第一話 秘密 ②

「わかってるくせに、わざとあんなガキみたいな邪魔してくるんだよね? なんで?」

「が、ガキって……」


 事実そうなんだけど、思いのほか険のある口調に少し萎縮する。


「ねえ答えてよ。なんで私が青嵐くんに近づこうとしたら、いつも邪魔してくんの?」

「え、えっと、どう言えばいいのかな……」


 青嵐の頼みで────なんてさすがに言えないし。

 それに結局は俺の意思でもあるわけで。

 成嶋さんの妙な迫力にされていた俺は、別にかゆくもないこめかみをぽりぽりいて、


「その……俺は今の友達五人組の関係が好きで……だからあともうちょっとだけ、このままでいたいっていうか……」


 きょとんとしていた成嶋さんはやがて、


「────ぷっ、あははっ! なにそれ? え、そんなのが理由? あはははははっ!」


 こうしようだった。


「まあ高一のオスガキだったら仕方ないのかな……にしても、あはっ。童貞すぎてウケる」


 ……ちょっと待って。

 いや、マジで待ってくれ。さっきからずっと変に思ってたんだけど。

 え、これが成嶋夜瑠の正体? そういうこと?

 引っ込み思案で内向的な普段の姿は、いわゆる猫かぶりで……まさかこれが本性なの?


「えっと……まずはごめん。確かに最近の俺は、成嶋さんに嫌われて当然のことを……」


 ひとまず素直に謝ったんだけど。


「あー、それは気にしないで。どうせ私、古賀くんのことは最初から嫌いだったから」


 さ、最初から嫌いって……マジすか……そんなあっさり言わなくても……。


「テンションうざいし、ガキだし、いつも青嵐くんの横にいるしさー。初めて会ったときからずっと『消えてほしいな~』って思ってたんだよね。あ、たなばたたんざくに書いてみようかな!」


 てかこの二面性よ……ちょっとやばくない? 学校と違いすぎてびびるんですけど。


「あのー……成嶋さんのそれって……」

「はっ、消える準備はお済みでしょうか。偉大なるクソガキー・キングダムの童貞大王様」


 ──うん。俺もこいつ、苦手かも。

 いじめっ子の笑みで「びしっ」と敬礼する成嶋夜瑠を見て、そう思った。

 そりゃ青嵐の頼みとはいえ、いろいろ邪魔してたのは完全に俺が悪いよ? でもそれを差し引いても、この暗黒面はやばすぎる。しかも俺のことは最初から嫌いだったって……。

 これまで仲良し五人組だって信じてた分、すげーショック。

 でも五人でいるときの彼女は、いつもバカ騒ぎする俺たちの端っこで控えめに笑っていて、それが全員の潤滑油の役割を果たしていて、やっぱり必要な存在だったりする。

 だからたとえあれが猫かぶりだったとしても、今後も五人でいるときはそれを貫き通してくれるなら、この本性だって見なかったことにしてやっても────。


「んふ。消えてほしいって言ってもね。そのままの意味じゃないんだよ。そこで一応確認」


 成嶋さんはぷっくりした唇をすぼめて、アイスの棒をやたら扇情的にしゃぶったあと、


「古賀くんってさ。火乃子ちゃんのこと、好きでしょ?」


「なっ……!?」

「あははっ。わかりやすい反応。まじ童貞だ。かわいいな~、大王様♪」


 なんでそれを────知っている?

 青嵐にも、新太郎にも。もちろん朝霧火乃子さん本人にも。

 誰にも言ってない俺だけの秘密なのに。


「火乃子ちゃんは気づいてないと思うけどさ。古賀くんって、火乃子ちゃんみたいなタイプの女の子、好きそうじゃん。友達と騒ぐのが好きな男子だったら余計にさ」


 図星も図星。

 俺は朝霧火乃子さんにかれている。

 かわいいからってだけじゃない。彼女は男友達みたいで、一緒にいるとすごく楽しいんだ。

 最初はただの友情だって思ってたけど、いつしか朝霧さんを目で追っている自分がいて。

 これは恋愛感情なんだって気づいてしまった。

 だからって、もちろん恋人になりたいとかは思ってない。告白する気もない。

 俺は今の友達五人組の関係が好きだから。

 だから朝霧さんへの気持ちは、厳重に鍵をかけて、心の奥底にしまっておいて。

 一生、外には出さないつもりだった。


「そんなわけで、私が火乃子ちゃんとの仲を取り持ってあげる。古賀くんに彼女ができたら、さすがに私と青嵐くんの間にも入ってこないでしょ? おたがいメリットしかなくない?」

「……必要ないよ」

「お? じゃあ自分でなんとかするってこと? へえ~、意外と男気あるんだねえ~?」


 身長の低い成嶋さんが、うつむき加減の俺をのぞき込んできた。底意地の悪い満面の笑みで。

 そして近い。その凶暴なロケットおっぱいが、こっちに当たりそうなくらい近い。


「でもこういうのって、協力者がいたほうが絶対うまくいくよ? 協力してあげるって言ってるんだから、素直に『お願いします、成嶋夜瑠さま』って頭下げてみたら? ほらほら~」

「だから、いいってば」

「ふふ。ま、私としては古賀くんに彼女ができるなら、なんでもいいんだけどね」


 いじめっ子の笑みを残す成嶋さんに、俺はスポーツドリンクを飲み干してから言った。


「──ぷはっ。いや俺はどうもしないよ? 今の友達関係のままで満足してるし」

「は?」


 成嶋さんは、なにを言われたのかわからないって顔をしてる。

 それは少しずつにじみ出した怒気で、徐々にゆがんでいった。


「どういうこと……? 火乃子ちゃんのこと好きなくせに、なにもしないわけ……?」

「そうだよ。あ、言ってなかったっけか。俺、彼女とか作る気ないんだ」

「なにそれ……こっちは相手が嫌いな古賀くんでも、わざわざ協力するって言ってんだよ!?」


 うーわ、また「嫌い」とか言ってくるし……。

 それは思ってても言わないほうがいいだろ。

 俺だって成嶋さんはもう苦手だけど、なるべく良好な関係でいたいって思ってるんだぞ。

 やっぱり俺にとって、あの五人の時間は本当に特別だから。

 でもここまで敵意をぶつけられたら、さすがにちょっとは腹が立ってくる。

 そもそも俺って、割とメンタルが豆腐っていうか。

 他人の悪態には滅法弱いんだよな。めちゃくちゃへこむわ。こいつ、ちょっと怖いし……。


「えっと、ようするにさ。成嶋さんが俺と朝霧さんをくっつけたいのは、青嵐の前から消えてほしいって思ってるから……なんだよな?」

「だからそう言ってんじゃん! いつも青嵐くんの横にいる古賀くんなんて、私にとって生ゴミ同然なの! くっそ邪魔だし、さっさと処分されて散れよ! ほんっと頭にくるなぁ~!」


 ああもう、マジで泣きそう。

 まさかここまで恋愛脳で、裏表のある口汚い女が、俺たちのグループにいたなんて。

 この先うまくやっていけんのか俺。こいつ性格悪すぎだろ……。


「はあ……」


 ため息混じりでスマホを耳に当てた。

 まあ性格の悪さで言えば────悲しいけど、俺のほうが上なんだよな。


「だってさ。聞こえたか青嵐?」


「ふえっ!?」


 スマホに向かって話し始めた俺を見て、成嶋さんは一瞬で青ざめた。


「え? よく聞こえなかった? じゃあ俺の口からもう一回言うわ。成嶋さんが言うには、俺が生ゴミで、さっさと処分されてほしいって……」

「ちょちょちょ! 待って待って! え? ええっ!?」

「ああ、この声? うん、あの成嶋夜瑠さんだよ。いやー、びっくりだよな。まさかこんなにでっかい声が出せるなんてさ。学校では完全に猫かぶってたっていうか」

「なんで青嵐くんと通話つないでんの!? ちょっ、かか、貸して!」


 慌てて飛びついてくる成嶋さん。俺はスマホを耳から離して、口元を釣り上げた。


うそだよ」

「……は?」


 まだおびえた顔をしてる成嶋さんに指を突きつける。


「ばーかばーか! 引っかかったな! そんなに今の話を青嵐に聞かれたくなかったか!」

「────このガキ」


 あー、めちゃくちゃ怒ってるわ。刃物があったらちゆうちよなくブッ刺してきそうなくらい。

 ともかく俺の予想は的中した。やっぱり青嵐の前では猫かぶりを貫き通したいらしい。まあそのほうが欲をてられるし、青嵐も構ってくれそうだもんな。

 成嶋さんはまりにまったストレスを俺にぶつけるため、あえて本性を出して近づいてきた。強気な態度で自分のペースにして、俺に彼女作りの協力を打診する算段だったんだ。

 で、そのあときっと「うまくやってあげるから、私が猫かぶってることも秘密ね♪」とでも言うつもりだったんだろうけど、大誤算だったな。

 だって俺、最初から彼女を作る気なんて、さらさらないんだから。


「……アゴ砕いてやる」


 物騒なセリフとともに、成嶋さんが拳を振り上げたところで。


「おいおい、そんなことしていいのか? 成嶋さんがみんなの前では猫かぶってたこと、青嵐に言っちゃってもいいのかな?」

「そ、そんなの信じるわけないじゃん。いくら古賀くんたちの付き合いが長くても」


 成嶋さんが一歩後ずさった。その顔を見れば、おびえているのは十分に伝わる。


「まあそうだな。それだけ成嶋さんの猫かぶりは完璧だし。でも俺がそう言ったら、少なくとも青嵐だって疑いくらいはもつだろ。見る目が変わるっていうか、それは困るんじゃない?」


 そこで成嶋さんも反撃に出る。