第一話 秘密 ③

「こ、こっちだって古賀くんが火乃子ちゃんを好きだってこと、みんなに言いふらしてもいいんだよ!? グループを大切にしたい古賀くんなら、それ困るよね!?」

「あー、確かに困る。でもそうなったら成嶋さんの本性も明かして、また元の男三人組に戻るだけかな。俺は今の五人でいるのが好きだけど、まあそうなったらしょうがないし」


 青嵐のことが好きで、距離を縮めたいと思っている成嶋さん。

 朝霧さんのことは好きだけど、距離を縮めようとは思ってない俺。

 マウントをとっているのは、明らかに俺だ。


「最っ低……想像以上のくそガキだわ……古賀くん性格悪すぎだし!」

「ああ。ほんと自分でもそう思うよ……でもな? そっちが言えた義理かこの猫かぶりのエセ陰キャおっぱいが! さてはそのでかい乳もにせものだろ!?」

「おっぱ……ほ、本物だし! なんなのこのくそ童貞の、ざ古賀! のざ古賀!」


 ざ古賀って、初めて言われたわ、そんな悪口。割と面白いじゃないか。


「あのさ。ひとつ聞いていいかな」

「なに!?」

「なんで俺が録音してないと思ってるんだ?」


 またスマホを見せつけてやる。成嶋さんは「はっ」と息をんだ。


「と、ってたの……?」

「いや、もちろんうそ

「このくそ野郎ッ! まじで死ねッ! パンツ脱がしてやるからそのまま死ねッ!」

「クチわっる……まあ録音なんてしなくても、明日俺が言えば一緒だしな」

「ま、待ってよ。それだけはやめて」


 そのおびえた顔だけは、やっぱり普段の小動物みたいだった。


「どうしたら言わないでいてくれるの……?」

「俺とも今までどおりにしてくれたら」


 やっと言いたかった言葉を口にできた俺は、安心させるように笑顔を作る。


「成嶋さんに嫌われてるのは仕方ないけど、それでも俺は、あの五人でいる時間が本当に好きなんだ。だからこれからも、俺とは普通にしてくれたらうれしい。せめてみんなの前では」


 成嶋さんが目元をぐしぐしこすった。どうやら泣いちゃったらしい。

 う……やりすぎたか。俺ってムキになるタイプだからな。そこは素直に反省しよう……。


「わかった。古賀くんのことはもう顔も見たくないくらい大嫌いだけど、がんばってみる」

「お、おう……よろしくな」

「でも私、青嵐くんのことも諦めないから」

「……わかってるよ。俺だってずっと今の五人のままでいられるなんて思ってないし。これからはなるべく成嶋さんの恋路の邪魔もしないようにする。今までほんとごめん」

「なるべく、なんだ」


 まだ目尻に涙を残していた成嶋さんが、上目遣いでにらんでくる。


「い、いやそれは言葉のアヤってやつで、もうしないってば。とりあえず仲直りしないか?」


 俺が差し出した右手を、向こうもおずおずと握ってきた。

 ほとんど初めて握った女の子の手。

 それはうわさ通り、ふわふわで柔らかくて。べちゃっとしていて、硬い棒の感触が────、


「って、おおおおおおおおおおおおおおおい!?」


 握手を断ち切った俺の右手には、成嶋さんが食べ切ったアイスの棒が張りついていた。


「んふふ。私をいじめたお返し」


 この笑顔……さてはこいつ、うそきだったな……!?


「じゃあね、古賀くん。わかってると思うけど、私は近いうちに、青嵐くんに告白するから」

「あ、そ、それなんだけど、ちょっとだけ待ってくれないか。もちろん告白するなって言ってるわけじゃないんだ。ただもう少しだけ、せめてこの夏が終わるまでは……!」


 俺たちはこの夏、みんなで遊ぶための大きな計画を立てている。

 きっと今の五人のままで過ごせる最初で最後の夏。その夏をいろどる一大プロジェクト。

 だからせめてそこまでは、色恋とは無縁の親友グループでいたいと思っていて。

 告白はせめて、その計画を実行するまで待ってほしい────そう思ってたんだけど、


「そんなの私の知ったことじゃないよね?」


 もちろん俺の身勝手ではかない願いは、ばっさりと斬り捨てられた。


「古賀くんはグループの関係を大事にしたいみたいだけど、私はそんなのどうでもいい。自分のタイミングで告白して、駄目だったらさっさと抜けて次の人を探す。それだけだから」


 そして成嶋さんは、握手のときに自分の手にもついてしまったアイスをいちべつすると、


「今日のことは二人だけの秘密だよ。約束、守ってね」


 わざと俺を見つめたまま、学校では決して見せない小悪魔の笑みで、それをめとった。



「はあ……どうなっちまうんだ……この夏は……」


 成嶋さんと別れたあと、重い不安に駆られていた俺はそうつぶやいて。

 まだ手のひらについたままのアイスを眺めてみる。

 七月の暑い日差しに当てられたその氷菓子は、早くも乾き始めていて。それでも粘り気だけはしつこく残していて。

 ハンカチなんて持っていない俺は、制服の裾で拭こうとしたけど、それも躊躇ためらわれて。

 俺も成嶋さんと同じように、舌でそっとめとってみた。

 自分の手汗による苦みの奥に、とろけるような甘さがあった。


 それは成嶋夜瑠と『』を共有したあかしとして、生涯忘れられない味となる。