは、仕方ないことだって承知の上で、あえて言うけれど。

 誰かが誰かに告白したら、失敗や成功に関係なく、そこで俺たち五人はもう終わり。

 告白に失敗した人は当然グループにいづらくなって離れていくだろうし、成功してカップルができても同じこと。そのカップルにも気を遣って、やっぱり多少は距離ができてしまう。

 だから本当の意味で俺たち五人が気兼ねない親友同士でいられるのは、今だけなんだ。

 成嶋さんが告白に踏み切ったとして、青嵐と付き合うことになるか、ふられることになるかは知らないけど────いや残念ながら、ふられる可能性のほうが高いんだけどさ。

 どっちにしても俺はあと少し、せめてこの夏が終わるまでは、今の友達五人組のままでいたかった。色恋とは無縁の、気楽な親友同士の関係でいたかった。

 勝手な考えなのは重々承知だ。自分でも性格が悪いって思ってる。

 でもほんと、この夏が終わるまででいいんだよ。だって俺たちはこの夏、みんなで───。

 朝霧さんが「こらこら~っ!」と飛んできた。


「まーた夜瑠の意見を聞かないつもり? ほんっと、この男どもは……」

「い、いいのいいの火乃子ちゃん。映画ならみんなで行こう? ね?」


 ああ、内気な成嶋さんにこんな顔させて、ほんと申し訳ない……嫌な男でごめんな。

 でもそんなのわかっていても。首を突っ込まずにはいられないくらい。

 俺はこの五人で一緒にいることが、本当に当たり前になりすぎていたんだ。



 誰も部活をやってない俺たちは、帰るときもやっぱり五人一緒だ。

 話題はもうすぐ始まる一学期の期末考査について。

 みんなで勉強会しようって話が出て。でもって終わりそうだなって笑い合って。

 やがて俺は、いつもの交差点で立ち止まった。


「じゃあまた明日な」


 俺以外はみんな電車通学なんで、ここで全員と別れることになるんだけど。


「あ、そ、その……今日は私も、こっちに用があるから……みんな、ばいばい……」


 なぜか成嶋さんも俺と一緒に残っていた。

 こっちに用って、どこか立ち寄れるような場所あったっけ? この辺はただのド田舎だぞ。

 とくに疑問を抱いてない様子の青嵐たちが、「んじゃ、またな」と手をあげて歩き去って。

 その場には、俺と成嶋さんの二人だけが残された。


「成嶋さんはこれからどこ行くんだ?」

「うん、じつはくんと二人で話したいことがあるの。ちょっとついてきてくれない?」


 ……なるほど。俺に相談ってわけか。きっと青嵐のことだよな。

 それ以上はとくに触れず、もうさっさと歩き出していた成嶋さんのあとを追った。



 梅雨明けのクソ暑い日差しのなか、俺は先を行く成嶋さんに続いて、畑ばかりが目立つ広い県道をひたすら歩かされていた。

 なんともう『四十分近く』もな。もちろん俺の家なんてとっくに通り過ぎている。

 どこに向かってるのかはいまだに謎。目的地が見えない行軍は、かなり精神にくる。

 加えて成嶋さんは口数が少ないタイプだから、それがまた疲労に拍車をかけてくるわけで。


「なあ、マジでどこまで行くんだよ……」


 暑さと疲労でげんなりしながら、もう何度目かになるセリフをつぶやいても、


「もうちょっと」


 端的にそう返ってくるだけ。ずっとこのやりとりの繰り返し。ひたすら繰り返し。


「……あのさ。もうその辺で立ち話でもよくないか? 歩くの疲れたんだけど」


 全身にまとわりつく汗をうつとうしく感じながら、いよいよ俺が立ち止まったとき。


「だらしないなあ」


 振り返った成嶋さんが、くすっと笑った。

 あれ。こんな顔する子だったっけ。

 その顔は普段の気弱な小動物っていうよりも、むしろ獲物を狙う側の狩人かりゆうどに近かった。


「まあ、ここでもいっか」


 成嶋さんは県道の角にあるでっかい駐車場付きのコンビニを指差して、


「ねえ古賀くん。アイス買ってきてくれない?」

「え、なんで俺が」

「女子の頼みは聞くもんだよ。ふふっ」


 ……やっぱりなんかおかしい。いつもと雰囲気が違う。「キミって成嶋夜瑠さんだよな?」って聞いてしまいたくなるくらい、今の彼女は違和感の塊だった。


「まあいいけど。お金はあとでもらうぞ」

「えっ? 女子からお金とるんだ?」


 なんだこの子。

 そういうセリフは思ってても言わないのが礼儀だろ。

 もしかしてあれか。俺が青嵐との仲を邪魔しすぎて怒ってるのか。

 だとしたらまあ……こっちも悪いんだけど。


 罪悪感に負けた俺は、素直に従ってコンビニにアイスを買いに行った。

 このあとすぐに気づくことになる。

 やたらと歩かされていたのは、どうやらただの『嫌がらせ』だったってことに。



 コンビニの駐車場で俺からアイスバーを受け取った成嶋さんは、「ありがと」と短く礼を言って、シャクシャク食べ始めた。


「んで? 俺に話ってなんだよ?」


 自分用に買ったスポーツドリンクを一口飲んで、ため息。

 どうせ青嵐についての相談だろうけど、早いとこ帰ってシャワーを浴びたい。


「んふふ」


 成嶋さんはアイスバーに赤い舌をわせながら、ぎやくに満ちた笑顔で俺を見ると、


「古賀くんってさ、ほんと空気読めないよね」

「え?」

「まさかとは思うけど、気づいてないの? 私が青嵐くんを気にかけてること」


 いや、もちろん気づいてるけど。

 てゆーか、あれだけアピールしてて気づかないほうがおかしいっていうか。